[24話] 982m 後編
両肺に招き入れた空気を吐き切る手前で、呼吸を停止させる。
抱いていた殺意も、照準器を介して標的を見ている感覚すらも、極度の集中によって曖昧となった世界。
――俺は可動部が存在しない感圧式の引き金をソッと引き絞った。
装填された12.7x108mm弾の尾部を銃の撃針が叩いて、雷管が起爆。
薬莢内の装薬に引火し燃焼ガスが発生、薬莢内圧が急激に上昇。
弾頭はガス圧によって薬莢から分離、銃身へと押し出される。
この過程で発生する反動は、完璧に制御しなくてはならない。
それは銃弾を命中させるために必要な、最低限かつ絶対の条件。
分離した重量911グレインの弾頭は銃身内のライフリングで加速され、銃口より初速820m/sで射出。マズルエナジー18,625J(軍用小銃弾である6.8mmCC弾の10倍以上のエネルギー)で右回転しながら標的へ向かう。
引き金を引いてから、ここまで0.01秒足らず。
弾頭に僅かに遅れて、今度は銃口から燃焼ガスが噴出する。
―――― Dow!
階層全体を震わす名状し難き《発砲音》、燃焼ガスが再点火した《火球》、身体が後退する程の《後方反動》。ソレら三つの事象が、まとめて動甲冑に襲いかかった。
反射的に両目を瞑るのには耐えたが、動甲冑のパワーアシストを以てしても反動を完全に抑え込むことは不可能。銃口は大きく跳ね上がり、銃を保持する右肩からミシリと嫌な音と鈍痛が伝わる。
更には銃口制退器から放出された衝撃波が、細かな瓦礫や床に散り積もった埃を盛大に巻き上げた。
瞬時に周囲は悪視界と化し、排莢を避けるため左後方に配置した《相棒》まで覆い隠す有り様。射手たる俺が着弾を確認することなど、全く不可能な状況。
半自動式の愛銃に次弾装填は完了しているが、《魔女の眼》を通した着弾報告を待つ以外に出来ることは何も無い。
射程982mでの着弾に要する時間は――1.44sec
カウンタースナイプの結果が明らかになるには、今暫くの時間が必要だった。




