[16話] It's not over…
粉塵が舞う中を匍匐前進する俺だが、転がり込むべき安全地帯も定かでないまま、ただ夢中で手足を動かし続けている。
恐らく合理的な行動でない事は自覚していたが、機銃掃射による精神への衝撃と耳鳴り、それらに加えて鎮痛剤の副作用が正常な判断力を奪いつつあった。
重機関銃の攻撃は何時止んだ?
随分前な気もするし、数秒前の出来事だった気もする……。
いや……アレは機関砲を装備したヘリからの攻撃じゃなかったのか?
脳幹が痺れ記憶すら曖昧な中、愛銃の感触だけが現実だと主張し続けている。
“誰か! この鬱陶しい耳鳴りを止めてくれ! 誰か助けてくれ!”
心の中で絶叫を上げるが、次第に眼の焦点までが合わなくなり、漠然とした恐怖が意識を埋め尽くそうとする。
“誰か!? そうだ俺には!”
「《相棒》聞こえているか? 返事をしてくれ!」
耳が馬鹿になっているので自分が叫んでいるのか? 囁いているのか? 声量が全く把握出来ない。何度も呼びかけを繰り返した後に、通信手段を文章に変更させたのが自分だと何とか思い出す。
縋るようにして焦点を合わせた情報端末――そこには確かに、相棒からの応答が表示されてはいたが、概ね以下のモノが繰り返されているだけだった。
〈マスター!! マスター!! マスター!!〉
〈ahdfljhadsjdlashADELE?!?! Is my master safe?〉
〈マスター??〉
その何の役にも立たない内容に愕然とした俺は、懇願するような口調で喚く。
「落ち着け! 俺は無事だ!」
相棒の狼狽ぶりに自身を重ね合わせた途端、精神は恐慌状態から脱し始めた。
まるで夢から醒めた心持ちで、文字列を注視する。
〈マスター! 無事なのですね?〉
「《相棒》……ソッチで把握できている報告を頼む」
〈悪い報告と、凄く悪い報告とが〉
「いいから! クラリッサ! 頼むから手短に!!」
匍匐前進を中断した俺は、キレ気味の唸り声で応える。
〈《KH8》のカメラ画像を御覧下さい〉
モニターに拡大される、駅ビル周辺のリアルタイム映像。
「こりゃあ……一体?」
〈《敵性勢力A》は徘徊路である75号線を逸脱、市街地に侵入を開始しました。原因は不明。目的地又は経由地がこのビルである可能性が経時的に上昇中です〉
〈最悪、《敵性勢力A》の強襲を想定すべきかと〉
キャリア輸送中だからこそ俺一人でも駆除可能な案件であって、《X-DH02-A》本来の戦闘力の凄まじさたるや――特にそれが室内戦であった場合、完全装備の州軍一個分隊に数名の死傷者が出るほど。
その《X-DH02-A》が、逃げ場の無いビルに雪崩込んで来るゾッとしない未来。
「カウントダウンを中断。《怪物》が向こうから近づいて来るなら願ったり叶ったりさ。そうだろう?」
内心を悟られぬ様うそぶく……気持ち早口の指示は精一杯の虚勢。
それでいて目尻は、耐えかねた様に痙攣する。
「俺達は何らかの方法で監視されている……監視の目を潰さないと」
「恐らく何処かで、監視情報の集約が行われている筈なんだ」
俺の独白めいた呟きは相棒には聞こえなかったらしく、今度は悪い報告とやらがモニター下部に映る。
〈マスター、《KH8》が巡回航路に帰投するまで残り8秒です〉
――そうだ! 《KH8》だ!
「《KH8》の精密空撮時の分解能は?」
〈?? 最小5cmの物体形状を認識可能なハズですが〉
「大至急、空撮を依頼してくれ! 対象はこのビル限定で構わない!」
〈《KH8》より回答 『了解。帰投タイミングに合わせて高度33000フィートまで降下し、ピンポイント空撮を実施予定』〉
俺は高高度UAVの存在が突破口になるのを祈りながら、ゆっくりと口を開く。
「まだ終わっちゃいない……」