[22話] 主電池
時間は少し巻き戻る。
場所は、《爆弾》起爆後に新たな射撃拠点と決めた16階の一室。
正体不明の狙撃手を捕捉するおよそ5分前――
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今にも崩落しそうな天井が、モニター越しに視野を圧迫する。
両腕には《相棒》と《愛銃》。
匍匐前進ではなく仰向けのまま、床に戦闘靴の踵を引っ掛けて蹴り出す――重い擦過音を立てて動甲冑が動く。次は反対の脚で同じ動作。
被弾確率を下げるため、頭を含む上半身を決して起こしたりしない。
無事に入室を果たした俺は警戒を緩めることなく、部屋の最奥を目指していた。
“やはり狙撃手からの妨害は無しか……”
一発も撃たれずに窓際まで辿り着いたことで、動甲冑の下の口角が緩む。
だが、壁に背中を預けて腰を下ろした途端、深い溜め息が漏れ出た。
両脚をだらしなく投げ出した姿勢で、身体の芯に澱のような疲労が居座っているのを改めて自覚する。
執拗な狙撃と機銃掃射で、 散々な目に合わされたのだから無理もない。
しかし……ようやく巡ってきた反撃の機会。《請負人》として、もっと酷い状況に陥った経験だってある。
“三年前のアレに比べれば随分とマシだろ?”
そう無理やり自分を納得させると、全身の打撲に顔を顰めて、やるべき作業に取り掛かる。
両腕の荷物を丁寧に並べ置き、グレネードポーチから取り出した2基目の《魔女の眼》を外壁の亀裂部へと慎重に転がす。
両手は忙しなく動き続け、首筋より新たに引き出した秘匿通信ケーブルを相棒と接続。愛銃を膝の上に抱え寄せながら、相棒から投げかけられた質問「……先程何が?」の回答を有線通話で話し始めた。
「《HPM爆弾》を使ったんだ」
「安さに釣られて購入したはいいが使い所が難しく、《第二拠点》に隠したバッグの中でデッドストックになっていた代物。結果オーライとはいえ、お前らA.Iにとっちゃ正に致死性兵器……すまなかったな黙ってて」
弾倉を着脱させての動作点検が終わった愛銃を降ろし、次は相棒が繋がった三脚を抱え上げる。
『…As I expected(やはり そうですか)…』
少々時間が空いての返答。あまり抑揚の無い声からは機嫌の判別がつき難い。
次に発すべき台詞に俺が窮する中、自立さえ覚束なくなった三脚ユニットの被弾箇所が判明する。
――ちょうど接続部をグチャグチャに歪ませる様にして円形の貫通痕。
接続を解除するには、トーチ切断等の強行手段が必要に見える。
狙撃によるダメージはそれだけでなく、《相棒》自身を収めた抗弾素材の筐体には明らかな歪みが生じていた。
“これはマズイいぞ……”
極小筐体の集積具合は半端なく、内部には基盤や電池やカメラといった部品や機器が所狭しと配置され、冗長性など全く無い。それらを収めている筐体自体が歪んでいるという事実は、内部損傷を起こしている可能性を示唆していた。
“「大丈夫」を額面通り受け取っていた俺が迂闊だった……”
戦闘中とは、また違ったプレッシャー。背筋を寒いモノが走る。
『…I don't care about it.(気にしていませんよ)』 と相棒からの応答。
「本当に……大丈夫なのか?」
渇いた喉からの台詞は、噛み合っているかどうか怪しい問いかけになる。
『…Not a problem?(大丈夫ですが?)』
照明すらない薄暗い室内。工具も無し。部品も無し。勿論、時間的余裕も無し。無い無い尽くしの状況に響く言葉を聞き流して、悪い予感を抱えたまま簡易診断プログラムを走らせる。
更なる損傷チェックのため、頭上に持ち上げてためつすがめつ眺めていると抗議らしきBeep音……。そんな相棒を尻目に簡易診断が終了。
結果は――主電池の損傷と異常発熱。
最悪、電池の破裂や炎上に繋がるやつだ!
やや躊躇ってから、重くなった口を開く。
「クラリッサ、……お前の電池がヤバい状態になってる」
「……すまないが、後15分だけ付き合ってくれ。今から900秒後には主電池を物理遮断して、消費電力を極限まで下げる《深睡》に移行しろ」
Wait……と口にする相棒を遮り、台詞を被せる。
「文句言うなって! もし副電池まで焼損を起こしたらどうする」
頼りなげなBeep音で抗議の意思を示す相棒だが、ここは譲れない。
「電力供給の長時間途絶が記憶領域に深刻な影響をもたらすのは、お前だって知ってるだろう?」
沈黙を続ける相棒。
「ちょっとは俺を信用しろって! 15分だぜ! 15分!」
「《正体不明の狙撃手》と《怪物》の両方を片付けて、お釣りが来るさ」
その取ってつけた台詞は、俺自身大いに疑問が残るモノではあったが、なるべく飄々とした調子で会話を締めくくる。
これ以上この話題で争うつもりも、時間も無かった。
再び訪れた沈黙の中で、ポーチから取り出した鈍色のダクトテープを三脚ユニットに幾重にも巻いて補強。回転機構や望遠カメラなどの復旧は望むべくもないが、三脚自体は何とか自立するよう応急修理を終える。
『…Thank goodness.…I was already tired of looking at…the ceiling and floor…(助かりました。もう天井と床を見続けるのには飽き飽きしていたので)』
何故か、その台詞がツボに入った俺はつい漏らした笑いが止まらなくなり、やがて掠れた笑い声にぎこちない笑い声が重なる。
ほんの束の間、秘匿回線に俺達の笑い声が溢れた。




