触れられないあの子
二部での登場人物、マリアが過去にある人に出会ったときのお話です。
※ネタバレあります。
ある晴れた日。彼は、ぼんやりとベンチに座っていた。
ため息をついて、気だるげに髪をかきあげる。
ここは公園。子供たちの遊ぶ声を聞きながら、彼は一人の少女の姿を目で追っていた。
「……」
あまりのだるさに、目を閉じる。青白い肌、目の下にはクマが浮かび、健康そうには到底見えない彼の姿を見ている一人の少女がいた。
少女は、彼が目で追っていた、その少女だった。
「……ねえねえ、あのおじさん、ずっとマリアのこと見てるよ?怖くない?」
「え?どの人?」
公園で遊んでいた少女、マリアは友人に言われ、ベンチの方を振り向く。
「あの人?」
マリアが見たとき、すでに彼はうつむき、目を閉じていた。
「うん、ずっと見てたよ?」
「……なんか具合悪そうだね」
「えっ!?そこっ!?」
「大丈夫かな。ちょっと見てくる!!」
マリアはそう言って、一人で男性のところに行ってしまった。
(おじさんかー、でも、お父さんよりはきっと若いよね)
マリアは近づいて様子を見ている。少し長い髪にところどころ白髪混じっているが、せいぜい30代前半くらいだろう。
目を閉じている男性は、マリアが至近距離に近づいて来ていることに気づいていない。
「お兄さん、お兄さん」
「……!」
マリアが声をかけると、男性は驚いて顔を上げた。
「ごめんなさい、驚かせちゃった?」
「ま……」
男性はあわてて口を押さえる。彼女の名前を呼びそうになってしまったから。
「大丈夫?顔色悪いよ?お医者さん呼んでこようか?」
「……ありがとう、でも、大丈夫だよ」
「そうなの?……ねえ、お兄さん?私たち会ったことある?」
「…………」
彼が彼女を目で追っていた理由、それは彼女が彼の生き別れた娘だったから。だが、それを彼女が覚えているはずはない。だから彼は、嘘をついた。
「いいや、今日が初対面だ」
「そうなのかなあ?会ったことある気がするんだけど……」
「誰かに似てるのかな?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
うーん、と唸る彼女の様子を遠くの方から友人が見ている。
「お友だちが心配そうに見てるよ。戻った方がいいんじゃないかな」
「……ホントだ。あのね、お兄さん。友だちがお兄さんが私のこと見てるって言ってたんだけど……見てたの?」
「……うん、私にも君たちくらいの子供がいてね、なかなか会えないから……思い出してたんだ」
「お父さんなの?私のお父さんより若そうなのに」
「……まあ、私は子供が生まれるのが早かったから……」
「あ、そっか。私にはお姉ちゃんがいるから、お父さんがちょっと歳がいってても変じゃないんだ」
彼女は自己解決してポン、と手を叩いた。
「あ、そろそろ戻らなきゃ。お兄さん、具合悪そうだから、病院行った方がいいよ?動けなさそうなら、私たち手伝うし」
「お気遣いありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
「そう?無理しちゃダメだよ?それじゃあね」
彼女はそう言って友人の元に戻っていった。
「……麻梨亜、ありがとう……」
彼女の耳には決して届かない声で彼は呟く。
彼の言葉は青空に溶けていった。