[02話] 相棒
16階という高層階から監視を続ける動甲冑の周囲には、望遠スコープや衛星アンテナなどの機器類と愛銃や予備弾倉が整然と並ぶ。
ソレらに混じる、秘匿通信ケーブルが接続された小型端末機。
彼女が俺の相棒 ―― CクラスA.I 個体名 クラリッサ。
ところが、返事があるべき有線通話はウンともスンとも言わない。
「《相棒》! 起きろ! 二度寝は無しだ!」
『…?』 『…?…My master…?』
ようやく返ってきたのは、女性の声を模した機械音声。
まるでヒトのような寝起きの悪さを見せるA.Iに対し、俺は強制権限が付与された《命令》を口にする。
「クラリッサに命令、外部の監視」
「視界内半径2km圏で俺達以外の人工音を感知した場合、直ちに警告を」
相棒は原因不詳ながら、言語野を獲得した特異個体だ。
一般的なCクラスA.Iは全く融通が利かず、特定のパターンで会話を成立させている事を思えば、如何に凄いかを理解してもらえると思う(特異個体の再現は製造元でも確立しておらず、ちょっとした希少種扱いだったりする)。
『…Copy…Leave it to me.(了解、お任せ下さい)』
CクラスA.Iの性能上限が枷となり、返事が僅かに遅れるのもご愛嬌。
かなりの額をカスタマイズに費やしてきたが、コレばかりはどうしようもない。
半信半疑で見守る中、レンズフォーカス音を立てる相棒が三脚ユニット上で緩慢な回転運動を開始する。
「その調子だ」
苦笑混じりにそう呟いた俺は、首筋から伸びる秘匿通信ケーブルを捌いて、凝り固まった上半身を軍用毛布から起こす。両肩を回して首を鳴らすが、張り詰めていた精神が緩んだことでドッと疲れが押し寄せて来た。
“5分……いや、10分休止を取ろう”
幸い、致死性のNBC物質を大音量で知らせる報知器は沈黙中。
ならば……と、予備機材で満載のダッフルバッグを手元に引き寄せる。
昨晩遅くの夜食以来、固形物を口にしていない。
空腹は麻痺しているが、流石に胃が違和感を訴えていた。
“《怪物》が姿を見せるよう祈るのも……残り二時間ほど”
俺はバッグに差し込んだ手を止めずに、これからについて思いを巡らす。状況想定ってヤツだ。
今回のような遠征には《公社》による送迎が伴う(もっとも、使用される車両は乗り心地最悪の旧式装甲車だが……)。ピックアップの最終刻限は2000。
もし僅かでも遅れた場合は廃墟に1人取り残され、最短ルートでも270マイルもの距離を自力帰還する羽目になる。一応、救済措置として長期活動用の補給物資が残置されるが、流石にソレは洒落にならない。
つい思い浮かべてしまったのは、梱包されたペットボトルやレーションだけが廃墟の一画に残された光景。途端、現実味を帯びる悪い予感に戦闘糧食を漁る手までが止まってしまう。
その直後だった――
緊張感を欠いた意識に、首筋が引っ張られる感覚。
現実と繋がったままのインカムから聞こえたのは、乾いた破壊音。
事態を理解できない俺が左右視界200°の情報端末に目を走らせると、千切れた通信ケーブルだけを残して相棒の姿が何処にも無かった。
“フワッ!?”




