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セカンドライフは魔皇の花嫁  作者: 仁蕾
第1章
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第1章-1


 パチパチと薪の爆ぜる音で、康泰はゆっくりと意識を浮上させた。

 視界の端でミオンが何かしているのに気が付いた。ちらりと視線を向ければ、ミオンも気が付いたらしく「おはようございます」と微笑んだ。


「…おはよう、ございます」


 自分の声が最後に聞いたものより若返っているのに気が付く。

 視線だけで周囲を確認し、そこが住み慣れた自宅ではない事に気付くのと同時にああそうかと自分の生が終わったのだと理解した。


「お体の具合はどうですか?」


 ミオンは手作業をやめて歩いてくると、ベッドサイドにある椅子に腰かけた。


「…ああ、問題ない。ここは…」

「かつてのお約束、お守り下さり…ありがとうございます…そして、人の輪廻から攫ってしまい…」

「ああ、謝罪は要らない」


 力の入りにくい手を持ち上げ、ミオンの言葉を遮った。先手を打たれ、ミオンはぐっと息を詰めて言葉を呑んだ。


「俺が言い出した約束だから、礼だけ貰っとく…」


 よいしょとふらふらとしながら体を起こせば、ミオンがすかさずそれを支え、背中にクッションを入れ込んだ。


「…ありがとうございます」


 泣きそうな顔で笑みを作りながら再度呟かれた礼の言葉に、康泰はふふっと笑うと「どういたしまして」と返した。


「ところで、俺、人間?魔族?」


 自分の手の平や体を見る限り、人間のようだけどと首を傾げれば、ミオンは小さく頷いて見せた。


「勝手ながら、生前と変わらぬお姿…お約束が成立した時の年齢に設定をしてお体(入れ物)を形成いたしました。ただ、冥幻魔界(ジュノ・ガルディス)で過ごすには、人間の体ではすぐに砕けてしまいますゆえ、人間より体力などの能力値を底上げしております」


 空気中に魔力が飛散しており、それを人間が微量でも吸ってしまうと死に至るのだとミオンは言う。


「…まあ、過ごし易くなってるなら問題はないか。…リィ…俺の犬は…」

「こちらに…」


 ミオンが自身の膝に乗せたのはアンティーク調の鳥籠。中に眠るのは、柔らかい毛に覆われている小さな姿。


「おこじょ?」

「魂の調整を行いましたら、このようなお姿に…申し訳ございません…」


 黒のラブラドール・レトリバーだった康泰の愛犬リィは、黒い毛並のおこじょへと変容を遂げていた。

 ―きゅ、きゅう?

 鳥籠の隙間から懸命に手を伸ばし、康泰へ触れようとする姿の愛らしい事。

 ミオンが鳥籠を開けば、隙間から長い体躯がするりと飛び出し、ちょこまかと動いて康泰の肩に駆け上がった。


「もふもふ…」


 擦り寄ってきた小さな頭に頬を摺り寄せる。


「あと二日ほどすれば、お体の怠さもとれて冥幻魔界の空気に馴染むと思います。それまでは安静にしてくださいね?」

「善処する」


 予想通りの返答にミオンは苦笑を漏らすと、腰を上げ、鳥籠を床に置いた。 


「わたくしは少々用事を済ませて参ります。シュノア」

「失礼いたします」


 ミオンが扉に向かって呼びかければ、一人の男が入室してきた。肌は日に焼けたように浅黒く、雪のような白く腰まである長い髪はひとつに結われている。切れ長の双眸は、真紅と紺碧のオッドアイ。その体躯は華奢なように見えて、しっかりと鍛え上げられている。


「この者はシュノア・ベルティーと申します。本日より、閣下の護衛とお世話係としてお傍に置いてください。わたくしのツガイでございますゆえ、閣下を裏切るような真似は決していたしません」

「魔皇の近衛として勤めておりましたが、現在、諸事情により任を退いております。シュノア、とお呼びください」


 無表情かと思われた男はゆったりと笑みを浮かべ、恭しくその頭を垂れた。 


「ツガイ…」


 ぽつりと呟いたそれは、何やら打ち合わせをいているミオンたちに届く事はなかった。


「では、また後ほど伺います」


 ミオンの背を見送り、康泰はシュノアと二人で部屋に残された。


「さて、シュノアさん、ちょっとお話をしましょう」


 康泰に勧められるがまま、シュノアはミオンが座っていた椅子に腰を下ろす。


「何をお話しいたしましょうか?」


 改めて問われるとどうしたものかと首を捻る。が、ひとつだけ聞いておきたい事があった。


「あなたから見て、魔皇はどんな人です?」


 聞かれると思っていたのだろう。

 シュノアは、口元に柔らかな笑みを浮かべて少しばかり考えた。


「そうですね…自分の感情に乏しい方、でしょうか…」

「自分の感情…」


 康泰の鸚鵡返しに、シュノアはゆっくりと一度だけ頷く。


「ミオンから、何か話を聞いていらっしゃいますか…?」

「ええ、ずいぶん昔にですが…確か自分を『道具』だ、と…」


 初めてミオンと対面した時の事を思い出しながら康泰が呟けば、シュノアは笑みを潜め、苦々しく表情を歪め深く息を吐き出した。


「その発言も感情が乏しい事に起因するのです。乏しいゆえに、御身にも興味がない。ゆえに、あのお方はご自身のお命すら冥幻魔界の礎にしようとしているのです」


 ―パチン…

 薪が小さな音を立てて爆ぜる。

 多くの魔皇は感情の起伏が激しく、性にも財にも奔放で、ともすれば冥幻魔界を崩壊させかねないほどの危うさを持っていたと言う。


「冥幻魔界の最下層である此処は、凍土の世界。陛下の御心も、この世界と何ら変わらぬのでしょう」


 ぽつりと呟かれた言葉に、康泰は窓の外へと視線を向けた。

 強風が雪を攫い、吹雪と成す。


「…そっか…」


 寂しいだろうとは、思わない。それは、利己的な同情であり、相手はそれが自分自身であると理解しているのだから。

 ただ、その相手に会った時、自分はどのような印象を持つのだろうと興味はあった。

 他愛もない会話をぽつりぽつりと繰り返していると、控えめなノックが響き、ミオンが顔を覗かせた。


「只今戻りました」

「もう用事は済んだのか?」

「まだ途中でございます。閣下、体調が宜しくない事は重々承知しているのですが…ある方と面談願いたいのです」


 眉尻を下げて頼むミオンに、康泰は首を傾げる。


「ある方?」

「ええ。生前、お話ししておりました『王妃(ジュエラ)』のおひとりであります、ヴィヴィアン・ウェリス=ジュエラをお呼び致しました」


 訪問ではなく、ミオンが呼んだのだと言う。


「ビビはわたくしの実兄でもあります。冥幻魔界に後ろ盾が無い閣下は、様々な欲望から狙われるでしょう。少しでも生き易くする為に利用して下さい」


 それでも渋るように表情を歪める康泰に、傍で話を聞いていたシュノアは笑みを滲ませた。


「閣下を愛する心配性のミオンからのお節介とでも思ってください」

「シュノアっ!」


 こっそりと耳打ちで教えてくれたが、ミオンの耳には届いていたらしく、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「ふふっ、そう言う事なら」


 くふくふと笑いながらベッドから立ち上がる。少しばかりの眩暈を感じたが、すぐにそれもなくなり問題なく立つ事が出来た。ふかふかの絨毯が素足に心地良い。

 履き物を差し出され、足を通す。


「安静にと申し上げながら、ご無理をさせてしまいます…」

「いい、いい。病気な訳じゃないしな。ほら、行こう。シュノアさんは?」

「私はここでリィ殿と共にお戻りをお待ちしております」

「そっか…じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃいませ」


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