[21話] 起爆 前編
霞む視界と、小刻みに震える両膝。
長縄を掴めるかどうかも怪しい今、エレベーターに飛び込んで退避するプランは御破算となった。迷う猶予すら無い――
三脚と愛銃を引っ掴んだ俺は、エレベーターホールの真反対へ駆け出す。
だが、このタイミングで動甲冑がまともなパワーアシストを寄こさない。
整備不良? いや、脳震盪が原因の同調不良か?
俺本来の肉体だけに頼った足運びは重く、もつれがちだ。
外部音が遮断されたインカムに荒い呼吸音だけが響き、カウントダウンは着実に残り時間を減らしていく。
《爆弾》の最大効果半径は30m。間に合うのか?
思わず弱音が漏れたのに合わせて、くぐもった不明瞭な声が片手から伝わる。
“相棒? この状況に何だってんだ?”
突如――瓦礫を踏み砕く靴音が聞こえ出し、100m走9秒79を叩き出す凶悪なまでのパワーアシストが本来の調子を取り戻した。
爆発的な加速に戸惑う俺だが、それでもコンマ1秒でも早くトップスピードに到達するよう両腕にも激しい前後運動を強要させる。
片手から悲鳴らしきモノが聞こえるが無視だ! 無視!
このまま息が切れようが心臓が止まろうが、絶対に止まるワケにはいかない!
――起爆まで残り1秒
減っていくカウントダウンに不条理な怒りが湧き上がる中、無駄な行為と知りつつ《相棒》を抱え込んで回廊の床に突っ伏す。
――カウント0 起爆。
17階に隠匿された《爆弾》は二重構造になっており、内殻である爆薬発電機の崩壊と引き換えに、外殻の高周波発生器より10GW級高出力マイクロ波 ――コンクリート壁や人体では決して遮蔽不能で、精密機器内に致命的な焼損を発生させる電磁波―― が容赦なく撒き散らされた。
倒れ込んだ俺の耳が捉えたのは、《多機能欺瞞体》の自爆に比すれば随分とささやかな爆発音。その直後、モニターが大きく歪んで「ブチッ」と短い音と共にブラックアウトする。
「あっ…う…」 口から上手く言葉が出て来ない。
ヘルメットの闇の中で、昏い絶望が広がっていく。
“《爆弾》の安全圏まで到達できなかったのか?”
結論を言ってしまえば……俺は賭けに負けた。
情報端末を含む動甲冑の制御系、愛銃の火器管制ユニット、そして人工知能である相棒は内部基盤を焼かれ、文字通り死んでしまったのだ……。
最早、戦況をひっくり返せる切り札なんて何一つ無い。
元より増援が来ることは有り得ず、回収班との合流も果たしようがない。
僅かに残されていた反撃の可能性を自らの手で葬り去ってしまったという事実が、精神と肉体を一気に泥のような疲労へと沈めていく。
回廊に横たわったまま、もう起き上がる気力は何処にも無かった。
“終わりだ……”
右掌から伝わるのは、物言わなくなった相棒の感触。
《請負人》稼業だけでなく、日常生活でも傍にいたA.Iとの別れ。
あまりに唐突すぎて、喪失感よりも非現実感が大きすぎる。
“まるで、安っぽい脚本の映画みたいだ……”
“俺を信頼してる……と言ってくれたのに”
「……クラリッサ……」




