[15話] 対物ライフルの始祖
〈12階ダミーバルーン内部圧力正常です〉
相棒からの報告によれば、40℃の高圧ガスで瞬時に膨張し終えた風船の人形は、窓辺から俺ソックリの姿を無防備に曝している筈だ。
《正体不明の狙撃手》が持つ抜群の精密射撃技術も脅威だが、それ以上に警戒すべきは、直径10cmに満たない《魔女の眼》を発見する監視能力だろう。
“今回ばかりは、その眼の良さが命取りになる……”
左眼だけで戦況図を睨みつつ、一方的に狙撃された醜態を思い起こす。
“悪いが俺も執念深くてな……次はコチラの手番だ”
動甲冑自身が《AGSDs》のソナー機器であるため、喋る事も身動きする事も出来ない上、狙撃に備えて極度の緊張も避けなくてはならない。
何とも身の置き所がない時間が1秒、また1秒と過ぎていく……。
〈10秒経過。発砲音、未だ有りません〉
想定外の報告。
だが気を緩めた途端に発砲があるかも知れない。
弛緩しかける精神を踏み止まらせる。
さらに数秒が経過。
こうなると作戦失敗を意識しないワケにはいかない。
発砲が無い理由をアレコレ思い浮かべるが、ただ時間だけが過ぎていく。
“何が悪かった? まさか偽者だと見破られている?”
思わず心の中で舌打ちした次の瞬間――
削岩機に似た轟音。コンクリート片が飛び散り、煙のような粉塵が舞う。
“畜生! 耳が!”
聴音モードのマイクがモロに轟音を拾ってしまった。
何が起きた?!
頭の中を疑問符で一杯にした俺の眼に飛び込んできたのは複数の穴 ―― 正確には身体から1mと離れていない回廊の壁が吹き飛んで出来た弾痕だった。
信じられない光景に呆然する俺は、ひとつの言葉を呟く。
「重機関銃での……狙撃?」
20世紀末のフォークランド紛争で当時の英軍兵士を一方的に殺戮した、重機関銃による着弾補正を行いながらの狙撃……対物ライフルの始祖。対象を無力化するという意味において、狙撃は一発必中である必要性など何処にもないのだ。
恥も外聞もなく愛銃を抱え込んで、その場に可能な限り低く伏せる。
痛めた鼓膜に追い打ちをかける、連続する着弾音。
回廊を構成する内壁が盛大に破片を撒き散らし、動甲冑の上に大小のコンクリ片が降り積もっていく。
たちまち周囲は、白っぽい粉塵で煙幕さながらの悪視界と化した。
「罠だ! クラリッサ!」
喉から漏れるのは、悲鳴じみた声。
応答がある筈のモニターを注視している余裕などあるワケが無く、恐怖心を紛らわすためだけに大声で喚き続ける。
「畜生! 重機関銃を持ち歩く馬鹿はいない! お前の仮説が大当たりだ!」
相棒が待ち伏せに言及した時、俺は何かに気づきかけた……いや気づかないフリをした。その無意識に考えまいとした最悪の可能性を俺は絶叫する。
「《正体不明の狙撃手》の目が良いんじゃない!」
「俺達は監視されている! 俺達は罠にかかった獲物だ!!」
いつの間にか、永遠とも思える嵐のような連射 ―― 機銃掃射は終了していた。
“一発でも直撃していれば……今頃俺は死んでいた”
見上げた壁には無数の弾痕。追いかけてきた恐怖による嘔吐感に堪えながら、震える手で降り注いだ瓦礫を押し退ける 。
機銃掃射に曝されて被弾せずに済む幸運が、何度も続くとは思えなかった。
きっと、このインターバルは弾薬の再装填に違いない。
グワングワンと酷い耳鳴りがする頭で、強張った身体を匍匐前進させる。
“敵に監視されているなら、逃げ場なんてあるのか?”
絶望に暮れる俺の視界には、遂に特定された狙撃手の潜伏先が強調表示された戦況図と、残り時間僅かとなったカウントダウンが映っていた。
――《敵性勢力A》最適射撃ポイント到達まで残り13秒