[06話] 悪運
口腔が粘つくのに加えて鉄錆臭い味。砂利のような舌触りは砕けた奥歯か?
背部を襲い続ける激痛に、うめき声を堪えるのがやっと。
下半身は人工筋肉によってパンパンに加圧され、身動一つ取れない。
さらに付け加えるなら、未だ照準器に補足されている可能性も捨て切れず、ずっと死体のフリを演じている(狙撃手は、蛇みたいに執念深い輩が多いからだ。いや偏見抜きで……)。
蘇生というドラマチックな響きとは無縁の危機的状況……それが俺が置かれている現実だった。
“畜生……どうするよコレ?”
打開策を思い浮かべようにも、絶え間ない苦痛に遮られる始末。
幾度も思考がループして、ようやく《DAI.S》から鎮痛剤を体内投与させる事を思いつく。
荒い鼻息が止み、次第に訪れる痛みの鈍化。
脂汗にまみれた顔が緩むのを自覚する。
“効果は数時間持続……これで何とかやれるか?”
だがそこに突如、鎮痛剤の副作用が加わった。
アルコール由来に似た酩酊感と嘔気。覚悟の上とはいえ、なかなかキツい。
喉元までせり上がった何かを呑み込んだ俺は、気を紛らすためにも情報端末に意識を集中させる。
先ずは、バイタル関連警告を閲覧――
なるほど……被弾した俺は急性循環不全を起こし、意識障害と低体温そして断続的な呼吸不全にあったようだ。本来なら意識が戻ることなく、臓器不全による緩慢な死か……心肺停止による急激な死を迎えていた筈。
しかし実際にはセンサースーツが異常兆候を検知した時点で、《蘇生薬》と呼ばれる対ショック薬剤を《DAI.S》が自動投与。公社が開発に絡んだ《蘇生薬》には、未承認の細胞活性剤や得体の知れない新薬がブレンドされているとの噂通り、異常な速度でバイタルが回復。投与162秒後に蘇生したことを記録は示していた
口から漏れるのは、安堵と落胆の入り混じった溜め息。
ケチらず高価な《蘇生薬》を装填しておいた自分を褒めてやりたいが、薬価2,000N$もの出費は懐具合に大打撃だ。
思わず伏せた両眼が、動甲冑の下から拡がる黒々とした染みを捉える。
“出血?!”
慌てて、ダメージレポートを開く――
簡易3Dモデルが示すのは、動甲冑の背部から銃弾が入射する弾道イメージ。
装甲部を貫通した銃弾は駆動系の重要器官を収めるバックパックを掠めた後、右背面の人工筋肉を半壊させ、センサースーツの表層で停止したらしい。
結局、染みの正体は人工筋肉の破損部から漏出した《化学血液》と呼ばれる液化触媒。俺自身の負傷は着弾衝撃による重度打撲、更には肋骨骨折や右腎損傷の可能性が指摘されているが、緊急治療の必要性は少ないだろう。
今回はセンサースーツが持つ僅かな抗弾性能によって助かったが……まかり間違えれば今頃、震える手で止血処置を施す羽目になっていたかも知れない。
“全くツイてるんだか……ツイてないんだか?”
再び溜め息が漏れる中、インカムに隊内無線の声が響き始めた。
『…This is Clarissa. I sensed a UMO. …Request further orders.(こちらクラリッサ 未確認車両を感知。新たな指示を願います)』
――《相棒》! 無事だったか?
ははっ! 俺も相棒も悪運だけは尽きちゃいない!
《N$》(読み:dollar 、ドル)
劇中の北米共通通貨。電子貨幣。通貨価値は1N$=現在の100日本円くらいでしょうか?