[27話] 着弾角度
ビルという閉鎖空間を戦場にした迎撃戦。
防御側の優位を生かせない以上、考え込む時間すら惜しいとの結論に至った俺は、確たる戦術も無しに南側の一室へと駆け込んだ。
回廊に飛び出した時点で10連弾倉 ――並列装填の弾倉内には装弾不良を避けるため敢えて9発しか装填されていない―― を愛銃の機関部に叩き込んである。
装填された弾頭の先端色は黒。弾種 AP、弾頭重量740グレイン。
扱いの面倒なエアバースト弾と違って、初弾は既に装填済み。
《正体不明の狙撃手》と対峙していた際の慎重さをかなぐり捨て、崩れかけた窓枠から身を乗り出す。
そこは地上60mの夜空 。
暗視装置を介した緑一色の視野を地上に向ければ、朽ちた軌条や傾いだ街灯といった人工物が玩具じみたサイズに映る。
高層階の強風に曝されると同時に、遠く1km先のビル火災が揺らめき、下界の様子を一瞬ハッキリと浮かび上がらせた。
“6輪トランスポーター! 《X-V01-A》だ!”
先に始末するか? ガソリンを積んだアイツなら良く燃える。
親指で愛銃の安全装置を乱暴に弾くが、弾薬は有限。優先順位を違えるワケにはいかない。
“何処なんだ? 《怪物》は?”
外壁に目を凝らすも、怪物の体高は150cm程度で視認は困難。その上《魔女の眼》を落下させてから、多少なりとも時間は経過している。
“まさか、もうビル内部に侵入したのか?”
外壁を伝っての登攀でなければ、上昇手段は何だ?
エレベーター縦坑か? 西側の非常階段? あるいは東側階段か? いや、連中がバラバラに駆け上がって来る可能性も?
何であれ、挟撃や奇襲だけは全力で回避しなくてはならない。
不意に気配を感じ、背後を振り返って銃口を向ける――が、杞憂が過ぎた。ヤツラの脚はそこまで早くない。
せめて残りの《魔女の眼》を有効活用すべきだったか? と後悔し始めた俺の足下には、蜂の巣になったダミーバルーンと《多機能欺瞞体》。
ソレらに一瞥を投げて再び身を乗り出せば、キャリアだけが橙色に浮かび上がっている。
“熱赤外線暗視?!”
知らぬ間に、微光増幅と熱感知のハイブリッド型である暗視装置がフュージョン(合成画像)モードに切り替わったらしい。
コールドグリーンを背景に熱源体だけがオレンジで強調される狂ったようなコントラストの中で、俺は舐める様にしてビル外壁に視線を這わす。
――狭い等間隔で駆け上がる小さな熱源体が四つ。
“《怪物》だ! 団体行動している今が好機!”
すかさず窓枠に跨がって愛銃を構えたのは良いが、爪先は宙ぶらりんの状態。
その締まらない恰好のまま、肉眼では不可視のIRレーザーサイトを作動させる。
近射程で複数の移動標的となれば、光学照準器よりも大きく視野を取れるレーザーサイトの方が照準に適している。しかも、怪物の対人センサーに俺が捕捉済みなら、レーザーの積極的使用を躊躇う理由はどこにも無かった。
上半身を目一杯捻り、愛銃の照準を定める。
俯角90°近い撃ち下ろし、足場は極めて不安定、更には.50口径の大反動が待ち構える――俺自身未経験の射撃シチュエーション。
律儀に縦列を作る標的に、銃身と平行に伸びるレーザー光が重なった。
間髪入れず、俺は引き金を引き絞る。
Dow! 臓腑を震わす轟音と、両眼が眩むほどの発砲炎。
直後、制御しきれない反動が動甲冑を大いに揺らす。
「危ねェ!」 と小さく叫び、咄嗟に手を伸ばすことで転落するのを回避。
ホッと安堵する暇もなく、俺は下肢全体でより強固に窓枠を挟み上げる。
そのまま視線を戻せば、熱線暗視が怪物の現在位置を容赦なく暴く。
“数は一、二、三、……四!? 初弾を外した?”
手脚を忙しなく動かす怪物の群れは、まるで一匹の多足類のよう。
生理的嫌悪感に急かされる様にして、再度トリガーを引き絞った。
Dow!
二度目という事もあり、どうにか体勢が崩れるのを凌ぐ。
派手にマズルジャンプした愛銃を構え直すが、怪物の統制の取れた動きに変化は見えない。
“ッ! また外した?! 焦るな!”
舌打ちと共に、照準を群れの先頭より僅か前方に置く。
Dow!
ようやく着弾の火花が飛び散った。
怪物の装甲化された胴部に命中! 1体目を仕留めた!
――と思ったのも束の間、被弾した個体が平然と外壁を駆け登って来る!
“何故だ! どうして?” 俺は目を疑う。
鋼鉄製弾芯を持つ徹甲弾は、射程100m以内で20mm厚の装甲鋼板を貫通する。
幾度となく《怪物》を一撃で屠ってきた.50口径弾が、何故効かない!?
射撃を続行すれば残弾を浪費しかねない状況。
レーザーサイトを追従させながら、必死に思いを巡らす。
――そうか! 着弾角度だ!
事態を理解した俺は、自分の迂闊さに呻く。
高層階から撃ち下ろされた銃弾が、怪物の装甲部に対して垂直に近い角度ではなく、大入射角で着弾しているせいだ! もし仮に45°で着弾していた場合……4割増もの耐弾性が発揮される事になる……。
「……最悪だ……」




