[18話] 滅多にない冗談
航空写真の一角 ―― 拡大された駅ビル屋上に、太く2本の線と淡く6本の線が不自然に写り込んでいる。
「 《相棒》、コイツの分析を」
〈……ローターらしき形状を確認……ヘキサコプター型UAV……〉
〈サイズは3m級……戦術級UAVに分類されるべきでしょう……恐らく機体上面の《CCS》で屋上階に光学偽装中。《KH8》の赤外線探知を欺瞞している事から《サーマルステルス》が導入されている模様……〉
〈遠隔操縦機か自律機かは不明。なお、2本の突起は本体内に収納しきれないサイズのブレードアンテナ。この機体を電子戦機と推定します〉
「遺棄された残骸の可能性は?」
〈有り得ません。《CCS》を展開している以上、生きた機体と断言できます〉
電子戦UAV? おまけに《光学迷彩》に《熱赤外線欺瞞》?
《サーマルステルス》はともかく、《CCS》は酸性雨に降られただけで再コーティングが必要な金食い虫だぞ。――いったい狙撃手は何処のお大尽だ?
暫し、息を呑んだままの時間が流れる。
やっとの思いで口から出たのは、間の抜けた内容の掠れ声。
「なんで……屋上階までキチンと捜索してなかったんだ……俺達……」
〈各フロアの損傷が予想以上に激しく、怪物との会敵予想時間が近づいたため、17階より上階のチェックを断念したためです〉
改めて解説されるとその通りなのだが、流石に眉を顰めずにはいられない。
〈マスターの「俺達は何らかの方法で監視されている……監視の目を潰さないと」との発言が信憑性を帯びて来ました〉
“なんだよ、聞いてたのか?”
一字一句違えず映し出された台詞に正体不明の羞しさを感じた俺は、喉頭マイクに向かって早口で訊ねる。
「お前は監視されていると思うか?」
〈確かに、屋上のUAVが《中継機》の役割を担っているのであるなら、ビル中に仕掛けられた子機が知り得た情報をリアルタイム送信する事も可能でしょう……しかし、カメラ類を確認できていない現状で断言は尚早かと……〉
「で、お前オススメのUAVへの対処法は?」
〈一刻も早い完全破壊が現状で採るべき唯一の選択肢です。成功すれば、監視云々が事実かどうかも自ずと判明するハズです。……しかしながら、実行には様々な障害が予測されます〉
〈先ず考えられるのは、狙撃手からの介入。屋上とはいえ、射線が通れば精密射撃か機銃掃射が待ち構えているでしょう〉
〈次にUAV自体の挙動です。我々への監視が事実であるならば、屋上階への動きを見せた時点で何らかの対処……UAVが偽装を解き飛行状態に移行することや、さらにはローター6基のペイロードを考えれば、機体下面に汎用機関銃が数丁装備されていても不思議ではありません〉
〈その場合はマスターが蜂の巣に……〉
「ヤメロヤメロ……ったく縁起でも無い」
幾分拗ねたような口調で、俺は相棒を遮る。
動甲冑の装甲部が汎用機関銃で使用される小~中口径弾を阻止できるとは言え、着弾衝撃は装着者に打撲や骨折といった負傷をもたらす。
ましてや、連射による集弾効果で装甲が破壊される可能性や、俺の動甲冑が装甲率50%未満の比較的機動力を重視したモデルであることを考えれば、とても銃弾の雨に身を曝す気になどなれない。
「だとしても、ソレらを掻い潜る奇策はあるんだろ?」
〈ありません。ご参考までに申し上げると、マスター御自慢の愛銃を以て行う正攻法の一切を推奨しません〉
「ご忠告どうも……」
間髪入れず示された正論に辟易しながら、ゆっくりと目を瞑る。
“にしても《UAV》の位置が悪い……16階の監視拠点のほぼ真上とは……”
偶然にも俺は、奥の手と呼ぶべき装備を10階の第二拠点で入手していた。
ソイツは現状をひっくり返せる可能性を秘めてはいるが、相棒までも巻き添えにしかねない危険な代物――
瞑っていた目を開くと、新たなメッセージは何も浮かんでいなかった。
意を決し、俺は問いかける。
「クラリッサ 俺を信頼しているか?」
〈もちろんです! 私のご主人様!〉
“即答?!”
過去一度も口にした事のない質問に対する、《相棒》からの鮮やかな回答。
それは、俺の腹を括らせるには充分過ぎた。
ポーチの感触を確かめた俺は、大事な秘密を打ち明けるように相棒へと囁く。
「屋上の機体が電子戦機なら、この衛星通信すら傍受されているかも知れん。特にお前と衛星通信ユニット間は暗号化されているが無線接続……対傍受性が脆弱なのは間違いない」
「よって、今後の行動内容についての説明はナシ。以後、許可するまで一切の通信を封止。俺の衛星通信機器もこの場に投棄だ」
「何が起きても、お前を見捨てるつもりは無い」
〈勿論信じていますわ……勇敢な戦士様〉
「ったく、期待して待ってろ! 通信終わり」
断線する事なく耐えていたリールケーブルを力任せに引き千切ると、表示されていたメッセージ ――巷で《請負人》が戦士と呼ばれている事実を踏まえた冗談―― が消え去った。
顔に浮かぶニヤニヤ笑いは、滅多にない相棒からの冗談のせいだろう。
背中を預けた床から跳ね起きた俺は回廊へ駆け出し、パワーアシストを受けた身体を更に加速させる。
勇敢な戦士様が、やってやろうじゃないの!
――《相棒》が待つ16階へ!!
光学迷彩(Chameleon-Camouflage-Screen) 略称《CCS》




