彼女の姿
あまりにも自然に、至って普通に見えるもんだから、
はじめは幽霊だなんて思わなかった。
幽霊を初めて見たのは、大学2年の丁度今くらいの暑い夏の日だ。
ふと目を向けると、そこにいたのは死んだはずの父親だった。
他の人と同じように会話もできるし、
生きている父親が、本当にそこにいるようだった。
しかしながら、自分以外の人には見えていなかったのである。
そして、それから2年後、今から2週間前のことだ。
水嶌瀬奈と名乗る、知らない女が現れたのは。
-2週間前-
お世話になっている神社に御参りに行った帰り、
行きつけのスーパーでばぁちゃんに頼まれた買い物を済ませて家に帰る途中だった。
日が沈み始め、影が伸びてきた頃、
帰り道の公園で、ひたすら通りかかる人に話しかけている少女を見つけた。
「あの、すみませんー」
「檜原村役場ってどっちに行けば…」
「聞こえてますかー?」
通りかかる人たちが聞こえていないフリをしているようには見えない。
いかにも、彼女の声が届いてないようだった。
「檜原村役場はこっちです」
そう言って道を教えたことが、厄介の始まりだった。
「あっ、あの。ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる彼女。続けて、
「やっと話を聞いてくれる人に出会えましたよ〜」
と安堵の表情で言う彼女に対し、
「それは、あなたの姿が他の人には見えていないからです」
俺は冷静に答えた。
彼女は一瞬ポカンとした顔をして、
状況を理解したのか、悟ったような顔をし俺に問うた。
「他の人には見えないのに、どうしてあなたには見えるの?」
「ちょっと特殊体質みたいでね…」
「私…どうなっちゃってるんだろう」
「憶測でしかないけど、キミは幽霊なんじゃ?」
「エェーーーー!?!?」
「わ、私ってば、死んじゃってるってこと?
いま、ここに、いるのに!?」
「そう。でも他の人には見えていない。
以前、同じように僕だけに見えている人がいたんだけど、亡くなっている人だったんだ。」
「そんな…」
「どういう理論なのかは俺にもわからないから説明できないけど」
…いきなり幽霊だなんだ言われたからなのか、
彼女は俯いていた。
「自分の家に行ってみたりすれば、何かわかるんじゃないか」
「さっき行ってみたんだけれど、インターホンを鳴らしても誰も出てこなくて。
お留守だったのかな。ねぇ、一緒に来てくれない?」
…なぜかほっとけなかった俺は、彼女の家まで行くことになった。
家に着き、インターホンを鳴らすと家の人はすぐに出てきた。
「お母さんっっ!!」
俺の横で、扉から出てきたその人に声をかけていたが、やはり聞こえている様子はない。
落ち込んだのか、彼女は俯いた。
「あ、あの……」
と彼女の母親らしき人が戸惑っている。
「お前、名前は?」
コソコソと彼女に話しかける。
他人から見れば明らかにおかしな光景だ。
「せな……」
「せなさんと知り合いでして…上水流と申します」
「あら、瀬奈の知り合い…?あの子に男の子の友達がいたのだなんて。どうぞ、上がって頂戴」
手ぶらで来てしまったのが失敗だった。
知らない男がのうのうと知らない家に知り合いだと嘘を付いて家に上がる。
…なかなかできない体験だ、というか何をしているんだろうか、俺は。と今更ながらに思う。
…なんとなく想像はついていたが、あいにくだった。
案内された部屋には仏壇があり、そこには若い女の子の写真があった。
その写真の女の子が一瞬、今ここにいる水嶌瀬奈には見えなかった。
そこにいたのは、今の彼女とは似ても似つかない、
病弱そうな少女だったからだ。