髭の渡し
摂津の武庫川の渡し場の一つに"髭の渡し"と呼ばれるところがある。南北に流れる武庫川の西岸北摂津、九州側である。そこの場末の場末にその飯盛場があった。
だれも河を見ると足を止めたくなる。そこで飯を食いたくなる、そして腹がくちくなると誰もそのまま眠りたくなる。
そして、この飯盛屋としても宿としても繁盛していた。
そこへ、黄昏時、一人の旅人が入ってきた。細いが背は高く元は武者風である。
概ね、皆と同じ理由で武庫川を見て諦め、夕飯でもとはいってきたのであろう。
飯盛り女がすぐさま、声を掛ける。
「いらっしゃい。何名様で」
「一人だが」
「どうぞ、どうぞ、あいにく、飯時で混みあっていて相席ですが、ええですかね?」
「構わない」と旅人。
「じゃあ、どうぞ、こちらへ、、、」
「あの奥の席が良いが、構わないか?」
「いいですが、、」
飯盛り女が言いよどんだが旅人はずかずかと歩んでいった。どうあっても飯にだけはありつこうといった体である。
旅人は飯盛り女に案内されて、奥の席へそこには、一人のほろ酔い加減の風体のわからぬ男が安い肴の皿を卓にいっぱいに広げ杯を手酌でかさめている。
戦が終わり。この手の風体のわからない男がつとに増えた。意図的にそうしているもの。しょうがなくそうしているもの。勝利を収めた源氏から逃れるためにそうしているもの。
「ここに、座りなはれ、この店はわしのものみたいなもんや」
風体の分からぬ男は旅人に言った。
「何言ってるんだよ、早いところ、ツケを払いな、このろくでなしが」
「おお、なにをいうんだ、この飯盛り女の風情で、これでも俺は、源氏の与力郎党だったんだぞ、怪我して、その壇ノ浦まで行けなくなっちまったが────」
旅人は気を使いつつ、同席した。
「まぁ、一杯いきなせぇ、俺ぁ、五郎ってんだが」
旅人は逡巡した様子だったが、杯を上げたほうが無難ときめ飲んだ。堂々とした飲みっぷりだった。散々歩いてきた旅人の空きっ腹には酒は沁みる。
「あー」
思わず声が出る。旅人が名乗ろうか迷っている様子を五郎は咄嗟に把握した。
「なぁーに、名乗らなくてもいいですよ、ここんところ、平家の入道様だと思えば、木曽の山猿だ。そう思えば、小柄で顔美しい判官さまだ。そしたら、後白河様復活だ。と、この日の本の棟梁は変わりっぱなしだ。みんなほんの何年前は敵味方、何時ぞの恨みとか。戦は終わったが、元落ち武者の野盗やら野武士やらばっかり増えて変に物騒になっちまって、まさに末世ってやつですかね、、ヒック」
五郎から、しゃっくりが出た。
「いけね、しゃっくりが出ると酔ってきた証拠ですわ」
「何言ってるんだい、一日中、酔っ払っているくせに」
先ほどの飯盛り女が近くを通ったときにわざと、お盆を五郎の頭にぶつけ言った。
「何言うてんね、ここの付けなんざ、一発で返してやらぁ。女ってのはすぐ態度がでかくなりますからね。最初はお前さんだけよ、とか言っといて要注意ですぜ」
「ここは、何がイケるんだ?」
旅人が聞いた?
「なんでもいけますね、海も近いしちと生臭いですが武庫川の川魚も塩焼きにすりゃあ最高ですし」
「勝手に勧めるんじゃないよ、この酔っ払い!」
さっきの用事の帰りし飯盛り女がお盆をもう一度五郎の頭にぶつけた。
「痛ぇっ」
五郎が卓から大きくよろめいた。
「すまぬが、白い飯とそれが腹いっぱい食えそうなおかずを二三、適当に見繕ってくれ」
旅人は飯盛り女に頼んだ。
「あい、承知いたしました」
「酒はいらぬ」
「酒はいけねえ口ですかい?さっきはあいすいませんでした」
「いや、そうでもないが」
五郎があまりにも酷くよろめいて、座から落ちたので旅人が尋ねた。
「卒爾ながら、足が御不自由なのか?」
「へへ、面目ねぇ、これでも、あっしは、元、お侍ってやつでね。それこそ平治の乱から、治承・寿永の乱とここいらを暴れまわったもんなんでさ」
旅人は黙っていた。
「それが、すぐそこの一の谷の合戦でね、右足の腱を斬られちまってね、このとおりってわけで、人足の長にも面覚えられちまって、人足すら雇ってもらえねー。
不遇をかこっているってわけで」
「そうか、すまぬことを訊いた。許してくれ」
「へへへ、全然構いませんぜ、こう言っちゃなんだが、代わりに、あっしの一の谷の戦いでの武勇伝でも聞きますかい?」
飯盛り女が旅人の飯をお盆に載せて持ってきた。
「聞いちゃ駄目ですよ、一日中、顔馴染みじゃない客を見つけては聞かせて自慢してるんですから、、」
「何言ってやがるんで、俺には分かるのよ、こちらのお方様は、おそらくさぞ名のお在りな侍様なんだよ。襟元や首元の刀傷の多さを見りゃ一発でさ」
旅人が慌てたように、襟元や袖を直した。
「そこに沢山傷が出来るってことは、さぞいい鎧を着てなすったってことなんだよ。てめーは少しは黙ってろ。違いますかい?間違っていたらあいすいません」
旅人は面食らったような顔をしてうつむいた。
「こいつは大当たりでしたかね」
「武蔵守を拝命したこともある」
五郎は何々守がどれくらい偉いが分からぬ様子だ。
「武蔵ってことは源氏ですかい?」
「まぁそんなところだ、それにこれは冗談だ」
「まぁ、あっしも、鎧や兜だけで身分誤魔化している武士なんざ、死ぬほど見ましたから平気ですよ。あっしは平治の乱から源氏、平家を行ったり来たりですよ、勝てそうな方にね、これが全然当たらない」
五郎はそう言うと杯をあおり続けた。
「平治の乱のときは、これで当分は平家で決まりだって思ったんですがね、しかしこの浮世だけはほんとわかならい。平家について左団扇だったあっしも木曽の山猿のときは慌てましたね、義仲なんざ悪源太が大蔵の戦いでガキの時分に斬り殺してるもんだってばかり思ってたから」
武蔵守の食はあまり進まない様子だ。
「なんか、お気を悪くすることを言いましたかね?」
「いや、まさに五郎殿の言われるとおり」
「殿なんてやめてくださいよ、くすぐったい。だけど今晩は嬉しいね戦や時勢がよくわかっていなさるお侍さまと話が出来るなんて。大概、戦の話しとか平家や源氏っていうと嫌な顔するんですよ、まぁ、おれはこいつも脛に傷のあるやつなんだなぁて踏んで加減しますがね」
「それで、五郎殿は、一の谷の戦はどちらについて戦われたのだ?」
「おお、来ましたね。そう来ると思った。これがね、ちょっと変わっててね。武蔵守殿、ちょこっと平家、概ね源氏なんですよ!、ええっどうです」
「なるほど」
武蔵守は食べ終わり近年宋の国から入りだした粗茶を飲みだした。
「しかも、すこし愚鈍な範頼様の軍なんかじゃねえ、精鋭中の超精鋭
義経軍でさぁ。どうです?自慢したくもなるってもんでしょ」
「おおっ」
武蔵守も大きく相槌を打った。
「でも、ここだけの話しですがね、今は実の兄、鎌倉殿に追われて哀れな判官様なんてみんなが涙する義経公ですがね、あいつは人外ですぜ。普通じゃありませんぜ、怖い、怖い。近くに居たものしかわかりません。まず、ご存知のとおり子飼いの武将連中が居ません。いるのは、武蔵坊弁慶とか伊勢三郎とか得体の知れない連中ばかり。こいつらも、当然普通じゃない」
「どう、普通じゃないのかな?」
「いやぁ、一言で言えないから、怖いんですよ、頼朝公がつけた武者や兵もたくさんいるのに、寄せ付けないし、あのおっかねぃ獣みたいな坂東武者の連中ですら寄り付かない。互いで警戒してるっていうか、みんな気付いているんですよ。義経一派が普通じゃないって、ただ勝ち続けているから一緒にいるみたいなね」
「ほう」
「ノッてきましたね。あっしはね、これでも平治の乱以降は平家に忠節を尽くしてきた。別に武蔵守様の東国の源氏憎しじゃないですよ。そこへ木曽の山猿が都に来襲してきた。三種の神器と安徳天皇とともに都落ち。平知盛様は彦島で頑張りなさって、九州勢を連れ木曽の山猿は水島の戦いで撃破だ。この調子だと、うちらの隊は福原、から丹波へと進軍だ。山中でしょ、山中の土豪に襲われて散り散りになりました。このまま土豪とともに野盗になっちまおうかなんて言ってるときでさ、来たんで、もっとおっかねえいのが、丹波国篠山に」
武蔵守は身を乗り出してきた。男は普通こういった戦の話がみんな好きだ。
「おれは、決めましたね、、。おっかねぇいやつってのは強いやつだってことはもうガキの頃から知っている。だから、この義経公の配下に入るって。替え馬も沢山持ってて馬乗りにさせてくれるって言うし。まぁ、だけど、もっと怖い思いするのは、このあとですがね、、、、」
五郎も杯をどんどん手酌で重ねる。
「まず、なんで、こんな丹波篠山の山中に義経軍がしかもたった数十騎とかですよ、で、居るのかがわからない。それに義経軍ってのは全員の目つきが普通じゃない。俺も多数の兵や武士を見てきましたが、まぁなんて言うでしょうね、完全な戦士、もののふ、ってのはああいうのをいうんじゃないないでしょうかね」
「本物の"もののふ"か?」
武蔵守が尋ねた。
「ええ、勝つこと以外に手段に関してはなんにもこだわらない。一の谷の逆落としの前にその山ん中で三草山の戦いってのがあったんですよ。これもね、酷いなんてもんじゃない。ここいらあたりは福原から近いでしょ、だから、平家の方が当然多い、このまま夜討ちを掛けるっていいだすや、あたりの集落の民家という民家に火を放つんですよ。そうすると灯りが灯るでしょ。で、その騒乱に乗じて、集まってきた平家軍をやっちまった。そのあとも、このままでは我が軍の存在がバレるって火を着けて焼き出した民家の家の衆を一族もろとも全員惨殺ですよ。一山まるごと全員殺しちまったんですよ。戦場での働き働きが長いあっしでもあんなに沢山の人間を一晩に殺したのは始めてですね。どうですか、義経軍の凄まじさがわかってきましたか?」
「ああ」
武蔵守は答えた。誠に怯え五郎の話に聞き入っている様子だ。
「あとは、よく盲目の琵琶法師がベンベン辻々で謳っているとおりですよ。こっちも山中の騎馬行をついていくのに必死だ。だって、遅れたら、あの集落の民衆みたいに斬られるんだから、どこをどう駆けたのかすらわかんねぇ」
「なるほど」
「だから、今でも、鵯越えとだけ琵琶法師も言ってて正確にどこだかわかっちゃいないでしょ。あれは義経公自身もどこだかわかっちゃいないと思いますね。ただ平家も陣の上に出たかったんでしょ。しかも、自分自身が範頼公の絡め手なのにもう一つ絡め手で西に一つの軍勢を分けた。土肥のなんたらとか、熊谷のだれそれとか、そっちのほうが多く騎数だって多く振り分けたんでさ。よっぽどそっちに行こうかと思いましたよ、だって数が多い方に居たほうが安全なことはこの俺だって長年の戦場働きで一番知っていることだから」
「・・・・・・・・・」
武蔵守は黙ったままだ。
「こっからだって無茶と恐怖の連続だ。みんなが知っている琵琶法師版は"穏やか版"にすぎない。それでもかなり過激でしょうがね」
武蔵守は視線を落とした。聞くに耐えぬということか?。
「義経公の軍は名も知らぬ崖の上、誰もどこかはわからぬが、下には赤い旗、平家の陣営が見える。ご存知のとおり山陽道は狭い。山があってすぐ瀬戸内の海だ。すぐ平家の陣営で動きが見えましたよ。ばーっと大軍が西に向かっていく。そう、土肥と熊谷の向かったほうに。その時も震える思いでしたね。連中は搦め手でなく捨て駒の囮だったんですよ。あっしは義経公の目を見直しましたよ。正気かってね。東の生田口では本来の鎌倉軍、源範頼公の大軍と平知盛、平重衡の平家の大軍が戦っている。義経公からしたら、範頼公の軍勢も捨て駒の囮だったんじゃないですかね?」
武蔵守は恐る恐るだったが、五郎の瓶子(とっくり)から酒を杯に注いでぐいっといった。
「崖の下で繰り広げられる殺し合いを見るだけかと思いきや、、、あの鬼より恐ろしい武蔵坊弁慶が祖父と孫の二人連れの猟師が薙刀で無理やり連れてきた。一応言っときますがあいつは特に人じゃないですよ、身の丈七尺(2メートル10センチ)。僧といいつつ剃った頭と髭がボウボウに伸び鬼だ。噂じゃ角を隠すためっていうじゃないですか?。それに、おそらくみんな気付いていると思いますが義経公と武蔵坊は衆道の間柄ですね。まぁそれはいいとして、まず老いた猟師に尋ねた。この坂を鹿は下れるか?と。当然答えは"下る"と。するとその老人を坂から突き落としたんです。もう誰がやったか覚えちゃいませんが、、、」
武蔵守はさらに杯をあおぐ。
「で、孫に聞くんですよ。老人と同じ目にあいたくなかったら、本当のことを言えとこの坂は鹿が下るかと。"下る"と、すると義経公、ならば、証明してみよと、孫も突き落とした。じじいは足の骨と肋骨が胸から飛び出て死んだが、孫はどうにか助かった。で、逆落としですよ。もうここからは覚えちゃいませんね。で、たった七十騎ですよ。ほぼ無防備な上で無人の平家本陣を山から急峻な崖から降り突いた。それだけはまちがいない。木曽の山猿を打ち払うために彦島まで下がり、播磨まで持ち直してきた知盛公の努力はどうなるんですかね?」
武蔵守はもう一杯注いだ。
「逆落としのあと平家の陣営に攻め込んでも酷かったですよ。また火付けだ。今度は逃げ惑う人に火付けだ。そうするとね、人って熱さと恐怖に逃げ惑うでしょ、火が早く燃え広がるってわけでだ。あたりは阿鼻叫喚。義経公の軍勢では強姦、略奪を禁じていない。あっしも金目のものは懐中へ女官や平家の姫君は片っ端から犯しまくりましたよ」
すると、大きな酒瓶が五郎の頭にぶち当たった。
般若のような顔をした先程の飯盛り女が酒瓶の割れた端を持ったままだった。
「痛ぇー」
五郎は犯した平家の女官のようにドロッとした白いもので頭が汚された。
「毎回毎回いつもの与太話し、延々と言ってんじゃないよっ!、この酔っぱらいの碌でなしが!」
「あの女がそん時犯しまくった平家の女官で、今の俺のカカァでさぁ」
武蔵守が言った。
「その足の傷はどうした?」
「へへ、自慢じゃないですけどね、そこに平知章って若武者がいましてね、児玉の大将首取ったって生首、鎧にぶら下げて調子に乗ってやがったやつがいたんでね、みんなで囲んでなぶり殺しにしてやりましたよ。その時、その知章ってやつに足をズバってやられてそれ以来、腱を切ったか痛めたかで動かねぇ。だけど、知章の命も取りましたがね、、、。首はみなで奪いあいでさ。それが義経軍のやり方ですからね」
武蔵守は大きくため息をついた。
「あの、旦那、話しはこの辺で小便に行ってもいいですかね?」
「うむ」
「そんじゃ、失礼して」
五郎は不自由そうに座を立った。そして不自由な足を引きづりつつもう客の少ない飯盛場の裏へ出た。
厠は掘っ立て小屋に小さな溝とも呼べる用水路が一本引いてあるだけだった。大きい用にちょっとした囲いがあるだけ。
五郎は慣れた感じで厠で小用をたしていると、武蔵守が入ってきた。
「旦那も、小便で、不具になると毎回の用が大変ですよ、ほんと」
武庫川の髭の渡し場の掲げられる松明の灯りが厠の中まで隙間から入っていた。
武蔵守は五郎が刺し飲みで話している時より大きかった。そして痩せていた。
隙間からの灯りでもう一つ五郎が気付いたことがあった。武蔵守の頬にはウツボに噛まれたような傷があった。左の瞼は歪にめくりあがり昏い眼孔はあれど眼球がなかった。右耳はそっくり蟹に挟まれたのかなかった。左の足は鮫にでも噛まれたのか、甲から先がすっぽりなかった。
そして、五郎はもう一つ重要なことに気付いた。只の旅人、武蔵守は灯りで反射して光る長いものを持っていた。
抜き身の大刀だ。
五郎は凍りついた。
「旦那、こんな汚ぇ厠で冗談はなしで、、、、」
「お前は、話がうまいな、客もさぞかじ喜ぶだろう」
「カカァが言ってたんですかい?人足にも雇ってもらえないなら、これぐらいしか楽しみがなくてね、、へへ。人生に楽しみがなきゃ、生きてる意味がないってもんで」
五郎の小便は止まった。
武蔵守は続けた。
「お前は、裏切ったな」
「一体全体、な、なんのことで」
お互いに間があった。
五郎が怯えて続けた。
「一ノ谷で平家から源氏に寝返ったってことですかい?」
「そうじゃない。そんなことどこぞの”もののふ”でもしている。坂東八平氏も平治の乱では源義朝に与し、北条も婚儀まで結び源頼朝を奉戴した。六波羅合戦では鵺退治の源頼政は我が父、清盛についた」
「我が父!?」
「そうだ」
武蔵守の声は低くかった。
「あ、あんた一体誰なんで、、、」
五郎の声も小さかった。
「彦島で九州勢と渡りをつけ、木曽義仲を討ち、福原まで盛り返した。幼き天皇と三種の神器はわれらの手にあった。一の谷の戦いが全てだったのだ。屋島なんぞ終わりの始まり。壇ノ浦なんぞ儀式、供養だ」
「あんたは、誰だ、妖しか!?」
「妖し?。良い名だな、気に入った」
「俺に何の用だぁ」
五郎は恐怖に負け叫んだ。
「名のみ、教えてやろう、武蔵守平知盛だ」
「タイラノ、トモモリ、、、、」
「平家を滅亡に導いた者のみに復讐を行うのが今の俺の使命だ。義仲を討ったのち土豪に襲われた後丹波の篠山で義経に出会った?。うまい嘘だな」
平知盛は言葉を切った。
「一の谷の背後の山を守るは至極当然のことだ。平家はそれほど愚かではない。義経も更に西に陽動を掛け我らが兵を割いた、さすがだ。それは認めよう。しかし、お前には三草山での戦いのあと、源氏の武将に化け山中の義経を騙し更に西の備中まで連れて行く役目があったであろう!いかがした?この裏切り者、平政盛!」
平政盛は言った。
「死んだんじゃ、ないのか、あんたは『見るべきものは全て見た。今はただ自害せん』と言って、壇ノ浦で錨をくくりつけ海に飛び込んだんではないのか!?」
「ありがたいことに、誰もがそう思っているようだな。一族があんな有様で死ねるか、この裏切り者が、しかも、我が息子、知章にまで手をかけたと」
「ちょっと待ったお願いだ。お慈悲を、、このような不具の者を斬りになるんで?」
「最初は、おまえのもう片一方の健常な足を奪うだけのつもりであったが、、義経一党の話しを聞いて考えが変わった。壇ノ浦で飛び込んだときと同じだ。人は考えが変わる」
「あんな人外の義経一党を騙して山中を更に西になんぞ、、、、無理ってもんだ」
そして、急に五郎こと政盛の態度が変わった。
「それに、なにが平家随一の豪将猛将平知盛だ。若い頃は病がち?そんな猛将がどこの世の中に居るんでで?土台、あの木曽の山猿が都に攻め込んできた時、何をしていなすったんで?、獲った大将首はいくつなんで?知章だって最後は、額を地面に擦り付けて慈悲を、、、、」
そのあとは言葉にならなかった。
大刀が一閃。政盛の首は厠の排水に落ちて武庫川に向かいゆっくり流れていった。
「あとで、一族皆で会おう、俺はまだ死ねん」
そう言うと、平知盛は、更に東を目指した。
東に征くほど裏切り者は多い。




