2話
「やっとだ」
一年と一日、俺はこの溜まった感情を爆発させようとしていた。
「やっと俺の冒険がはじめられるぞおおおおおお!」
俺は全力……は近所迷惑なので、ある程度大きな声で喜びを爆発させる。
そう、今日が俺とあずちゃんが冒険を始める日である。
もうすでに準備しており、床に置いてあるリュックを俺は背負うと、勢いよく、今度は旅立てるという確信を込めてドアを叩き開けた。
俺は今日のために買った服を身に着けて、町の端である大きな門の前に立っていた。
ここの門を通らないと基本的に外出は許されない。
外にいるモンスターからこの町の住人を守るためのルールらしい。
まあそんなモンスターを倒す職業に就いたわけなんだが。
そんなどうでもいいことを考えていると、なんだか大きなリュックを背負ったあずちゃんがこっちに向かってくる。
「ねえ、そんなに大きな荷物持ってどうしたの?」
「へ? だって旅するんだよ? 着替えとか詰めたらこうならない?」
当たり前のことのように言うあずちゃん。
「いや、俺着替えとか詰めてもこれだけだし」
俺は自分のリュックをあずちゃんに見せるように体の前に出す。
「ふーん。じゃあなんか抜けてるんじゃない? 必要なものが」
「自分が無駄な物を持ってきてるって可能性は考えないのかよ」
「多分ないでしょ」
即答するあずちゃん。その自信はどこから出てくるんだ。
そういう俺も実はあずちゃんの意見に賛成していたりする。
まあ、どう考えてもあずちゃんのほうがしっかりしているだろうし、しゃあない。
「と、そんなことはどうでもいい。早く行こうぜ」
「はいはい」
俺はやる気があるのかないのかわからないあずちゃんとともに門をくぐると、ダッシュしながら町のそとに出る。
「イエーイ! ついに来たぞ。めっちゃワクワクする。と思ってるのは俺だけか?」
「うん。私もそう思うよ」
…………。
「なああずちゃん。こういうときくらいは棒読みをやめようぜ。ほら喜んで」
俺がそう言うと露骨に嫌そうな顔をするあずちゃん。
「そんなに嫌か?」
「いや、だって私が喜んだりするとにゃーさん笑うじゃん」
「え、ああ、俺が原因?」
「それだけじゃないけど」
だよな。
俺はなんか悪いことをしたのかと内心焦ったため、否定されて胸を撫でおろす。
「はあ……。じゃあ。――ヤッター! 冒険の始まりだ!」
「…………プッ」
「ほらあ!」
いつもと違うあずちゃんに思わず吹き出す俺。
「いや、ごめんごめん。やっぱ笑っちまうよ」
「はいはい。行くよ」
一回回ってあずちゃんは俺に背を向ける。
その『はいはい』はいつもよりかツンツンしている気がした。
やっぱ割とツンデレだなーあずちゃんは。
と、思った俺だったが、この態度を今までで二回程度しか見ていないことに気づく。やっぱツンデレじゃないかも。
「ていうか行くって、どこに?」
俺は疑問に思ったことを口に出す。
「ん? そりゃモンスター討伐と、次の町に行くに決まってんじゃん」
「へ、次の町?」
「へ?」
…………。
何故か話が噛み合ってない二人。
「ま、まあいいや、とりあえずモンスター討伐な」
「う、うん」
俺は一端さっきの話を水に流すと、モンスターを探そうと辺りを見渡す。
「お、あそこにいる人型のモンスターは」
「ゴブリンだねー」
ゴブリンとは人型のモンスターで、知力が通常のモンスターよりか高いのが特徴である。
とはいってもサル程度の知能しかないが。
そんでもってあまり強くないモンスターのため初心者におすすめのモンスターと言われている。
「よっしゃ、じゃああれ狩ろうぜ」
「いいよー」
俺はその声を聞くと腰に着けていた鞘から短剣を抜き、地面を思いきり蹴って一気にゴブリンとの距離を詰める。
しかし、それだけでは完全に詰めきることができず、次は着地した足で地面を勢いよく蹴る。
俺がいきなり攻撃を仕掛けてきたことに驚きの表情を浮かべるゴブリン。
しかし、俺はゴブリンに次の行動を起こさせない。
さっきの跳躍でゴブリンの目の前、つまり短剣の攻撃範囲まで距離を詰めていた俺は、優しくゴブリンの首に刃を当て、そのまま勢いよく短剣を振り切る。
大動脈を一瞬で切られたゴブリンは苦しむ間も、何が起こったのか理解する間もなく倒れた。つまり即死だ。
「ふう……」
「おお、すごいすごい」
後ろから称賛らしき声をかけてくるあずちゃん。
本当にそう思っているのかという疑問を持ったものの、まあいつも通りなので置いておくことに。
「なんだっけ、これで経験値が入るんだっけ?」
「うん。そうだよー」
経験値とはモンスターを倒したりすることによって手に入るもので、それを一定量ためることによってレベルが上がり、レベルが上がると身体能力が上がる他にも、魔法やスキルなどといったものを習得することができる。
経験値がどういう仕組みで手に入るのは分かっておらず、今も研究中らしい。
「ねえにゃーさん」
俺がゴブリンが本当に死んだかどうか確かめていると、あずちゃんが俺の隣にきて話しかけてくる。
「ねえにゃーさん。あそこに居るのって」
「あそこ?」
俺はあずちゃんが指さしている方を見る。
しかし、俺の目にはただ草原が広がっているようにしか見えなかった。
「何があるんだ?」
何も見えない俺は首を傾げながらあずちゃんに問う。
「いやほら、あそこのくぼみのところ、なんか見えない?」
そう言われ、今度はそのくぼみのところを注意して見る。
「んー。やっぱり何も……。いや待て、なんかあるぞ」
俺は綺麗に二度見する。
確かにそこには黒い何かがあったからだ。
「何か気になるな。見に行ってみよう」
「えー、モンスターだったらどうするの」
この話を始めたあずちゃんが露骨に嫌そうな顔をする。
言い出した本人が何を言ってるんだ。
「分かった、俺だけで行ってくるよ」
俺は諦めたようにそう言うが。
「いやいいよ。私も行く」
いきなりリュックを背負って準備をし始める。
その表情からは何かを確信している様子が読み取れた。
少々疑問に思ったものの、別に聞く意味を感じられなかったため聞かないことに。
「うん。やっぱりそうだった」
「あずちゃんがいきなりやる気になった理由が分かったよ」
目的のくぼみのところに着くと、そこには女の人が一人倒れていた。
「で、どっちが背負う? この人」
あずちゃんが唐突に質問してくる。
「え、いや別にどっちでも……」
そう返事しようとしたとき、俺は後ろからのものすごい殺気を感じる。
あずちゃんは女の人の状態を確認していて気付いていないようだが、確かに俺の背にはすごい量の殺気が向けられたいた。
…………。
俺は覚悟を決めたように唇を力強く噛む。
「あずちゃん。その人を安全なところに運んでくれ」
「え?」
いきなり言われ、理解が追い付いてないようすのあずちゃんだったが、構わずに俺は話の続きをする。
「俺は、後ろのこいつらの相手をする」
「――ッ!」
俺は数十体はいるであろうゴブリンの群れを親指で指す。
しかし、その群れを見たあずちゃんが見せた表情には驚きが入っていたものの、恐怖を抱いている様子はなかった。
それどころか、その表情からは先ほどの俺と同じような決意した様子が見受けられた。
「にゃーさん、それは私が引き受ける」
「なっ⁉」
唐突に俺の意見をとは全く反対の意見を発するあずちゃん。
「私は戦士、戦士っていうのは敵の数が多ければ多いほど防御力が上がる。それは仲間を守るという意思を具現化した能力。なら私はその職としての使命を果たす」
「――ッ!」
俺はそのあずちゃんの強い意志に思わずおののく。
しかし、俺だってあずちゃんだけを置いて逃げることはできない。
それを口にしようとした瞬間。
「早く行って!」
大きく力強いあずちゃん言葉が俺の抵抗心を砕く。
「――分かった」
俺はその女の人を背負うと、走り出す。
その様子を見届けたあずちゃんは、背中に背負っている大剣を静かに鞘から抜き、そのまま構えた。
その様子はさながら仲間を守る騎士だった。
…………。
俺は走り抜けた、風のように走り抜けた。しかし、その俺の脳は風のように何も考えずにはいられなかった。
あずちゃんを置いてきたことへの後悔、自分の情けなさが頭の中を回る。
しかし、俺が行っても無駄だし、それならギルドの人に助けを求めたほうがいいということが分かっていた俺の進む歩に迷いはなかった。
と、そのとき、俺の目に少し大きめの岩が映る。
あの判断が正しかったか、今になっても分からないが逃げることしかできなかった俺の思考が新たな選択肢を見出したのは確かだった。
「逃げるよりは、いいよな」
誰に聞くわけでもないが、確認をとる。
もしそれを否定されても俺は止まらなかっただろう。
俺はその女の人を岩陰に隠す。
すると、地面を思いきり蹴って駆けだした。
俺は駆け抜けながら大声で叫んだ。
「あずちゃん、待ってろよー‼」
と。
その声に反応したのか、一瞬チラッとあずちゃんが振り向いた。
しかし、直ぐに前にいる敵に視線を移した。
その様子から余裕がないことが窺える。
ただ、そんな様子を見ても自然と絶望したりすることはなかった。
なぜか勇気、希望が溢れてくる。
俺はそんな希望、勇気を全て自分の掌に込めて剣を抜いた。
しかし、それだけじゃ勝てないことが分かっていた俺は、地面に刺さっているゴブリンが使っていたであろう剣を引き抜く。
そして。
「――ごめんよ」
そうあずちゃんの耳元で囁きながら、俺は目の前にいるゴブリンの首元を切る。
「はあ……。逃げてって言ったのに」
「俺がそんな簡単に人の言うことを聞くような奴だとでも?」
呆れたような顔を浮かべるあずちゃんに俺は自信満々に応えた。
「全く、死なないでよ?」
「もちろん!」
そう言うと二人は同じタイミングで左右に跳んだ。
しかし、その二人の距離は決して遠くなかった。
お互いに手を出し合える距離だったのだ。
つまり、あずちゃんが危険なら俺が守り、俺が危険ならあずちゃんが守る。それが可能な距離だった。
俺とあずちゃんはその後も距離を保ちながら、お互いが傷つかないようにと戦った。
そして――。
「終わった、な」
「うん……」
俺とあずちゃんはゴブリンとの戦いを終えた。
結果は俺たちの勝ちだった。
しかし、お互いに満身創痍の状態。
そのため二人して草原の上で大の字になって寝転がっていた。
疲れ果てた俺たちはそれから言葉を交わすことはなく、二人して夢の世界へと身を投じていった。
「――うーん……」
「あ、目を覚ましました?」
俺は目を覚ますと同時、見たことのない人と見たことのない場所にいることに驚く。
「えーっと、ここは一体どこですか?」
俺は隣に立っている白衣を着た女性に話しかける。
「ここは町の病院です。草原で発見されたあなたたちをみんなで運んできたんですよ。あ、隣にいた女の子を隣にいますよ」
そう言うと白衣の女性は隣のベッドに隣接してるであろうカーテンを顔が確認できる程度に軽く持ち上げる。
俺はチラッとその顔を見る。
その顔からは特に大きな怪我をしている様子は見受けられず、俺は胸を撫でおろす。
「あ、ところで俺たちのことを誰が見つけてくれたんですか? さっきの話し方からするにあなたではなさそうなので」
俺は気になっていたことを口にだす。
「ああ、それはですね。……ちょっとこっちに来てもらっていいですか?」
白衣の女性が招集をかけると、奥から『はーい』という声が聞こえて、しばらくすると短めの黒髪の女性が顔を出す。
その容姿はどこかで見たことのあるものだった。
「えーっと、先ほどは助けてもらいありがとうございました」
律儀に礼を言う女性。
おそらくこの女性はあのとき俺が岩陰に隠した人だろう。
だから知ってる顔だったのか。
合点がついた俺は、一人満足げに頷く。
「あ、ところで名前を伺っても?」
「ああ、はい」
その女性は快く返事をする。
そして。
「『ゆの』と申します」
と名乗った。