[08話] 支援A.I
『 …My master!』
無線から聞こえた雑音の乗った機械音声。
その抑揚に乏しい声に喜色が含まれている様に感じるのは、俺自身が聴力にバイアスをかけた結果だろうか?
何れにせよ、相棒が無事だった事に心底安堵。
思わず口から出かけた「GM Sleeping Beauty(おはよう 眠り姫)」というスベり気味の台詞を呑み込んだ俺は、矢継ぎ早に指示を繰り出す。
「クラリッサに命令、衛星通信機器とペアリング」
相棒が狙撃された16階の監視拠点には、衛星通信ユニットが展開されたままであり相互認証が可能なはず。
「《公社》アカウントによる接続権 及び、《動甲冑》の全制御権 を一時委譲」
「《公社》通信衛星と安定接続を確立し、秘匿回線を構築」
「回線構築後は緊急時を除き隊内無線を封止、衛星通信のみでコンタクトを!」
公社が所有する通信衛星に対して使用認証を取得――毎秒5N$もの従量課金を要するが、強力な暗号化技術による双方向通信で不明勢力による通信傍受を完全に排除。もちろん《デコイ》4基による偽電も続行だ。
「手早く頼んだ!」
『…All Copy…I'm going in now…(了解しました。始めます)』
僅かな遅延を伴った応答に前後して、凄まじい数の作業ウィンドウが出現する。
恐らく、低高度衛星軌道上にある通信衛星との安定接続のために、踏み台となる《迂回衛星》の選定に入ったのだろう。
ヒトの手では衛星1基につき最低30分は掛かる作業 ……大戦以降、所有者が明確でないモノが多数を占める人工衛星の使用許諾を得るためには複雑怪奇な事務処理が必要とされる…… を相棒は驚異的な速度でこなしていく。
絶え間なく数字列が躍る光景に感じるのは――人工知能という存在への畏怖。
“おっと見蕩れている場合じゃ無かった! こちらはコチラでやるべき事が……”
相棒の狼藉により、外部視界0となった視野角200°の曲面モニター。そこを埋め尽くすウィンドウの透明度を引き上げ、俺は愛銃を片手に走り出す。
衛星からの信号強度を上げるため、なるべく高所へ。
パワーアシストを受けた両脚が、7階層分の階段を物ともせずに駆け上がった。
最上階18階と17階を繋ぐ階段の踊り場で片膝をつき、背部ユニットに収納されていたアレイ・アンテナを展開。衛星からのSHF波を受信開始。
『…Established a secure line. (秘匿回線を構築)』
――衛星通信がアクティブ化され、無線よりも明瞭な音声がインカムに響く。
これで、相棒との通話を覗かれる心配は無くなった。
「OK。以後の通信は、音声でなく文字で頼めるか?」
〈了解しました〉
モニター下部に表示される、旧世紀の映画字幕のような応答。
ソレが次々と書き換わっていくのだが……
〈……えっ? マスター! 撃たれてるじゃないですか?!〉
〈身体は大丈夫なんですか?!〉
〈だから……もう! いつも! %△#?%◎&@□!!〉
うわっ、これ絶対面倒くさいパターンだわ。