[05話] 迎えに来た男
「本当にまた単独受託なの?」
人気のないⅢ課の契約ブース。先に沈黙を破ったのは、褐色肌の美貌に普段どおりの無表情を湛えた彼女の方だった。
ジェシカ・ラヒリ担当官 ――《請負人》と《公社》との仲介業務を担う契約管理部Ⅲ課きっての才媛。
その諦観と非難が混じった視線をやり過ごし、端末に直筆代わりの右手指を押し付ける。これで事務処理は全て完了、旧ミシガン州まで出向いて契約を履行しなくてはならない。
「今回も、独りで気楽に稼がせてもらいますよ。ラヒリ担当官」
私生活を重ねることもある担当官の余計な不興を買わぬよう、軽口めいた返事で先手を打つ。
途端、俺は強い既視感に囚われた。
この会話の一字一句が、記憶にあるモノと合致するのだ。
先週Ⅲ課に出向いた時と同じ? コレは……夢?
戸惑いの中、誰もいなくなったブースに担当官の声だけが響く。
「……では、無事の帰還を《F-241673》」
「……では、無事の帰還を……」
「…………帰還を……」
宣告にも似た台詞が繰り返され、現実感の薄さでオーバーフローした世界が暗転していった――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
おもむろに意識が覚醒する。
曖昧な記憶を手繰るが、まだ何処か他人事のよう。
“……ここは? そうだ……俺は狙撃されて……”
幸運にも被弾した身体に痛みは無いが、動甲冑からヘルメットが失われている事に気づく。
何時でも頭部を狙撃して下さいと言わんばかりの状態。
酷く仰天するが、仰向けの身体にまるで力が入らない。
何とか頭だけを持ち上げると、足元に白い椅子が置いてあるのが映った。
安っぽい光沢を放つ合成樹脂の椅子……コンクリート剥き出しの室内との対比が強烈な違和感を醸し出している。
“ハァ? 何であんな椅子が?”
不意に視線を感じると、頭上から見知らぬ人物 ―― 短髪で眉の薄い50代くらいの大柄な男性が覗き込んでいた。
思わず息を呑む俺と目線が合うと、男はゆったりとした足取りで歩み始める。
古風な純白の背広。
背広と同様に高級品であろう白シャツ、タイこそしていないが胸元からは洒落たポケットチーフが覗く。そんな出で立ちの男が裸足で傍を通り過ぎていく。
上手く回らない脳をフル回転させ「コイツが狙撃手か?」と疑ってはみたが、ワザワザ姿を晒す意味が分からないし、荒事に従事している人間特有の雰囲気が微塵も感じられない。
優雅さすら感じさせる動きで椅子に腰掛け、ようやく男が口を開いた。
「君は頑張ったよ」
深みのある良く通る声。上品そうな微笑を浮かべ、控えめな拍手を繰り返す。
男の真意は判然とせず、この場の主導権は完全に相手側。
返すべき台詞が頭に浮かばないまま、センサースーツの背中が汗でジットリと濡れていく。
「さあ時間だ」
そう独り言のように告げた男は椅子から立ち上がり、自然な動作で俺の足首を掴むと――そのまま片腕で動甲冑を引きずり始めた。
男が一歩進む度に、瓦礫まみれの床面を動甲冑が跳ねる。
無茶苦茶な筋力だ!
何度となく剥き出しの頭部を派手にぶつけるが、抵抗すら出来ない。
次第に意識が遠ざかる中、俺は叫び声混じりの台詞を男の背中へと浴びせた。
「アンタ! 一体何者なんだ!」
プラスチック椅子と並んで、強烈な違和感を生んでいた裸足の足が止まった。
男が気怠げに、俺へと振り返る。
――感情を全て削ぎ落としたかの様な顔。
「あの世からのお迎えだよ」
表情に相反して、口調だけはあまりに嬉々としていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
息苦しさで目覚めた身体が、酸素を求めて思い切り咽せる。
咳き込む度に赤黒い血が飛び散り、うつ伏せの右背部を激痛が襲う。
痛みと折り合いをつけ、ようやく焦点が合った情報端末に表示されてたのは
――Condition:Resuscitation.―― という短い文字列。
黙っている事に耐えられなくなった俺は、荒い息のまま呟きを漏らす。
「Those that God loves do not live long(神から愛される人は長生きしない)……って言うから安心してたのに……アレは駄目だろう……」
それが蘇生を果たした俺の第一声だった。