[19話] 死圏
大口径ライフルを抱える異形の輪郭が、薄暗い回廊に浮かび上がる。
回廊の先端に位置する非常階段に向かうが、未だ妨害は無し――
俺達が監視に気づいたかどうかを見極めたいのか?
それ以前の問題として、監視自体が妄想に過ぎないのか?
何れにせよ、衛星通信を傍受されていた可能性は否定できない。
“かくべきは裏の裏?”
……だとするなら、今の俺に必要なのは、かつてのオスカー助演賞モノの演技力ということだ。
モニターに意識を戻せば、回廊を塞ぐように1m近いコンクリート塊。
その際スレスレを駆け抜ける最中、俺は故意に足先を引っ掛けて派手に転倒。
上手い具合に愛銃を手放し……1回転……2回転……と転がり続け、漫画のような醜態をしっかりと見せつける。
動甲冑の衝撃吸収性能は……見た目ほどは高くない。
うつ伏せの身体が訴える痛みにジッと耐え、身動ぎ一つせず、たっぷり10秒。
痛む左手を極々小さく動かし、腹の下へ。
そしてまた10秒を数え、《爆弾》をグレネードポーチから取り出す。
“コイツが現状を打破しうる奥の手”
通常の手榴弾よりもズシリと重い《爆弾》を手探りのみで操作し、起爆モードをハッキング出来ない遠隔操作無効・遅延60秒 に調整し終える。
続けて起爆ボタンに触れた途端――ドクンと鼓動が高鳴った。
一度ボタンを押してしまえば起爆を中止させる手段は無く、制限時間内で相棒を《爆弾》の効果範囲外に連れ出さなくてはならない。
様々な感情が沸き上がり、心臓が早鐘を打ち鳴らす。
「覚悟は決めただろう」
そう自問すると同時に、左手の親指が起爆ボタンを確実に押し込んだ。
ヒリつく様な焦燥感を抑えて、《爆弾》を瓦礫の下に捻じ込む。
そのまま身体のアチコチ擦る芝居を演じて愛銃を回収し終わった瞬間、俺は演技の全てを捨てて脱兎のごとく走り出した。
――だが突如として、進路を塞ぐ形で回廊の壁が轟音と共に爆ぜる。
“機銃掃射! やはり見られている!”
顔面が盛大に引き攣るのを感じながら、動甲冑を足先から床に滑らせる。
装甲部より摩擦の火花が散るが構う余裕などある筈もない。
頭上からの轟音とコンクリ片をモロに浴びつつ再び走り出せば、轟音が追いかけて来る気配。
“非常階段は、すぐソコだ!”
走る勢いを殺さず180°の方向転換に成功。
愛銃を頭上に掲げて動甲冑を階段へ飛び込ませる。
鋼板で補強された戦闘靴が盛大な埃を立ててステップに食い込んだ。
直後、着地荷重に耐えかね連鎖的に崩れ落ちる非常階段。
足場が消えた事に狼狽しつつも、俺は崩壊の真っ只中を強引に駆け下りてゆく。
狭く閉塞感の強い非常階段から16階の回廊に転がり出た。
目の前にあるのは、怪物駆除のために構築した監視拠点であり、被弾した相棒が待つ部屋。
それでいて、脚は一旦止まってしまう。
無理もない……間違いなく、狙撃手からの歓迎が待ち構えている。
銃弾の擦過音や発砲音を聞いただけで身が竦んで動けなくなるのは、ヒトとして正常な反応。ロクすっぽ照準を合わせていない射撃であっても、確実に危機感を煽り行動を阻害させる。それほどの恐怖心を喚び起こすのが銃であり弾なのだ。
俺は愛銃をゴトリと床に降ろして、突入すべき死圏を睨みつける。
強烈な使命感を燃料に、アドレナリンが沸騰する感覚。
たちまち曖昧になる不安や葛藤といった感情。
無意識の咆哮とパワーアシストに後押しされた身体が、廃墟を見下ろす室内へと猛然と飛び込んだ――。




