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[38話] 魅入られし者 前篇

 俺程度の《請負人》では入手困難な、特殊部隊ハイエンド仕様の動甲冑。

 片手には、真新しい合成樹脂プラスチックの椅子。

 身の丈は2m近く、装着者がゴツい体格であろうことは容易に予測がつく。

 そして、マイクが直接拾った台詞と声を信じるなら、動甲冑の中身は《正体不明の狙撃手》を名乗った男――。


 “一体……コイツは何処にいた?”


 動甲冑の男が歩み寄り、場末のカフェテリアが似合いそうな椅子に腰を下ろす。


 数メートルの距離を空けて向かい合ったまま、男は何も喋ろうとしない。

 軍用インカムが沈黙する中、発砲に由来する耳鳴りが不快さを増し、次第に抑えきれない感情が湧き上がって来た。


 “コイツが邪魔しなければ……予定通り《怪物》を駆除でき、《相棒》が破壊される事もなかった!”


 激情に駆られるまま、手繰り寄せた愛銃(ライフル)を男へと突きつける。


 動甲冑と愛銃の重みで震える銃口(マズル)。しかも「動くな」と警告するつもりが、()せて激しく咳き込んでしまう。

 そんな俺の止まらない咳に被せるようにして、男が口を開いた。


「怖くて堪らないよジョナサン。とても階位Ⅲ(サード)級とは思えない殺気だ」


 焦りといった感情が微塵も感じられない、特徴的な錆声。

 

「茶化すな!」

 俺は精一杯の声量で吠えると、作動させたレーザーサイトを男の胸部に重ねる。


「アンタが3人目の狙撃手(スナイパー)か?」

 血で粘つき喋るのが苦痛に感じる程だが、言葉を継ぐ。


「いやいや、確かに私は狙撃手(スナイパー)を名乗ったが、実際のところは名ばかりの指揮官(アルファ)に過ぎないさ」


 この状況を楽しんでいるのが嫌でも分かる、冗談めいた態度。


 (いたずら)に大声を出したせいか、唇から乾いた血液が剥がれ落ちてゆく。

 もう暫くすれば口腔内の血が凝固し、酷く喋りづらくなるに違いない。

 俺は一切の駆け引きを省いて、核心を突く質問に踏み込んだ。


「……アンタ、軍の情報部の人間だろ?」


 荒い呼吸で揺れる銃口に合わせ、赤(IR)線レーザーが男の動甲冑に上下する。


「フハッ! なんとも想像力豊かじゃないか!」


 男が心底愉快そうな声を上げ、小振りな椅子が巨躯に軋む。


「答えろ!!」 俺は再び怒声を放つ。

 

「では、名乗らせてもらおう……」

 脅しではなく本気で撃たれかねないと考えたのか、先刻とは別人のような真面目くさった口調で男が話し始めた。

 どこか演技めいたモノを感じさせながら、男の台詞は淀みなく続く。 


「私は君と同じシカゴ支部に所属する階位Ⅰ級《請負人》 識別符号〈F-834570〉 ミハイル(Mihaela)C(Conrad)ヴィンス(Vince)だ」


「いくらⅢ級の君だって、噂で私の名前を聞いた事くらいはあるだろう? それでも疑うのであれば、敵味方識別(IFF)のリターンを調べ給え」

 

 きっと今、俺の顔には困惑の表情が張り付いているに違いない。

 男の口から出た台詞が完全に想定外であっただけでなく、違和感……いや疑惑を抱かせる内容だったからだ。


 躊躇しつつもIFFを立ち上げ、男の体内に埋め込まれた《生体認識標(バイオタグ)》からの応答を確認する。

 軍で導入が始まって半世紀以上の歴史を持つ《生体認識標》だが、公社のモノは独自技術が用いられており、DNAマッチングを以て偽造及び身分詐称は絶対に不可能な代物。結果、IFFから返ってきたのは……


   ――識別符(コード)号〈F-834570〉 シカゴ支部 階位Ⅰ級 年齢42 ――


 との情報であり、間違いなく公社の《請負人》であることを示していた。


 男が語った内容は全くの事実。そうであるが故に、一度浮かんでしまった疑惑が輪郭を描き始めて止まろうとしない。


 《公社》における階位=絶対的な上下関係ではないが、上級階位者に対する礼節は存在する。俺は愛銃を下ろし、疲労により細かく震える右手で()()()()()()()を送る――それに対し(ミハイル)は鷹揚に答礼を返した。


 “おいおい……”


 一層激しさを増す動悸を大きな息を吸い込むことで抑え込ませる。どう考えても導かれる結論はひとつだけ。

 体温の下がり切った身体に嫌な汗が噴き出すが、不自然な印象を与えないよう俺は(ミハイル)との対話を再開する。


「……何故、階位Ⅰ級(ファースト)が同じ《請負人》を付け狙う?」


 (ミハイル)は役者めいた仕草で両手を合わせると、ゆっくりとした調子で口を開く。


「順を追って話そう……」

「私は《公社》から秘密裏にある業務を請け負っている。君が《怪物》駆除を請け負うようにだ」


 “《公社》が濡れ仕事(ウェットワーク)?” 

 《調査部》が独自の諜報組織を抱えている噂はあるが、俺程度の《請負人》では真偽の程は判断できない。


「なら、俺が消される理由は?!」


 口を挟んだ俺に対し、(ミハイル)はさも意外といった口調で応える。


「やはり誤解があるようだ? 別に君を殺害したかったワケじゃない」

「まぁ業務遂行の過程で犠牲者が出る事は多々あるがね……誠に不幸なことだが」


「ソイツは……答えになってないぜ」

 ザラつく舌で再び口を挟んだ俺は、愛銃を小脇に構え直す。


 が、(ミハイル)に動じた様子はなく会話は止まらない。

「ジョナサン! 私々は君に関してあることを疑っていてね。だから合衆国復興省(US.DoRe)を裝った依頼で、この廃墟に御招待さしあげた」

 

「狙撃や機銃掃射といった危機的状況を演出してまで確かめたかったのだよ! 君に密か……」


 ――――DOW(ドゥ)!! 


 肉眼では見通せぬ闇を轟音と発砲炎が切り裂く。男が椅子ごと吹き飛ぶのが一瞬垣間見え、塵埃で視界がアッという間に閉じた。


「なぁ……階位Ⅰ級《請負人》 ミハイル・C・ヴィンスを名乗ったアンタ……」

  

 男が消えた悪視界を霞む目で見つめ、俺は声を出さず語りかける。


「IFFを欺瞞させた手口はまるで分からないが……アンタが《請負人》じゃない事だけは確かだ」


「アンタ、さっき自ら本名を名乗り……名前に聞き覚えがあるだろう? と俺に言った……」


「だがな……《公社》じゃ無用のトラブルを避けるため、《請負人》同士が互いに個人情報を開示したりはしない。ましてや本名を名乗ることなど、余程親しい間柄でもない限りありえない……階位Ⅰ級(ファースト)なら尚更だ……」


「それにアンタの答礼……アレが決定打(クリンチャー)だ」


「華僑系企業の警備部を前身とする《公社(ギルド)》が……17世紀まで遡る秘密結社(青幇や紅幇)の流れを汲むって噂は眉唾モノだが、アンタ……《指符丁》を潜ませた敬礼に何の反応も示さなかった」


「……そんな《請負人(ヤツ)》、少なくともシカゴ支部には、いやしねぇよ……」


「《公社》の関係者を騙るにしては最低限の潜入知識も持たず……同様の理由から《州軍》の軍人でもない……アンタ一体何者だったんだ?」

 

 本来であれば、動甲冑(マスク)の下にある男の素性を暴き報告すべき案件だが、もう何処にもそんな余力は残っていない。腰だめの発砲に耐えた上半身は既に崩れ落ち、90°傾いた視界に再出血し始めた太腿部が映っていた。


 “《相棒》……俺はオマエを連れて……回収班との合流を果たせるのか?”

 ほぼ答えの出ている問いが無限ループし、周囲が断続的に遠ざかってゆく。


 だが皮肉にも、眠るように失血死を迎えていた筈の俺を覚醒させたのは、Ⅰ級《請負人》ミハイルを騙る男の声だった。


『酷いんじゃないか? ジョナサァァン!!』

 

 “嘘だ?!” ――隊内無線からの声に戦慄が走る。

 如何に特殊部隊仕様と言えども、.50口径弾を喰らって無事なワケがない。


「受け取り給え。ささやかな返礼だ」 

 無線ではなく、背後から直接声を掛けられると同時に銃声が三発。 


 Crunch(バスッ)! Crunch(バスッ)! Crunch(バスッ)


 連続した衝撃が背中に走り、血飛沫と肉片が胸部装甲から飛び散る。

 たちまち呼吸困難に陥り、生温い血が口腔から溢れ出した。


「公社謹製 5.7mm対《動甲冑》弾を喰らった感想はどうだね? ん?」


 戦闘靴の足音と共に現れた、右腕で大型拳銃を弄ぶ動甲冑(シルエット)

 その左上腕は大きく抉れ、(おびただ)しい量の血液がボタボタと垂れ続けている。


「言っただろう……私は今日一日随分と近くにいたのだよ」


 ――動甲冑から露出した被弾部を映す暗視装置(サーマル)


「ヒトの認識能は視覚情報に依存し過ぎている。外部情報の全てが電子化される《動甲冑》を纏っている場合は特にだ……」


 ――血と汗で酷い状態の動甲冑(ヘルメット)まで漂う独特の臭気。


「あぁ左腕(コレ)かね? この身体も随分鈍くなった……(かわ)したと思ったんだが」


 ()は照れ笑いにも似た口調のまま、聞くに堪えない音をさせて、動甲冑ごと左腕を強引に引き千切る。


「銃弾は君の片肺を貫通している。持って10分といったところかな?」

 いかにも作った悲しげな声色(こわいろ)に、左腕を投げ捨てるドサリという音が重なった。


 ――現実が俺の理解を裏書きする。


「今となっては信じてもらえると思っていないが……本当に君を殺すつもりは無かったんだよ」


「我々は君を《魅入られし者》ではないかと疑っていた」 


 “魅入られ……し者?”


 聞き慣れぬ単語と貫通銃創になけなしの集中力を乱されながら、俺は無線を広域帯周波数(チャンネル)に切り替える。


「今でも北米、いや世界の何処かで息を潜めている()()()()()。その目と耳となるべく選ばれた《生体端末》……」


「ジョナサン、再度尋ねるが……君は君へと密かに助力する存在を感じたことは無かったかね?」


 “そんな都合のい……い話があるか……よ”


 《DAI.S(薬剤自動注入器)》の未使用薬剤はNo3スロットに鎮痛剤(モルヒネ)と、No4スロットにも同じく鎮痛剤。際限なく溢れ出る血をヘルメットに吐き捨てて、No3ではなくN()o()4()スロットを体内投与させる。


 やるべき事をやり終えたが、ヒビ割れ血で汚れたモニターに映し出されているのは――片腕で突きつけられた大型拳銃。


 俺は僅かに力のこもった声で、()へと呟く。


「ようやく気づいた……アンタ……人類(ヒト)じゃない……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魅入られし者、上位種……
[良い点] 《指符丁》を潜ませた敬礼、ここまでヒリヒリに敷き詰められたハードコアな戦闘の後の、アナログな伝統の勝利は痛快……なんて思わせてくれる間も無いこの展開
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