支えられて生きている
本編終了後に雅也に起こったとある事件。
シリアスめです。
俺は目を開けた。目の前には不安な表情浮かべているウィン先生。
「ウィン……せん、せ……」
声が出ない。って言うかとてもしんどい。あれ……?なんで……俺……また病院のベッドの上で寝てるんだろう。
「……マサヤ……、なんで抵抗しなかったんだよ……?」
「抵抗……?」
「覚えてないのか……?お前、また刺されたんだよ……」
「刺された……」
「そうだ。お前のことを刺した人が救急車を呼んだんだ。俺はまだ詳しいことはなにも聞いてない。できればお前から直接聞きたいと思ってる。……思い出せるか?」
はっきりしない意識の中、思考を巡らせる。……そうだ。俺は予備校の帰り道に襲われた。
「はい……」
俺は、いつもどおり進学のための予備校に行き、勉強していた。
俺は自分達のことをほとんど知らない。だから、己を知るための学問を学ぶために大学を目指している。そのために勉強していたのだが、ある日、事件は起きた。
予備校の帰り道に俺は見知らぬ男性に声を掛けられた。
「……スギサキマサヤくんだね?」
「…………はい、そうですけど……?」
その男性は怪しかった。全身真っ黒で帽子を目深にかぶっていた。
「……君が生物兵器だったと言う噂が今流れている。それは知っているかな?」
「……」
……まさか、もうその話が公になってしまったのか……。隠せるとは思ってなかったけど、でも……早かったなぁ……
「……噂は知りません」
「……君は本当に生物兵器だったのか?この噂は単なる噂ではないのかい?」
「……」
「なぜ、黙っているんだ?……単なる噂ではない、そういうことなのかい?」
「……はい」
「そうか……」
男性は俺の答えを聞いて、ため息をついた。
「……私の妹はね、あの研究施設で働いていたんだ」
「……!!」
この人はあの事故の遺族だ。俺が……俺が起こしてしまったあの事故の……
「……君は、なぜ生きている。私の妹は死んだ。君が殺した。なのに……君は……!!」
男性は懐からナイフを取り出した。
……やっぱり、この人は俺を殺すつもりで来たんだ。
「……俺は……、確かに兵器でした。今でも時々あのときのことを夢に見ます。何人も、この手で……命を奪っています」
「……懺悔のつもりか……!?そんなことされても……妹はもう戻ってこない……!」
「……懺悔……そうですね……それでこの罪から逃れられるなら何度でも懺悔したかもしれない……でも……違いますよね……?」
男性がナイフを持つ手は震えている。でも、覚悟を決めた表情で必死に震えを止めようとしている。
「……俺は抵抗しません。殺されても仕方ないことをしています。あなたの気持ちが晴れるなら……それでもいい。でも、俺を刺せばあなたも罪に問われてしまいます」
「……そんなの承知の上だ!!!妹を……返せ……!!」
男性の手の震えが止まった。瞬間、男性の持っていたナイフは俺の胸に刺さっていた。
「…………う……っ、…………ぁ」
倒れちゃいけない。俺はあの人に言わなきゃいけないことがあるんだ。
「ま……、まって……ひと、つ……だけ……きいて……、くださ……」
男性は立ち去らなかった。その場で俺の顔は見ないまま立ち止まっている。
「……おれ……、兵器じゃ……なくなったとき……本当に……しに、たかったんです……なんで……あれだけのことをした俺が……生きてるのかって……でも……」
助けてくれた人がいたから。俺を兵器だったと知った上で。
声にはなっていないだろう。きっと、あの人には伝わってない。
「……君は、自分の罪を背負って生きてるのか」
あの人の声。居なくならなかった。ちゃんと聞いていてくれた。
「おれ、は……奪ってしまった……人の分まで……生きなきゃ……いけない……おれが……しんでも……あなたみたいな……いぞくの……こころは……すくわれない……、と……おも……って……」
もう意識がもたない。失われていく意識の片隅で誰かに抱き止められたのを感じた。
「……そうか、お前を刺したのはあの事故の遺族だったのか……」
先生は小さくため息をついた。なんとなく察してはいたのだろう。
「先生……すいません……俺……、刺されるって、わかってたのに……抵抗しませんでした……受け入れなきゃ……いけないって……思ったんです……」
俺の言葉を聞くなり、先生は俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「お前はバカだな。……でも、お前ならそうしちゃうんだよな……」
「先生……」
「頼むから、死に急がないでくれ。お前の人生は始まったばっかりなんだ。やっと、自由に生きていけるんだから……」
「……そう、簡単には……死なないですよ……先生だって……わかってるでしょう……?」
「そういうことじゃない」
「???」
「……自分を大切にしろってことだよ。怪我したら痛いだろ?痛みは心を蝕むからな。俺が言いたいのはそういうことだ」
「……はい」
しばらく経った頃、ソレルさんが俺を訪ねてきた。
「スギサキくん、その後どうだい?」
「はい、もう大分いいです」
俺はあのあと何日か入院して、今は今までどおり予備校に通っている。
「君を襲った彼、君の気持ちを察してくれたようだったよ。君が自分の意志とは関係のないところで人々を手にかけてしまったことも理解してくれた」
「……」
俺はどうしたらよかったんだろう。あの人の妹さんの生命を奪ったのは俺で、でも、俺はその罪を意識せずに生きている。
「……そう、だよね。何て言ったらいいのか……わからないよね」
俺はきっとこの先も時々あのときのことを夢で見るだろう。また、今回みたいに襲われるかも知れない。
この気持ちは消えることはないし、忘れることもできない。
「スギサキくん、君は……心配しなくていいんだ。君は、君の人生を歩んでほしい」
「ソレルさん?」
「遺族への説明は僕たち警察に任せてほしい。君も被害者なんだ。……まだ時間はかかるかもしれないけど、わかってもらえるよう努力するから」
「あ……ありがとうございます」
その後、俺の前にあの事故の遺族が現れることはなかった。ソレルさんたち警察が何とかしてくれたのかもしれない。
俺は、周りの大人たちに支えられて、今日も生きていく。忘れてはいけない記憶と共に。