[12話] SVR
狙撃手は戦場において厄災と同義に扱われる。
巧みに偽装技能を用いて、予想もしない場所へと潜伏。遠距離から銃弾を撃ち込んだ後は新たな狙撃拠点に移り、執念深く攻撃を続行する厄介な存在。
その潜伏先を特定できた場合、犠牲を承知で突入部隊を送り込むか、味方の狙撃手によって無力化を試みるのが定石。
内戦真っ盛りの頃は、砲兵や戦闘ヘリで区画ごと吹き飛ばすといった対抗手段が採られたらしいが、分隊規模ですらないワンマンアーミー状態の俺達には元より無縁の話……さて、下方監視型赤外線装置による索敵の首尾はどうだ?
モニターには、高高度UAVから届いた《白黒の静止画》。
構造物の外観は充分判別可能。放出する熱量が多いモノほど白く、絶対零度に近いほど黒く表示されている。
これは狙撃手が37℃近い体温を持つ以上、偽装迷彩服を着ていようが塹壕を掘って身を隠していようが、逃れられない事を意味していた。
“身体中に泥を塗って何とかなるのは、クラシック映画の中だけ……”
とは言っても、《熱赤外線画像》による対人探知も決して万能ではない。
屋内に引き篭もられてしまえば探知率は大幅に下がってしまうし、《サーマルステルス》と呼ばれる装備体系も高額ながら流通し始めている。
〈《狙撃手》らしき熱源 及び 極端な温度差を示す建築物を確認できません〉
〈走査範囲5km四方における明確な熱源は《敵性勢力A》のみです〉
どうやら世の中、そう上手くは行かないらしい。
だが焦りに表情を強張らせても、事態が好転しないのだけは碓かだ。
早急に次の手を打たないと――
〈申し訳ありません、マスター〉
「お前が謝ることじゃないさ」
なるべく柔らかい口調で相棒を遮り、俺は新たな指示を出す。
「それよりも、16階と10階、二つの狙撃状況をシミュレーターで走らせろ」
「《SVR》該当部の読み取りも許可する」
《SVR》を説明するなら……墜落した飛行機から回収されるボイス・フライトレコーダーの動甲冑版と言えば、伝わり易いだろうか?
俺が見聞きした出来事を位置情報と共に絶えず記録し続け、怪物の駆除証明や違法行為の監査等に用いられる。そうした性質上、厳重な改竄防止措置が取られ、相棒といえども無断アクセスは出来ない。
〈ミシガン州臨時議会から供出された市街図は数年前のモノで、精度に欠けます〉
「《KH8》からの最新情報を市街図に反映させろ。出来るか?」
〈10秒下さい〉
相棒が弾道や弾種といった解析から発射点(≒潜伏先)を絞り込んでいる間に、俺は鎮痛剤の影響が皆無とは言えない頭をフル回転させて、現時点における疑問を整理していく。
――狙撃手は何者なんだ?
銃器で武装する怪物は存在するが、狙撃を好む怪物など定例報告書でも目にしたことが無い。
――何故、俺達を狙う?
《請負人》を快く思っていない連中? 怪物との共存を謳う一部の原理主義者や自然崇拝者。それらに加えて怪物共を崇める新興宗教……合衆国は昔から狂信的な教団や異常犯罪者に事欠かないんで、思い当たる節が多すぎるな。
しかし、あの射撃精度……反社会勢力に属するゴロツキの仕事だとも思えない。
――誤射?
州軍兵や同業者とたまたま鉢合わせてしまい、誤認によって戦闘が発生したという筋書きも考えてはみたが……攻撃方法が対象を直視して行う狙撃であることを勘案すれば、その可能性は限りなく低い。
何せ、俺の動甲冑にはデカデカと公社のエンブレムが塗装されているのだ。
――いっそ、狙撃手を無視しちまうか?
殺されかけた事はともかく、本来為すべきは怪物駆除。
ビル南側でなくビル北側から駆除を試みて、狙撃手をやり過ごせないかを考えてみたが二つの理由からNG。
一つ目は、駅ビル以北で怪物の徘徊パターンが特定されていない事。
最悪、州間高速75号線でなく96号線を進まれると、怪物に傷一つ与えず見送ることになる。
理由の二つ目は、回収座標が5km先に指定されている事。
相棒が指摘している通り、遮蔽物の少ない街中を狙撃されてしまえば手の打ちようが無く、回収車両まで辿り着けないのは目に見えていた。
“やはり、《正体不明の狙撃手》との対決は避けて通れない”
《敵性勢力A》最適射撃ポイント到達まで残り110秒――