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ネタは尽きない短編集

終わる世界に歌を捧げる


ギィ、と軋んだ音をたててドアが開く。

いつも通りの不愉快さに、眉をしかめる。

ドアを閉めることなく、フェンスに歩み寄る。

見下ろしたグラウンドには、大勢の生徒が居た。

少しだけ、唇が歪むのを感じる。

暗い、陰湿で、陰惨な考えが、浮かんでは消える。

フェンスにしがみついて、上を見る。


「……やっぱり、無理かなぁ」


3mはあるだろう。そのうえ、返しまで付いている。

体力テストでEしか取れない私には、断崖絶壁に思える。

大きくため息をついて、妄想を吹き飛ばす。


「ホント、世の中ってサイテイだ」


フェンスに背中をあずけて、座り込む。

独りよがりで、どうしようもなく救いようのない愚痴がこぼれる。

独り言にしては大きい声だが、どうせ誰もいない。

屋上といえば生徒のたまり場のようにも思えるが、今は放課後だ。

部活か、寄り道か、何だかは知らない。

ほとんどの人がこんな辺鄙な場所へ来るよりも良い事を知っているらしい。


「全く、私にもオシエテくれないかな」


知りたいわけでも、実践するわけでもないが、何となく言葉にしてみる。

なにか、音がないと不安になる。

そんな私の思いを受けて、無意識に口を開く。

歌うことは、好きだ。勝手に歌詞をなぞる喉を止めようとは思わない。

少しずつ、頭が白く染まっていく。

ただ、より良い音を出すことだけに意識が集中していく。

高音でも喉を締めすぎないように、口の中の響きを意識して。

そんなことで、頭がいっぱいになる。

歌いきってから、今の状況を思い出して、少し反省する。

いくら屋上でも大声で歌ってたら下まで聞こえるかもしれない。

家の防音室と同じ感覚で歌ってしまった。

チラと、グラウンドの様子を覗く。

部活に集中している生徒たちに、気づいた様子はない。


――パチパチパチ


拍手の音、近くから。

誰もいないと思っていた屋上には、先客がいたらしい。

ちょうど私の場所から死角になっていたところから、ひとりの男が出てくる。

一番最初に目に付いたのは、男の持っている杖だった。

杖かと思ったら、持ち手が真っ直ぐで、先がゴム製じゃなかった。

何より、その杖は、白かった。

二度瞬きをして、男の顔を見る。

微笑みを浮かべてはいるが、その目は閉じられている。

予想外に予想外が重なって硬直する私。

何も言わないのを不思議に思ったのか彼が首をかしげる。


「あぁ……驚かせた、かな? ごめんね」


そう言うと、彼は腕にかけていた杖を手に取る。

地面をこすりながら、こちらに歩いてきたので、急いで立ち上がる。

彼は私から2mほどの間をおいて立ち止まった。


「えっと、僕は斎藤って言うんだけど。君は?」

「……え、あぁ。うん、私は岸高、です?」


言葉に詰まりながらも必死で返事を返す。

斎藤、くん。は嬉しそうに笑った。


「歌、綺麗だね」

「あ、ありがとう」


自然と、言葉が出た。

ストンと心の中に彼の賛辞が収まる。

恥ずかしさに口元を覆うと、唇が持ち上がってることに気づく。


「歌が好きなんだ」

「うん、そうだけど……?」

「えっと、声が。その、元気? だから?」

「ナニそれ。私がいつも元気ないみたい」

「あ、そうだ。歌う前と、全然違う」


驚いて、目を見開く。

私でも人の声の違いを聞き分けるのは難しい。

正直、一度聞いただけの声を聞き分けるのは、無理だ。


「スゴい、なぁ……」

「え? あはは、岸高さんの方が、凄いよ」


なんの臆面もなく、そんなことを言ってのける。


「僕は……こんなだから。全然、凄くなんかないよ」

「ッ! そんなことない!」


悲しそうに言う彼を否定する。

自分でもびっくりするほど感情にまみれた声。

彼の才能を、妬ましく思う気持ち。

彼の才能のおかげで、救われた気持ち。

何より、彼にそんなことを言わせる世界を許せない気持ち。

いろんな気持ちが、私の中で混ざり合って、ぐちゃぐちゃにかき回される。

制御しきれなくなって、涙がこぼれる。

乱れた息を整えるために、深く呼吸する。


「な、泣いて、る……の?」


おどおどとした彼の声が、私の耳を打つ。


「ねぇ、死にたいと思ったこと、ある?」


霞んだ視界の中でも、彼が目を開いたのがわかった。


「……沢山、あるよ? だから、その。

 少なくとも、君が、気にする必要は……無い」


彼は、確かな口調で、断言する。

まるで心の奥底まで見透かされているような答えに、思わず笑みがこぼれる。

感動と感謝と感激と……また涙が溢れそうになって上を向く。

夕日の赤が霞んだ視界を乱反射する。


「アハ、斎藤クン。私の歌は、どう?」

「……えーっと。すごく、綺麗だけど。なんていうか、夢? みたいな感じ?」


大正解。

あぁ、でも。これからは夢じゃなくなりそうだ。

夢だと思ってた、綺麗な世界。

当たり前だと思ってた、汚い世界。

違うんだ。一人だけで世界に向き合うことはできない。

だから、綺麗な、それだけの世界は終わらせよう。


「また、私の歌を聞きたい、かな?」

「うん、僕でよければ」


彼は迷う事無く答えた。


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