[20話] 純粋な暴力
予想外の呆気ない入室。それを訝しむ間も無く、日没後の空を禍々しく斬り裂いてオレンジ色の曳光弾が殺到する。
「《相棒》! 何処にいる?!」
そう叫んだ途端、インカムを無数の轟音が埋め尽くした。
――次々と起こる小爆発。
――飛散する大小のコンクリート片。
――剥き出しになった鉄骨から散る火花。
直撃弾が床や壁を抉り取るだけでなく、跳弾が更なる二次被害を撒き散らす。
――瞬きの前後で、魔法のように消失した衛星通信ユニット。
――宙を舞う予備機材で満載のダッフルバッグ。
――ブチ撒けられる、飲料水や携行食料や地図といった中身。
ボロ布と化した軍用毛布が舞い、濛々たる塵埃を上げて天井の一部までもが剥がれ落ちる。前世紀はホテルの客室だった空間が、原型を留めないまでの変貌を遂げるのに僅か数秒。それはまるで破壊の連鎖反応。
.50口径弾が持つ物理エネルギーが純粋な暴力へと転換される光景は、俺の覚悟を遥かに超えた代物だった。
“重機関銃が200発ベルトを撃ち切るのに、ざっと20秒……”
低い姿勢でいれば被弾確率が下がるという大原則に従い、ヘルメットを抱えて伏せるのが精一杯の背中に瓦礫が降り積もっていく。
霞がかった視界を睨みつければ、轟音と共に消滅するオレンジの光。
一発でも食らえば致命傷なのは、弾底に発光体を仕込んだ曳航弾でも同じ。
しかも通常4発に1発程度の割合で曳航弾を混在させるため、着弾音は光の数よりも遥かに多いときている。
“機銃掃射が止むのを待つしかないのか!”
相棒の居場所は依然不明のまま、散弾じみたコンクリートの飛礫が動甲冑を傷つけていく。居ても立ってもいられない焦燥だけが募る中、俺は《AGSDs》が未だ待機状態である事に気づいた。
“コイツを上手く使えば! 急げ! 急げ! 急げ!”
祈るような気持ちで、音声コマンドではなく視線制御を用いて音響解析を開始。
真っ先に行ったのは外部音の遮断。
インカムから一切の騒音が止み、大気中を振動として伝わるくぐもった音以外は聴こえなくなった。
お次は、機械音声のみを抽出強調……
“うぉっ!” 至近弾が動甲冑を大きく揺さぶる。
揺れるモニターに解析作業が中断されるが、ここで諦めるワケにはいかない。
「(…Here!)」
“あの一瞬遅れる声は?”
眼球を上下左右に忙しなく動かし、捕捉した音声を解析対象として固定。
ガイドアローに従い目を凝らせば、悪視界にチラリと天地逆さの三脚が映る。
「ソコか!!」
瓦礫に埋もれた相棒を回収すべく、立ち上がった瞬間――Bump!
予告もなしに強烈な衝撃。動甲冑を纏った身体が投げ出されたのを自覚する。
“何が……起きた?” 二重三重にモノが霞んで見える。
“情報端末の故障? 頸が痛ェ”
“それよりも……相棒は何処だ?”
震える手を三脚に伸ばし、どうにか一度で掴むことに成功。
投げ出された姿勢から中腰になるが、膝がガクガク笑うのを止められない。
“脳震盪?”
端末機が接続された三脚を腹に抱え、這って辿り着いた壁に寄りかかる。
“……急げ……走れよ……俺の脚……”
身体を低くする事さえ出来ず、何度も至近弾に煽られながら、俺は覚束ない両足を引き摺り続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
轟音が止んでいる。
おそらく弾切れ……つまりは凌ぐべき20秒が経過したのだろう。
回廊に倒れ込んだ身体をパワーアシストが引き剥がす。
“あの機銃掃射から……よく”
自身の悪運の強さをボンヤリ思い浮かべていた俺は慌てふためき、傷だらけの動甲冑を立ち上がらせた。
セットしたカウントダウン ―― 霞む数字が刻々と0に近づいている。
《爆弾》の起爆まで残り8秒、いや6秒?!




