[17話] 特等席
〈次は良い報告になります〉
〈150秒前に ブローニングM2 の駆動音を聴音、発砲位置を特定できました。指示通り、戦況図にマーキング済みです〉
“やっぱ.50口径かよ……”
最早、口にするのも億劫だった俺は心中でそう呟き、立ち込める粉塵が落ち着いたタイミングで匍匐前進を再開。
周囲を見渡せるまでに精神が回復したことに感謝しながら、愛銃を抱えた腕以外の手足を何度も前後に繰り出す。
安全地帯に定めたのは、回廊を挟んだ北側の一室。
いくら.50口径弾と言えども、鉄筋コンクリートの内壁2枚は容易に抜けないとの判断からだ。
ほどなく荒れた室内に身体をねじ込ませると、大の字でグッタリと寝そべったまま1フロア下の相棒へと話しかける。
「あぁ……何とか無事だが、そのM2の連射で散々な目に遭わされたよ」
――Browning M2 Heavy Machine Gun――
合衆国に現存する全ての州軍が制式採用する万能重機関銃。
使用弾薬は旧西側規格の12.7x99mm弾、別名 .50BMG。俺の愛銃で使用する旧東側規格の.50口径ライフル弾よりも炸薬量は10%程少ないが、有効射程は人サイズの点標的で1500m、車両等の大標的では2000m以上とされ、その威力は長距離狙撃弾.338ラプアの2.8倍もの初活力を誇る。
重量は銃本体が38kg、射撃時の大反動を吸収し精密射撃を可能とする三脚が15kg、12.7mm弾の200連ベルトリンクを合わせると80kg超。発射速度は概ね500-600発/分 、連射では弾薬ベルトを20秒程度で撃ち尽くす計算となり予備弾薬も必須。とても携行して扱える様な代物ではなく、陣地や車両、航空機に設置してこそ恐るべき真価を発揮する。
軍への採用は、なんと二世紀前の1930年代。
現在に至るまでに幾度となく、より軽量で低反動な後継銃が試作されたが、何れも開発中止の憂き目に遭っている。
《軍》という組織自体が極めて保守的で倹約志向が強く、特に銃器・弾薬においては、革新技術が導入された高価な最新兵器よりも長年信頼性が培われてきた兵器を好む傾向にあることから、抜群の実績を誇るブローニングM2は異例の長期間にわたり改良が重ねられ、未だ製造が続けられているのだ。
余談となるが、この2130年代の銃器事情は前世紀と大きく変わっていない(らしい)。その大きな理由として、戦災による生産拠点の喪失が挙げられる。
大戦での被害らしい被害を免れ、今や世界一の武器輸出国に躍り出たロシアを除き、この数十年間、世界は兵器の再生産に努めてきた。特にヨーロッパが核テロと食糧危機によって文字通り壊滅したことから、軍需産業はパテントが有耶無耶になった欧州産の優秀な兵器群を復元するだけで手一杯。
必然的に、携行サイズのレールガンや大出力レーザーライフルといった先進火器は極少数しか生産されず非常に高価な代物となり、悲しいかな俺程度の《請負人》が購入できる銃器の選択肢になり得ないのが実情だった。
――――話を戻そう。
「なぁ、重機関銃と狙撃に使用された銃器は別物で間違いないか?」
〈はい。マスターと私への損害評価、《SVR》の発砲音。それらが別の銃器であることを明確に示しています〉
〈狙撃銃と重機関銃。……狙撃手が複数という可能性を考えるべき……〉
「いや……それは無い。無いんだ、クラリッサ」
〈??? マスターに説明を求めます〉
知識を貪欲に求め学習しようとするのは、AIにとって原初的な性なのだろう――俺は相棒相手に慣れない講釈を垂れ始める。
「方位180°から210°……つまり駅ビルの南側正面に位置し……南向きの窓から階層に関係なく狙撃可能な……中層の建築物。そこが特定された狙撃手の潜伏先」
「コイツは待ち伏せのために、狙撃手がワザワザ予約しておいた特等席」
「ヒトの生存すら拒む劣悪な環境……この廃墟の街に潜んでまで、誰かを狙撃したいキ◯ガイが複数人。特等席を仲良くシェアすると思うか? 俺には思えない」
「ノコノコと現れ、まんまと罠が仕掛けられたビルに陣取り、マヌケ面で監視を開始する請負人とA.I……重機関銃担当の狙撃手が実在したとして発砲を我慢できるか? 次いつ巡って来るか分からん機会を譲り合う事が出来るか?」
「独占欲だよ……人が持つ欲望のひとつだ」
〈独占欲?〉
「訪れる者がいない筈の廃墟にようやく現れた獲物……最初から重機関銃を使用しなかったのは……狩りを楽しむため」
「使用火器を重機関銃に交換した理由は……隠れた獲物を追い立てるため……」
「そんなトコだろう。当たらすとも遠からずだ。きっとな」
〈やはり、ヒトの心境や心情は……私には理解困難です……〉
〈私が感情を理解可能な上位のA.Iであれば、行動科学等を駆使でき、もっとマスターのお役に立て……〉
「ソレは言いっこなしだ」 と、俺は窘めるようにメッセージを遮る。
“どうしてこうも健気かね。 うちのCクラスA.Iは”
秘かに苦笑を漏らしたタイミングで、ヒビ割れた天井を映していた情報端末がサブウィンドウを大開きにする。
〈マスター!《KH8》から画像データ来ました〉
徐々に全貌が明らかになっていく精密航空写真。
――そこには予測していたモノが写り込んでいた。
「当たりだ!」