[34話] X-DH02-X 中篇
光源を突きつけた闇の中、怪物がゆっくりとコチラを向いた。
俺はトリガーにかけた指を僅かに曲げ伸ばしして、強張りを解く。
拳銃に装填されている9mm強装徹甲弾は怪物の四肢を易々と貫くが、特殊鋼の爪や装甲部に命中した際のダメージは正直言ってかなり怪しい。
そして狙うべきアイボールセンサーは胴部前面に位置し、直径3cm程度のモノが計6基――至近距離とはいえ、ライフルよりも命中精度に劣る拳銃で、六ツ目全てを破壊しようとするのは分の悪い賭けなのかどうか?
“言うまでもなく、仕損じれば今度こそ万事休す……”
照射角度の狭いウェポンライトで浮かび上がるのは胴部のみだが、先刻までとは違い、怪物の左腕は六ツ目を庇うように伸ばされている。
まるで、四本爪の奥からコチラの出方を窺っているかのようだ。
ヒトと違って片足に体重をかけるといった類の予備動作を殆ど見せないため、《怪物》の行動予測は極めて困難。一瞬でも気を抜いたが最後、飛び掛かられて何も出来ずに終幕――そんな現実味のある未来図が脳裏を掠める。
“あぁ畜生。怖くてたまらないぜ……”
かと言って、ここで諦めるのもまた死と同義。
俺は外気に晒された表情も、突きつけた銃口も崩さぬまま、後ろ手をマガジンポーチに差し入れる。……あった。
手探りでソレを確実に握りしめる。
“動甲冑の稼働限界も近い……短期戦でケリをつけないと”
そう考えた直後、インカムを騒がす妨害雑音の音量が唐突に和らいだ。
――征くぜ!
胸の前に移動させた左手から、拳銃を握った右手でピンを抜く大袈裟な動作。
「喰らえ!」 吐瀉物で涸れてしまった喉から声を絞り出し、左腕のオーバースローで空弾倉を投げつけた。
開発課に返却するつもりだった試作弾薬の専用弾倉が、手榴弾そっくりの放物線を描いて闇に消える。
対して怪物は全く動揺することなく、虫でも追い払うかのように弾倉をハタキ落とした。
“かかった!”
射線がクリアになった目玉にレーザーサイトが重なり、両手で構え直された旧式拳銃が火を噴く。
Dang Dang! 必中と破壊を期すため、続けざまに二度トリガーを引く。
明滅するマズルフラッシュ。目玉を保護する透明樹脂が9mm弾に貫かれ、得体の知れない液体と電子部品が飛び散った。
嗅ぎ慣れた硝煙が漂う中、俺は一切の迷いなく速射を繰り返す。
Dang Dang!
Dang Dang!
Dang Dang!
生存本能に導かれた驚異的な集中力によって、4基のセンサーを連続して破壊。
自分自身が半信半疑になるほど、上手く行き過ぎている状況。
だが照準を妨害するように四本爪が割って入り、その大きさが爆発的に増す。
“突進!? あの勢い、足捌きだけでは避け切れない!”
咄嗟に、潰れた右腕は攻撃を繰り出せる状態にないと判断。
怪物の左側に向かって全力で踏み込む。
時間すら間延びする様な集中力を抱えて跳躍――爪撃を躱した気配。
そのまま水泳の飛び込みに似た姿勢で回廊へと転がり込む――上下反転した視界――無防備な目玉と視線が合うと同時に、トリガーを二回引き絞る。
DangDang!
着弾さえ確認できないまま、立ち上がった背後より――総毛立つ悪寒。
“追撃?! 跳ぶか? 伏せるか?”
否応なく迫られる決断。ジャンプ中に取れる選択肢の少なさから、上体を沈めようとした俺に更なる悪寒が走る。
“マズイ!”
距離を稼ぐのではなく、その場で高さを得るためだけに垂直跳び。
刹那、怪物の爪以外にありえない金属光沢が、床に近い暗がりを行き来する。
――躱した!
それは甘い考えだった。
一旦上体を沈めたタイムラグは、右足への衝撃という形でキッチリ支払われる。
空中で姿勢を崩された身体が、瓦礫の上に脇腹から落下。
混乱と痛覚が意識を占拠し、張り詰めていた集中力までも一気に侵食する。
脇腹に生じたばかりの痛みを無視し、条件反射じみた速度で膝射姿勢。
構えた拳銃を大きく左右に振る――追従するウェポンライトの光条。
しかし、怪物の姿が何処にも見当たらない。
位置関係を喪失した焦りに駆られ、立ち上がろうとした俺を新たな激痛が襲う。
身体中の痛みから激痛の発生源へと辿り着いた肉眼に映ったのは――右の戦闘靴、その爪先から5cm以上が綺麗な断面を見せ消失している現実だった。




