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セカンドライフは魔皇の花嫁  作者: 仁蕾
第2章
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第2章-1

 薄暗くも綺麗に整えられた部屋の中、壁一面を覆うほどの大きなガラスの棺が佇んでいた。中で眠るのは、黒薔薇に囲われた少女。薔薇の合間を縫うように広がる波打つ白い髪が月の明かりを浴びて白銀を纏う。

 少女は長い年月を深い眠りの中で過ごして来た。

 皇に準ずるように、長く、永く。

 静寂の中、不意に少女の睫毛が揺れたのとほぼ同時に、ほろりと棺の一部が崩れる。それを契機に棺はその姿を瓦解させ、漆黒の薔薇は空気に触れた瞬間、砂粒となって床に散った。

 ゆっくりと開かれた瞼の奥。美しい碧眼が現れる。音もなく床に足を着いた少女は、数度の瞬きを繰り返して大きな双眸で窓の外の月を見上げる。

「嗚呼、お目覚めになられるのですね…」

 小さな声は歓喜を滲ませているようだった。



   ***


「ん…?」

 廊下を歩いていたシュノアは足を止め、窓の外を見た。

 外は変わらず吹雪だ。しかし、その吹き荒ぶ様子に微かな変化を見る。恐らく、多くの者は気が付かないだろう。だが、シュノアとミオン、そして、ミオンの執務室に遊びに来ていたヴィヴィアンは気が付いた。

 外は吹雪。全てを拒む、狂風。それが、ほんの少しだけ、激しさを増したのだ。

 三人の胸に過ぎったのは、予感。それは彼の皇が目覚めようとしているのではないかと言う願いなのかもしれない。それでも、覚醒は近いのだと確信した。

「…いい加減、受け入れるべきなのだ」

 現実を、運命を。

 シュノアは嘆息し、再び歩き出す。向かう先は、ミオンの自室。友の伴侶と目された元人間が滞在する部屋だ。

 しかし、部屋が近付くにつれ、違和感がシュノアを襲う。肌を撫でる魔力の流れはどこか懐かしさを感じさせた。

 ―コンコンコン…

「失礼いたします」

 そっと扉を開けば、涼やかな風がするりとすり抜ける。

 ベッドが小さな山を作り、微かな寝息が聞こえて来た。その周りで渦巻く魔力。

「間も無くか?」

 何となしにこぼれ落ちた問いに反応するかのように、魔力の欠片がシュノアの足元で円を描いて、空気に溶ける。

「そうか…間も無くか…」

 呟いたすぐ後。ベッドの小山がもぞりと動き、魔力の渦は霧散した。シュノアは足を進め、ベッドの傍に立つ。

 ―きゅあ…

 何かを訴え掛けるようにリィが小さく鳴いた。主人に纏わりついた魔力の残滓が不愉快だとでも言わんばかりに。

 シュノアは苦笑を滲ませると「すまない…」と謝罪を述べて、康泰の寝顔へと目を向けた。

「閣下、お目覚めですか?」

「ん…んー…」

 顰めた声に康泰は表情を歪め、ゆるりとその双眸を開いた。ぼんやりとしたその視線をシュノアに向ける。

「ああ…シュノアさん…おはようございます…?」

 大きな欠伸をひとつ。のそりと起き上がり、力の限りの伸びをひとつ。

「具合はいかがですか?」

 ベッドの傍にある椅子に腰を下ろしたシュノアの話では、丸一日、眠り続けていたのだと言う。自分の事ではあるが、さすがに寝過ぎでは無いだろうかと頬を掻く。

「眠る前より調子は良さそうですよ。何か、夢を見て居た気はするんですけどね…俺、寝言とか言ってませんでした?」

 あ、やべ、よだれ。

 きょろりと辺りを見渡した康泰に、シュノアは柔らかなタオルを差し出した。お湯で濡らしたようにほんのりと湿って温かい。微かに感じた魔力の残滓はシュノアのもの。細かい芸当だなと感心しながら、受け取ったタオルに顔を埋めた。

 顔を軽く拭い、ほうと息を吐き出す。

 康泰の双眸がしっかりと光を灯したのを眺め、シュノアはゆっくりと瞬いた。

「少し、話をしても…?」

 使用を終えたタオルを受け取ったシュノアが問えば、琥珀の双眸で男を見上げる。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 示された傍の椅子に腰を下ろし、琥珀を見返した。

「気を悪くするかもしれませんが…最初、ミオンがあなたを…と言うか、『人間』を皇に輿入れさせると提言した時、迷わず反対しました」

 僅かに言い淀むシュノアに対し、康泰はそうだろうなと相槌を打つ。自分がその立場でも同じ事を思うし、言うだろう。

 自分達とは何もかもが違う、『弱き存在』を嫁がせて何になるのか。

「どうやって皇の伴侶が…皇妃が選ばれるかご存知ですか?」

 やや間を空け、康泰は首を横に振る。

「魔皇とか、王妃…ジュエラとかに関しては聞きましたけど、その辺は頭が混乱したんで説明して貰うのを辞退しました」

 薄れている遠い記憶を思い出し、康泰は苦笑して先を促した。シュノアの口元も緩やかな弧を描く。

「ミオンさんとの初対面の時に魔皇とか王妃…ジュエラとかに関しては聞きましたけど、その辺は頭が混乱したんで説明して貰うのを辞退しました」

 薄れている遠い記憶を思い出し、康泰は苦笑して先を促した。シュノアの口元も緩やかな弧を描く。

「何も適当に決めているのではなく、きちんとした選定の儀が行われ、皇妃が決定します。そして、選定の儀がある事自体、秘匿されています。皇と皇を裏切らぬと誓約した数名の側近以外、王妃の方々も知らぬ事です」

 その儀式は皇にしか入れぬ部屋で、誰も見た事の無い『星見』と呼ばれる存在と執り行われる。読み解かれた皇の宿星(ほし)は誰にも伝えられない。何者が伴侶となるのかも。

「何故、秘密に?」

「遥か昔…冥幻魔界(ジュノ・ガルディス)が生まれ出でた頃からの事なので真偽は不明ですが、人間と似たようなものですよ。妬み、嫉みが形となって、皇を傷つけ、皇妃を弑する。皇の子は、皇妃にしか生み出す事は出来ない。御子が『皇』を継ぐ事等、万年に一度あるか無いかではありますが、皇の支えが増えれば、冥幻魔界はより磐石なものとなるのです」

 皇妃を弑すれば、冥幻魔界は滅び兼ねない。それを極力防ぐ為にも、皇妃選定の儀は秘する必要があるのだとシュノアは言う。

「選定の儀の後、ミオンは皇の宿星が示す先は人間界だと譲りませんでした。だとしても、せめて転生を待てとヴィヴィアン様と止めたのですが…」

「ああ…止まらないでしょうね…」

 誠実な宰相の内側には柔らかな頑固さが存在する。それは短い付き合いの中でも判断する事が出来た。


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