[21話] 起爆 後編
「……クラリッサ……」
他人の声にしか聞こえないほど疲れ切った声が響いた。
「…What's the matter?…My master.(どうしました? マスター)」
「――――は?」
インカムからは聴き違えようのない声。一体どうして?
事態を理解しようと真っ暗な視界で身体を起こせば、パワーアシスト特有の感覚が消えてない。動甲冑が生きている!
「待て! 待て! ちょっと待て!」
狼狽する俺を無視して情報端末までが再点灯。鈍いファン音と共に、外部映像と各種情報を投影し始める。
慌てて三脚を放り出し、愛銃の銃把を握れば《F.C.U》までもが正常作動。
「嘘だろ……?!」
発作的に肩が震え出し、掠れた笑い声が漏れ出すのを止められない。
たっぷり数秒笑って涙の滲んだ視界には、だらしなく転がった三脚の姿。
高揚や安堵といった感情で胸一杯になってしまった俺は、あえて冗談めいた台詞で問いかける。
「久しぶりだな《相棒》! 元気だったか?」
「…Off course! (勿論です!)」 ――普段と変わらぬ調子の機械音声。
ペラッペラッの信仰心しか持ち合わせちゃいないが、神様に感謝の一つも捧げたい気分だ。
「 …What did you use just now?(先程何が?) 」
「悪いが説明は後だ! すぐに移動するぞ」
現金なもので、二度と動けないとまで感じた身体が軽い。
フラつく両脚で立ち上がった途端、聞き慣れてしまった轟音が回廊につんざく。
「そいつは、そろそろワンパターンだろ?」
気取った台詞を口にしながら、ダミーバルーン展開中の12階《多機能欺瞞体》に自爆命令を送信。
階下で響く爆発音――
ほどなく、着弾音は遠ざかって行った。
“間違いない……狙撃手は監視手段を喪失した”
きっと俺は今、表情に隠しきれない笑みを浮かべているに違いない。
何せ初めて、《正体不明の狙撃手》と同等の条件で戦場に立てているのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺達は小走りに回廊を駆け、新たな射撃拠点と定めた一室に侵入を果たす。
先刻までの様な手荒い歓迎は無く、窓際まで近寄ることに成功。
経年劣化によりボロボロの外壁。その亀裂部より射界と視界を確保できるよう愛銃を設置、俺自身も伏射姿勢を取る。
既に《R.P.D》は覆い被さり、右眼には十字線。潜伏先と特定されたビルを視野に収め、スコープ倍率を段階的に上げていく。
「やれ!」 『…Aye!(了解!)』
右隣の部屋に設置された《多機能欺瞞体》より、新たにダミーバルーンが膨張。
二脚と銃床を支点にし、ビルの窓一つ一つを観察するように十字線を滑らせる中、断続的な発砲炎が煌いて隣室に着弾音。廃墟の街から.50口径の連射音と反響音が追いかけてくる。
『…The dummy-balloon was…destroyed.(ダミーバルーンが破壊)』
――標的を視認。
黄昏時にあっても、火を噴く銃口は見落としようがなかった。
重機関銃に取り付く人影を捕捉した俺は、無表情を装って心中に呟く。
“やっとだ……捕まえたぞ……”
“ようこそ! 見えざる者の世界へ……《正体不明の狙撃手》”




