[30話] 前奏曲
呼吸すらマトモに出来ない激痛に加え、食道を何かが迫り上がってくる違和感で覚醒した気分は、救い難いほどに最悪だった。
「リチャード! フランシス!」
激しく噎せながら、俺は相棒達の名前を叫ぶ。
〈F-411994〉と〈F-204930〉 ―― 俺と同じ州軍転職組の《請負人》。
公社が推奨する識別符号ではなく、ファーストネームで呼び合う仲の相棒達。
「リチャード! フランシス! 応答しろ! 」
再び二人の名前を叫んだ俺は、遅ればせながらモニターに目をやる。
片側が朱色に滲んだ視界で情報端末が次々と警告を吐き出しているが、奇妙なまでに現実感が薄い。しかも、暗視装置が作動している外部映像は、煙幕の真っ只中にいるかの様だ。
“何か武器は?”
タクティカルベストを弄ろうとして、ようやく自分が見知らぬ場所で倒れているのに気づく。
千切れそうな四肢の激痛に耐えて上半身を引き剥がすと、州軍時代から愛用しているマークスマンライフルではなく、見覚えの無い大口径ライフルが姿を現した。
伏射が出来ない程の巨大な弾倉が装着された、恐らく.50口径クラスの対物ライフル ―― 銃身と機関部が熱線暗視に浮かび、発砲直後である事を示している。
“一体、此処は何処だ?”
まるでVR映画の真っ只中に放り込まれた様な違和感。
おまけに隊内無線に呼び掛けようとするも何故か、アフリカ系のリチャード、アイルランド系のフランシス、二人の顔が思い浮かばない。
相棒達との記憶を手繰ることは出来ても、顔の部分だけが黒塗りのままどうしても思い出せない。
“何だよ……コレ”
全身に悪寒が走り、総毛立つ。
更に自分が見知らぬ動甲冑を纏っている事に気づき、増加装甲で護られた左腕が視界に入った途端、身震いにまで襲われる。
何か例えようもない恐怖。
たちまち思考が空転する中、突如として隊内無線が聞こえだした。
縋る思いで、俺は必死に耳を澄ます。
両耳のインカムを騒がすのは、二人と明らかに違う声。
だが、その声が女性を模したモノだと分かった瞬間――
「……クラリッサ……」 俺は驚きを持って《相棒》の名を呟いた。
『My master 〈F-241673〉, This is Clarissa ……(マスター〈F-241673〉へ、こちらクラリッサ……)』
愚直なまでに繰り返される無線通話が、全てを思い出させる。
そうだ三年前、相棒達は《怪物》に襲われ死亡した。
――そして今、俺が為すべきことは!
周囲は質量すら感じる程の悪視界。しかし、怪物共は直ぐ傍にいる筈だった。
跳ね上がった心拍が、明瞭さを取り戻した意識が、震える両膝へと立ち上がるように命じる。
“そこか?!”
見下ろせば、熱源体がもがくのを熱線暗視がボンヤリと捉える。
微光増幅で標的を直視できない状況にあっても、絶対に外す距離ではない。
フラつく身体で俯角気味に愛銃を構えれば、《オーバーブースト》状態の人工筋肉が破裂せんばかりに急膨張して応える。
セイフティー兼 セレクターレバー をもう一段階押し込んだ俺は、感圧式トリガーを力まかせに引き絞った。
刹那――銃口から容赦なく撒き散らされる連続する轟音。
それは俺自身が身をもって体験した.50口径弾の凄まじいエネルギーが引き起こす《純粋な暴力》への前奏曲だった。




