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セカンドライフは魔皇の花嫁  作者: 仁蕾
第1章
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第1章-2

 ―ぱたん…

 廊下に出れば、ひんやりとした空気が体を包み、肺の中へと染み込んでいく。


「うん…?寒い気もするが思ったよりは…」


 息を吐き出せば白く濁り、吹いていないはずの風に浚われた。


「体が馴染めば寒さもなくなります。念のためこちらを羽織られてください」


 肩に掛けられたのは、ふわふわの毛並みの毛皮だった。


「あー…温い…」


 自然と頬が緩み、柔らかな吐息を漏らせば、ミオンは笑みをこぼし「それは良かった」と小さく頷いた。

 二人分の靴音だけが反響する中、康泰は歩きながら窓の外に視線を向ける。風雪は弱まる事も無く、時折、更に強い風に煽られて積雪を舞い上げた。

 ふと、吹雪の中に黒い影を捉え、康泰の足が止まる。

 風に煽られる事の無い金の髪と黒衣。佇むその人物に、見覚えがあった。かつて、まだ康泰が人間であり、ミオンと対面するより少し前。授業中の居眠りの最中に見た夢の中。

 まるで催眠術を掛けられたかのように、康泰の意識はその影に集中していた。

 影が、ゆっくりと振り返った瞬間。


「閣下、いかがされましたか?」


 掛けられた声に、康泰ははっと意識を現実へと引き戻す。視線を向ければ、不思議そうに首を傾げるミオンがいた。


「あ…?」

「やはり、部屋へ戻りましょうか…?」


 心配に表情を歪めるミオンに、康泰は違うと慌てて否定する。その際、ちらりと窓の外を伺い見たが、そこに既に影は無く。

 気のせいかと自問し、いや違うと自答する。

 ―あの男は、まさしく…


「大丈夫、行こう」


 ミオンは難しい表情をしていたが、「ね?」と康泰が促せば渋々とではあるものの了承し歩みを再開した。

 辿り付いたのは扉の無い部屋。廊下からそのまま足を踏み入れ、少しばかり奥まった場所にある大理石の大きなテーブルへと近付いた。

 美しい波打つブロンドの髪と長い睫毛が縁取る灼眼をした妖艶な女が、退屈そうな表情で頬杖を付いて座っていた。その後ろにはメイドが一人。


「ビビ、お待たせしました」


 ミオンが声を掛ければ、女はにこりと微笑み手を振った。


「ほんと、待ちくたびれたわよ」


 柔らかそうな桃色の唇から零れ落ちたのは、男の声。そう言えば『兄』だと言っていたと康泰は衝撃に息を詰める。


「閣下、こちらがわたくしの兄…と申しますか、姉と申しますか…ヴィヴィアン・ウェリス=ジュエラです。五階層で構成される冥幻魔界(ジュノ・ガルディス)の第三階層、『炎熱区域』を治めております」


 ヴィヴィアンは立ち上がると、康泰に向かって淑女よろしくドレスを摘み上げてお辞儀をした。ふわりと華やかな香りが漂う。


「ヴィヴィアン・ウェリスと申します。ビビとお呼びください。以後、お見知りおきを」

「あーっと…星呂康泰です」


 宜しくと頭を下げれば、ヴィヴィアンはふふっと笑みを零した。


「可愛らしいお方ね。でも…まだ存在が不安定だわ…」


 風が吹けば掻き消えそうだと眉を顰める。そこなのだとミオンも頷いた。


「とにもかくにも、飲み物を用意いたします。さ、閣下、座られてください」


 ミオンはヴィヴィアンの正面にある椅子を引き、康泰を促した。話をするには遠いだろうと思いながらも、ミオンに促されるままに康泰はその椅子に腰を下ろした。ヴィヴィアンもまた、椅子に腰掛ける。


「ジェナ、お前がお行き。ミオンが行っては話が進まないわ」

「畏まりました」


 その場を離れようとしたミオンより先に、ヴィヴィアンは自身のメイドに指示を出して送り出す。メイドのジェナは意に反する事も無く了承を告げ、康泰とミオンに頭を下げると足音も無く部屋を後にした。

 お前も座れと素っ気無く言われ、苦笑を浮かべながらも康泰に断りをいれてその隣に腰を下ろした。


「それと、宰相(フィニ)、コータ様を『閣下』とお呼びするのはお止め。あたしやシュノアの前では構わないけれど、他の王妃(ジュエラ)やその手下に聞かれたらコータ様のお命が危ういわ」


 その忠告は自身にも向けられていると康泰は気付き、他の王妃は嫉妬深さが凄まじいようだとヴィヴィアンの言葉で悟る。


「…確かに。わたくしとした事が、あの方々の性質を失念しておりました…」


 悔いるように表情を歪めたミオンが康泰に向かって謝罪を述べるが、康泰としてはミオンが謝罪する必要性を感じないわけで。

 その戸惑いを感じ取ったのか、ヴィヴィアンはミオンから康泰へと視線を移した。


「コータ様、弟の謝意を受け入れてください。アレ等の嫉妬深さや自己顕示欲、承認欲求の凄まじさは魔族の中であっても恐ろしいほどに強い。ミオンはあなたが思う以上にあなたを待ち焦がれておりました。念願のあなた様を向かえた事で浮かれていたのでしょう。どこにアレ等の目耳があるか分からぬ状況で、軽率な言動をしたのは弟の落ち度です」


 ヴィヴィアンの刀の切っ先のような眼差しに康泰はこくりと喉を上下させながらも、わかりましたと頷いた。

「…なら、これから康泰で…」

「心得まして、コータ様」


 にこにこと笑みを浮かべるミオンに、ヴィヴィアンは苦笑を滲ませながら「それで?」と首を傾げる。


「それで?わざわざあたしを呼んだのにはそれなりの理由があるのよね?」


 王妃と言っても、冥幻魔界の一角を任されている魔王。遊んでいる暇はほとんど無く、特にヴィヴィアンが治める階層は荒くれ者の巣窟だ。毎日どこかで闘争による破壊行為が行われている。

 治める者として多忙を極めるヴィヴィアンを呼びつけたからには、それなりの理由がなければ許されない愚行だ。


「もちろん。ビビも察しているかと思いますが、閣下…コータ様はほんの数日前に魔族へと転じ、先ほど目を覚まされました。その魂はまだ安定を迎えず、わたくしたちがほんの少しでも魔力の制御を解けば崩壊してしまうほどに不安定です。そこで、装飾師(アイテム・メイカー)のあなたに付加装飾具エンチャント・アイテムの製作依頼をしたいのです」


 ミオンは冥幻魔界一の装飾師でもあるヴィヴィアンであれば、康泰の存在を安定させるための装飾具を作れるだろうと踏んだのだ。


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