[11話] 時間的制約
会敵予想時刻から実に5時間近くが経過。
ようやく、駆除対象の《怪物》が出現したらしい。
“時間にルーズなくせに律儀なヤツらだ!”
腹の底で毒づいた俺は、敵性勢力と記された付帯情報を凝視する。
[Enemy A]
X-DH02-A GOBLIN x4
州軍によって定められた識別番号で呼ばれるコイツらは、大戦からの復興途中にある全人類共通の敵であり、特に《X-DH02-A》は突出した遭遇率の高さから尖兵とも考えられている存在。
識別番号以外に《哥布林》の通称で呼ぶ者も多いが、一般的にゴブリンと聞いてイメージされる緑色で矮躯の怪物とは全くの別物だ。
爬虫類にも、両生類にも、哺乳類にも似つかぬ異質なフォルム。
サイズは四足歩行時で体高1m、二足歩行時でも1.5m程度。
小口径弾を弾き返す均質圧延装甲に護られた胴部。
腕部と脚部は強靭な人工筋肉の塊で、先端には特殊鋼の爪が装備されている。
センサー類はアイボール6基に加え、胴体上面にはターレット式の複合シーカ。視野は360°をカバーし、事実上死角は存在しない。
そして特筆すべきは、熱・電波・光学・臭気・音波といった既存の技術ベースでない対人センサーを内包しているらしく、どんな欺瞞行動を取ろうが半径100m以内のヒトを感知し、無差別に襲って来る習性だろう。
そう――奴らは人を喰う。
機械のくせに本当に意味もなく、まるで遊びのように人肉を貪るのだ。
当然ながら意思疎通は不可能。一旦捕捉されたが最後、戦闘は避けられない。
さらに付け加えるなら……
Honk Honk Honk ―― 何処からか間の抜けたBeep音。
モニターには相棒からのメッセージが点滅表示している。
〈先ほどから、私の報告に対して無反応のようですが……大丈夫ですか?〉
どれくらい息を詰めて、思考に沈んでいたのか?
俺は太い息を吐き、無理に呼吸を整えて口を開く。
「あぁ……問題なしだ」
「済まない、戦力推定以降をもう一度頼めるか?」
〈現在、《敵性勢力A》は州間高速道路75号線を45km/hで東進中〉
砂煙を上げて走る移動車両 ―― 追跡された《敵性勢力A》がズームされる。
〈徘徊路が75号線に一致する場合、射撃最適ポイント到達まで残り160秒〉
残り3分を切っている……こりゃ思った以上に時間的制約がキビシイ。
しかも、怪物への遠射を敢行すれば、狙撃手から狙われるのが必至の状況。
〈現状最も脅威度が高いのは、間違いなく《狙撃手》の存在です〉
〈《怪物》を見逃すのはともかく、回収車両との合流にまで介入されれば、無事に帰還できるかどうかも怪しくなります〉
〈早急な潜伏先の特定。ソレには偵察機の投入が最適と判断しました〉
〈現在、《KH8》の下方監視型赤外線装置による情報収集が進行中です〉
航空機の赤外線カメラを用いるという索敵手段は、この状況下において最良のモノだ。勿論、コストを無視できればだが……。
「了解した」
請求額は帰還してから考えればいい。
相棒が考え無しだったワケでなし、イザとなればどうにかするさ。
ネガティブな気持ちを強制的に切り替える。問題の先送りは俺の得意技だ。
〈 《KH8》より入電。『《DLIR》による5km四方の走査完了』〉