[10話] 敵性勢力A
俺を置き去りにして、着々と事態は進行していた。
〈貸与許諾でました。当該機の呼出符号は《KH8》〉
〈現在位置は旧オハイオ州トリード上空7万フィート。最大巡航速度での到着まで所要時間およそ120秒〉
“……思い出した”
呆然自失といった状態の脳が、断片的な記憶を繋ぎ合わせる。
内戦により形骸化した合衆国政府が北米を巡回飛行させている高高度UAVについて、公社は様々な理由から一時貸与を認められており、非正規職員である《請負人》であっても利用が可能。
もちろん利用料金は後でキッチリ請求される――そのサービス名が《锁孔》。
乗員10名程度の軍用ヘリでも1時間飛行させる費用は確か4~5千N$。
マッハ2近い速度で飛ぶ高高度UAVのチャーター料金って、一体いくらだ?
〈残り60秒〉
〈ん? マスター? 心拍数と呼吸速度が正常域を逸脱しかけています〉
〈大丈夫ですか?〉
「キャ、キャンセルだ!」と俺はどうにか台詞を絞り出すが、〈もう無理です〉と無慈悲な即答。
「一応聞いとくが、請求額が幾らか知ってるんだよな?」
〈…………〉
おい、黙んなよ!
嘘だろ? ただでさえ怪物駆除が空振りで終わりそうなのに!
「直ちに実施を」と言ったのは俺だが、少しは経済観念ってモノを!
口には出さず盛大にボヤくも、頭の別の部分はカネを貸してくれそうな人物を交友関係から絞り込んでいく。しかし同業者と言えば、皆俺と似たり寄ったりの懐具合……結局最後に浮かんだのは、いつも仏頂面をした公社職員の貌だった。
“そうだ! 担当官相手に精一杯ゴネて、半額だけでも公社負担に!”
思いついたのは、後々自己嫌悪に陥りそうな身も蓋もない要求。
さすがに我に返ると、謎のカウントダウンが進行している事実に気づく。
〈6、5、4、3〉
〈2、1……高高度UAV《KH8》直上! データ受領開始しました〉
モニターを占拠するサイズの航空写真 ……おそらく中央の建築物は、今俺達がいる駅ビルなのだろう。縮尺からいって10km四方が切り取られたリアルタイム映像…… が、ゆっくりと全容を現した。
〈《KH8》より入電〉
〈『現空域への滞在は、ただ今より300秒』〉
〈『雲量は少ないが、1751の日没直後につき画質はB+評価』〉
高度2万m超から見る、旧ミシガン州デトロイト市の現在の姿。
かつての区画や道路は土砂と灌木によって曖昧になり、州間高速道路ですら原型を保つのがやっとの有様。朽ちた構造物の群れを眺めるうちに、この光景が何かに似ている事に気づいた。
“埋葬地だ”
途端、この駅ビルが一際目立つ墓石にしか思えなくなる。
〈映像から車両を検出。これを《グループA》と仮称、解析を開始します〉
不謹慎な妄想を作業ウィンドウが覆い隠し、高高度から撮影された車両が次第に克明なモノへと変わる。
「あ?」 〈データベースと《グループA》の外観が一致〉
新たに提示されたのは、車両3Dモデルと過去に鹵獲された際の資料画像。
車種は6輪トランスポーター。
武装の類は一切無く、運転席のない真っ平な外観をしている。
この御時世ではレアなガソリン機関を搭載しており、派手な駆動音を撒き散らすことも特徴の一つ。そして注目すべきは、トランスポーターの荷台に角度をピッチリと揃えて積載されている4つの物体。
鈍い金属地肌を晒すソイツらとは、何度となく交戦経験があった。
〈先刻、音響感知した移動車両は、確度93%以上で《グループA》と同一車両〉
〈現時点より《グループA》を《敵性勢力A》に呼称変更〉
〈なお、推定戦力は哥布林4体。駆除対象である《怪物》の公算が大です!〉