[23話] Today's your day.
こんな状況下で笑い合うという贅沢――その余韻に浸りながら三脚の設置に苦戦していると、《魔女の眼》からの通知音。
「おっ……来たか」
サブウィンドウが映すのは、360°カメラによる廃墟の街のリアルタイム動画。
10月の寒空のせいか、高名な画家や写真家が「共同墓地」との作品名を付けかねない陰鬱さに溢れた情景に、今となっては違和感を抱くモノが多数……。
俺は室内へと視線を転じ、たまたま手の届く範囲に墜ちていたソレを掴み取る。
『…What's that?(何ですか?)』
回転機構が壊れている相棒からは、何を掴み取ったのか見えなかったようだ。
再び外壁に凭れかかると、目の前で右掌を開いてみせた。
掌の上にあるのは開翅長8cmほどの《蛾》
――ソイツを無造作に握り潰す。
はたして掌からこぼれ落ちたのは……粘液にまみれた昆虫の内容物ではなく、極小のセンサー類や電子基板といった金属やプラスチックの残骸。
掌には鱗粉さえ付着していない。
『…Micro-UAV?!』
「昆虫擬態型。監視手段はコイツ……いやコイツらだったってオチだ」
「しかも、《魔女の眼》からはビルを取り巻いて飛翔する《蛾》でいっぱいの映像。HPM爆弾で喪失した個体の監視網を穴埋めするために、下層階から翔んで来たんだろう……」
「つまりコイツらは、群知能を持った何百……下手をすると何千機もの無人機の集合体。Swarm-UAV」
『…Wow, you noticed!(よく気づきましたね!)』
繰り返す事になるが、北米に点在する都市廃墟はNBCの残渣に加え、殺人級の異常気象が牙をむく極地に姿を変えてしまっている。
結果生じたのは……狂った生態系。
思い起こしてみれば、ビル内には高層建築にありがちな鳥類の(羽や糞といった)痕跡が無く、代わりにどの階層でも《蛾》の姿が見られた。
不気味な外観はともかく無害ゆえに、気に留めないでいたのだが……。
「フラついて踏んづけた時、戦闘靴から伝わる感触に違和感があってな。加えて、HPM爆弾の起爆直後から、転がる死骸が異様に目についたのも理由の一つさ」
自身の声に得意気な調子を感じ取った俺は、年齢相応の羞恥心と共に新たな話題を切り出す。
「で、コイツは《公社》のデータベースに存在するのか?」
相棒の記憶領域には古今東西の兵器情報が網羅されたデータベースが貸与されている。合衆国内の復元兵器どころか、世界唯一の武器輸出国として名を馳せるロシアで開発中のモノまでが照合可能。果たして結果は?
『…There is not it.(残念ですが) 』
返ってきたのは、僅かな間を空けての素っ気ない回答。
落胆と同時に、どうにも釈然としないモヤモヤが込み上げて来る。
公社も把握していない製造元不明のSwarm-UAVに、中継機には光学迷彩を装備する電子戦UAV。どちらも、個人所有するには費用対効果が悪すぎる装備。
その上、やっている事が単なる対人狙撃……。
“劇場装置に金がかかり過ぎていると言うべきか? なら黒幕は一体?”
『…Experimental weapons…of the state army…?(州軍の……実験兵器?)』
相棒の珍しくボソボソとした呟き声に、意識が現実へ引き戻される。
おいおいおい――――!!
冗談じゃない! 俺達が相手をしているのは、どこかの《州軍》?!
この廃墟は秘匿工廠による試作兵器のお披露目会場ってことか?
《請負人》相手に実戦試験ともなれば、大スキャンダルで済まねェぞ!
“……待て。怪しむべきは《州軍》だけか?”
罠が仕掛けられた駅ビルに拠点を置くよう提案したのは……公社《調査部》。怪物駆除を考えれば最適な立地とはいえ、疑えば共犯にすら思えて来る。
相棒の呟きが思わぬ方向へと着地した事に戸惑いつつ、俺は現状について一応の結論を導き出した。
“つまりは……惜しげもなく重機関銃で弾薬を大量消費する狙撃手の正体はゴロツキなんかじゃなく、正規の命令を受けた軍関係者?”
「クラリッサ! 《魔女の眼》とペアリング を行え、お前が観測手だ!」
真偽定まらぬ結論に心底ウンザリさせられながらも、有線通話で指示を飛ばす。
凭れていた外壁から尻を上げ、瓦礫を退かしてスペースを確保。
射撃孔と定めた亀裂から少し離れた位置に、二脚を展開させて愛銃を据え置く。
『…Master !!』
そのまま腹這いになろうとした俺に、焦りを含んだ声が掛かった。
「何?……」
動甲冑の制御権を持つ相棒の仕業だろう、強制的に置き換わる視界。
モニターにはズームアップされた俺の後ろ姿。
そこに映るヘルメットの後頭部は大きく凹み、ヒビ割れが無数に走っていた。
「ヒッ」と短くも情けない悲鳴が口をついて出る。
.50口径の着弾痕だろうか? 今になって脳震盪の原因が判明したワケだが、全く嬉しくも何ともない。
衝撃吸収構造のセラミック外殻が派手に割れるのは仕方がないとしても、下層の超硬チタン合金までこの有様とは……。
『…Probably not a direct hit bullet, but a ricochet bullet(恐らく直撃ではなく、跳弾による被害だと考えられます)…』
頼んでもない解説に、思わず唸り声が上がる。
直撃弾なら間違いなく即死だったという事実に黙り込んだ俺を気遣ってか、相棒の台詞は更に続く。
『…Today's your day, My master!(ツイてますね、マスター!)』
「ツイてねぇんだよ! 今日は!」
複雑に顔を歪めて軽口を返した後は、愛銃の後方へと伏射姿勢に入る。
「いいか《相棒》。HPM爆弾で屋上のUAVが完全にお釈迦になった保証は無い。特にお前の推定通り電子戦機なら、保護回路が組み込まれている可能性が大だ。それでも至近距離からの高出力マイクロ波……少なくともシステムダウンを起こし、再起動や自己診断に必要な時間は10分で利かない筈」
「それにMicro-UAV。ヤツらは非武装だが数がヤバい。流石に数百機で体当たりされた場合、無傷で済むとは思えない」
「時間との勝負だ……相手が混乱から回復する前にケリをつけよう。先ずは潜伏中の狙撃手を炙り出す。隣の部屋の《多機能欺瞞体》が再起動終わり次第、ダミーバルーンの展開準備を」
「残りの要注意事項は……」
そこまで一気に捲し立てた後に、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「哥布林!」『…GOBLINs』 俺と相棒、二人の台詞が被る。
市街地に侵入を開始した《怪物》の現在位置は不明のまま、未だガソリンエンジンの騒音は止んでいなかった。
射撃準備に入った俺の右眼に浮かび上がる十字線。
《F.C.U》の倍率を調整し、煉瓦タイルで覆われた6階建てのビル ―― 狙撃手の潜伏先をまるまる視野に収める。
“相手が誰であろうが、これから為すべきことに躊躇も予定変更も無い”
ようやく俺達の反撃が始まろうとしていた――




