[07話] 安全圏へ
『 …This is Clarissa. I say again.…I sensed a UMO. Request orders.(繰り返します。こちらクラリッサ、未確認車両を感知。指示を願います) 』
「無事なのか? 《相棒》!」 と、ここでホイホイ無線に返すのは阿呆の所行。
《正体不明の狙撃手》を相手にして連敗記録更新中の身としては、否が応でも慎重にならざるを得ない。
だが死体の真似事を続けていても、結局はジリ貧。
相棒の無事に勢いづいた俺は、打って出る覚悟を固める。
手早く、自分の置かれた状況を再検討。
急激な血圧低下時に作動する下肢加圧機構は解除済み、その後に起きた脚全体の痺れも殆ど残っていない。
鎮痛剤のおかげで背部痛はかなり曖昧になった。コレなら全力で動けるだろう。
動甲冑の被弾箇所は、破損した人工筋肉を機能閉鎖して復旧中。それに伴い、化学血液の漏出も停止。パワーアシストの効率低下と稼働時間への悪影響は間違いないが、なんとかリカバリー可能な範疇だ。
何しろ、コチラの手札は多くない。
ゴチャゴチャ策を弄するのではなく、撹乱行為の実施後、安全圏まで一目散に逃走するという単純明快なプランに落ち着く。
自然と心拍数が高まり、緊張につられて全身の人工筋肉が膨張し始める。
“さぁ三戦目だ! 頼んだぜ《多機能欺瞞体》達”
心中でそう呟くと、前もってビル内に仕掛けておいた5基の戦闘支援デバイスを遠隔操作――途端、5人の男性の声が隊内無線に溢れ出した。
先ずは、増援を装った欺瞞通話。
無線が傍受されているなら、多少なりとも動揺を誘えるはず。
そして、コチラが撹乱の本命!
6階に設置した《多機能欺瞞体》に自爆コマンドを送信。
直後、380N$の機材を犠牲にした、階下からの爆発音と揺れ。
“今だ! 行け!”
俺は転がる愛銃を掴み取り床から跳ね起きた。
装備類が入ったバッグを置き去りにして目指すのは、たった数m先にある回廊。
鈍い両脚を叱咤し動甲冑からパワーアシストを受ける身体を突進させる。
文字通りの命賭け。
狙撃手がハナから俺に興味を失っていれば最良。
そうでなくても、《デコイ》の自爆に照準器を彷徨わせているなら!
――すぐ傍をピュンっと鋭い擦過音。
“ヤバッ! やっぱ撃ってきやがった!”
恐怖から横隔膜がグッと迫り上がる。
やや遅れての銃声を背に跳躍。
新たに聞こえたのは足元から着弾音。
総毛立った身体が着地を欠いたまま、回廊に転がり込んだ。
賭けに勝った!!
部屋と回廊を隔てる分厚い内壁に遮られ、もう俺を狙撃することは出来ない。
すかさず発煙手榴弾を元いた部屋に投げ込むと、白煙が満ち周囲を覆い隠す。
“これで暫しの安全圏……”
緩慢な動作で倒れ込んだ上半身を起こし、顎元のボタンを押し込む。
パシュっと短く与圧が開放される音で、ヘルメットのマスク部が情報端末ごと90°跳ね上がり、久方ぶりに素顔が外気に晒された。
俺は肉眼で見る視界の鮮やかさにクラクラしつつ、襟元からハイドレーションを引っ張り出し、口腔一杯に生温い水を吸い込む。
歯茎に染みる水を押し出すようにして吐き出せば、埃が積もった床に広がっていく赤黒い汚水と砕けた歯片……それらのコントラストを見つめながら、口をゆすぐ行為に没頭する。
口から砂利のような感触が消えたことに満足し、ポーチから取り出したミント味の錠剤をボリボリ噛み潰して、やっと人心地がついた。
かつてはハンカチと呼ばれたボロ布でヘルメット内を雑に拭き上げ、動甲冑を手動で閉じる。
自爆で4基に減った《デコイ》による欺瞞通話は、絶賛継続中。
無駄な時間は何処にも無い。
液晶の視界に帰還を果たした俺は、隊内無線を予備周波数で立ち上げた。
「クラリッサ! 仕事の時間だ」