[14話] 愛銃
《怪物》駆除のための猶予は120秒を切った。
しかも、先んじて《正体不明の狙撃手》を無力化しなくてはならない状況。
恐るべきタイトスケジュールだが、黙って引き下がるようでは《請負人》稼業は到底務まらない。
止まらないカウントダウンを尻目に、俺は階段を一気に駆け降りる。
背負ったままだと良い標的になるため、通信アンテナは踊り場に移設済み。
アンテナ自体はリールケーブルで背部ユニットと繋がっており、ケーブル長50m範囲であれば衛星通信は維持される仕組みだ。
駆け下りた勢いを殺さず17階の回廊を疾走して、急制動。
ドアを失った開口部から室内を窺い、肩に担いだ大口径ライフルを抱え直す。
公社 シカゴ支部 装備部 開発課による試作兵器――
兵器区分 BR 名称 QBU10+1 略称 プラスワン。コイツが俺の愛銃。
原型は、中国で開発された旧式で安価な対物ライフル。
ソレを開発課の連中が徹底改修した代物。10挺が試作されたが、残念なことに(連中の日頃の行いを知る俺に言わせば案の定)不採用の憂き目に会い、廃棄を免れた一挺を譲り受けたという経緯を持つ。
パワーアシストの乗った両腕で愛銃を支えるが、装弾重量16kg超ともなれば、楽々取り回す感覚からは程遠い。
それでもピストル型グリップを握ったことで、巨大なスコープ状の《F.C.U》が通電。ヘルメット内に格納されている《R.P.D》が連動し、利き目である右眼窩を覆い隠した。
網膜投影された右眼には、光学照準器を覗き込んだ時と同じく円形視野が映る。
そこには 十字線に重なるように[ Still waiting for Calibration ] の文字が浮かび、転倒や衝撃で銃身に微細な歪みが生じていないかの自己診断・補正プログラムが実行中。
普段なら数秒程度の待ち時間――
ソレすら長く感じる中、 遂に「 All ready FCU Start 」とのメッセージが聞こえ、愛銃の心臓部とも言える《F.C.U》の起動シーケンスが完了する。
〈残り10秒です〉
“おっと、相棒からの通信”
《R.P.D》使用時には、左眼のみで情報端末に対応する必要がある。
〈全ソナーで微小雑音を聴音。解析精度低下が予測されますが、カウントダウンを中断されますか?〉
「精度低下率は?」
〈 8.6% 〉
「そのまま続行」 と返す間も、作業の手は止まらない。
愛銃から10連箱型弾倉 ――掌よりも一回り以上大きく、重機関銃弾として開発された旧東側規格の.50口径(12.7mm)ライフル弾が装填済―― を取り外し、新たにワックスペーパーで包まれた5連弾倉を取り出す。
弾倉 に巻かれたビニールテープには「Trial」と下手クソな手書き文字。
嫌でも思い起こすのは、開発課の顔ぶれと「今度奢るから使用レポートよろしく」という面倒な約束事。
「じゃあ、盛大に奢ってもらわないと」
そう短く呟いて弾倉交換を済ますが、取扱指示に従い初弾装填は行わない。
続く動作で折り畳まれた二脚を展開させ、モニター上の情報を左眼でなぞる。
――ダミーバルーン展開まで残り4秒。
回廊の壁に背中を預けて、大きく深呼吸。
進行するカウントダウンと共に増すのは、気持ちの昂ぶりと漠然とした不安。
いつも通りの、いつまで経っても慣れない感情と折り合いをつけながら装備の最終確認を実施する。
副武装として、右腿部ホルスターに旧式の自動拳銃が一丁。
動甲冑の上から着込んだタクティカルベストを賑わすポーチ類が10ヶ所。
ライフルマガジンポーチ x3(12.7mmライフル弾)
ピストルマガジンポーチ x1(9mm拳銃弾)
グレネードポーチ x4(内1つ使用済み)
メディカルポーチ x1(ファーストエイドキット、傷病薬剤 etc)
ユーティリティポーチ x1(携行糧食2食分、マルチツール etc)
そして、ハイドレーションに残量1クォート足らずの飲料水。
予備機材が手元に無い以上、コレらが装備品の全て。
贅沢を言えばキリがないのは分かっている。
何にせよ、今の俺が為すべきは《正体不明の狙撃手》の発砲があり次第、カウンタースナイプを行うことだけ。
“単純明快だろ?”
そう自身に言い聞かせた直後に――秒読み 0。
「極度の緊張は射撃の最大の敵である」とは、誰の言葉だったか?
ソナーの邪魔にならぬよう息を潜めた動甲冑の中で、俺の鼓動だけが鳴り響いていた。
火器管制ユニット(Fire Control-Unit) 略称《F.C.U》
網膜投影器(Retinal Projection-Device) 略称《R.P.D》