[13話] It's our turn!
〈狙撃手が単独という前提条件で、シミュレートが完了しました〉
「嫌なこと言うねぇ……」
狙撃手達に包囲されている――そんな最悪のケースを思い浮かべた俺は、身も蓋もない愚痴を返す。
〈動甲冑の背部装甲を貫通し、装着者の完全破壊に至らなかった事から……〉
〈使用された銃弾を.300ウィンチェスター または .338ラプアと推定〉
確かにNIJ評価 Level-Ⅳの装甲を抜く弾種となれば、その辺りになるだろう。
.50口径弾は威力が高すぎて論外。実際に使用されていたなら、動甲冑に大穴が開いて俺は即死。それどころか胴部切断といった有様だったはず。
〈使用銃弾から射程を1600m以内と設定〉
「理由は?」
.338ラプア弾での公認狙撃記録2475mでシミュレートしたと思い込んでいた俺は、質問の形で口を挟む。
〈ここはセントクレア湖の近傍、標高180mの座標であり、どのような手段を用いても2500m級の狙撃を成功させることは不可能です〉
戦場における最長狙撃記録は概ね2.5km前後 ―― 既に一世紀近く記録は更新されず、これがヒトが為し得る極大射程と考えられている。
そして、その何れもが中東地域の高地=高温かつ大気密度が低い地形での記録。
相棒が言うように、この北米の地で再現できる御業ではない。
〈命中後も充分な運動エネルギーを保持していた事から、最大射程ではなく有効射程でシミュレートすべきと判断しました〉
まさに正論と納得しかけた途端、今度は別の疑問が頭をもたげる。
「いや、ちょっと待て! 1600m? 半径2km圏は監視下にあった筈だろ」
「どうして、狙撃手の侵入を感知できなかった?」
〈考えられる仮説は二つ〉
〈先ず一つ目、私と交代する以前に監視に就いていたマスターによる見落とし。人的ミスですね〉
“人的ミス……?”
予想外の指摘に俺は困惑するが、視線はモニターに留めたままだ。相棒の仮説は未だ終わっていない。
〈次に二つ目ですが……狙撃手による待ち伏せの可能性〉
「待ち伏せ?!」
動甲冑のような防護服を脱ぐことすらままならない極地だぞ……此処は?
北米に遺された多くの廃墟群は、NBC兵器の残渣に加えて殺人級の異常気象が襲う苛酷さから極地とも呼ばれている。
四ツ足どころか鳥類さえ生息できず、異常環境に適応した《蟲》の楽園と化した地獄で、何時から誰を待ち伏せしてんだ? 一体目的は何だ?
無差別テロだとしても到底納得できない。
「頭のイカれた狙撃手が連日に渡って張り続けた網に、俺達がたまたま飛び込んだとでも?」
〈あくまでも仮説です〉
状況証拠は無し……やはり俺がミスをやらかし侵入を許したのだろうか?
しかし、待ち伏せという単語を目にしてから、何かが引っかかっていた。
〈シミュレートにより、潜伏先候補を11カ所まで絞り込めました〉
〈後二、三発狙撃を受けていれば、数カ所程度までに絞り込めたのですが……〉
“アホか。あの射撃精度だぞ! 今度こそ死ぬつーの!”
タイミングよく繰り出される相棒の台詞には助けられる事も多いが、時折不穏なことまで呟くのは正直困る。
ゲンナリしつつ《敵性勢力A》の現在位置を目で追うと、最適射撃ポイント到達まで残り70秒。
流石に時間切れだ。
溜め息に続けて深呼吸をひとつ。人工筋肉が膨れ上がる感覚と共に口を開く。
「少々手荒いが疑似餌で、狙撃手を炙り出す!」
「クラリッサに新たな命令」
「戦況図を俯瞰にて参照表示、潜伏先の全候補にラベリングを」
俺の言葉が終わると同時に、駅ビルより南西方向の廃墟を見下ろす視点での戦況図が構築される。
潜伏先候補には、確度に則した色分けとアルファベットが追加済み。
「10・14・16階《多機能欺瞞体》ソナーモード使用準備」
〈READY! 《多機能欺瞞体》聴音開始〉
「動甲冑の外部マイクを高精度モードに切り替え、ソナー使用準備」
〈READY! 聴音開始〉
「12階《多機能欺瞞体》のダミーバルーンを30秒後に展開」
〈カウントダウン開始〉
モニターでは、カウントダウンが複数同時進行中。
“時間に追われる州軍が嫌で、《請負人》に転職した筈なんだが……”
ボヤキじみた雑念に一瞬口元が歪む。
「狙撃手からの発砲を相棒を含めた5つのデバイスで聴音、それらのデータを《AGSDs》で解析。位置特定が出来次第、戦況図に追加してくれ」
そこまで一気に喋って、声のトーンを僅かに落とす。
「カウンタースナイプで《正体不明の狙撃手》を無力化する。反撃開始だ!」
音響探知システム(Acoustic GunShot Detection system) 略称《AGSDs》