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第一章 殺し屋の受難

 スマートフォンで着信をかけると、画面はほんの数コールで通話モードに移行した。


「もしもし。昋詩(かざし)ちゃん?」

『叔父さん。こんな時間にどうしたの?』

「もしかして都合悪かった?」

『ううん、そんなことないけど』

「よかった。──いやね、同僚から〝たまには姪っ子に電話でも入れてやれ〟って言われちゃってさ」

『そうなんだ? ありがとう。………でも叔父さん、毎日私が学校行く前と寝る前とに、電話くれるよね? わざわざ時差とかサマータイムまで考えて』

「うん……だけど最近、確かに家族で過ごす時間って取れてないと思ってさ」

『気にしなくていいのに』


 電話の向こうで少女がはにかんだのがわかって、男は心地よくなった。


『……そうだ、今度の連休に旅行にでも行こう! どこでも行きたいところ行ってごらん。たしか連休中は、テコンドー教室も休みだったよね』

「え、え? うん、たしかにテコンドーは休みだけど……旅行かあ」

『もしかして友達と予定でもあった?』

「ううん。……そうだなー、じゃあ温泉とか行きたいかな」

『そんな。遠慮しなくていいんだよ? 二人で旅行なんて何年か振りなんだし、もっと思い切って行きたいところ言いなよ』

「何年かぶりって、一昨年(おととし)の秋広島に旅行行ったじゃん」

『それはそうだけどさ。……うん、やっぱり折角だし、どこか海外に行こう! 海外旅行』

「か、海外旅行? え、ええっと………」


 男の口から聞く言葉の響きは少女にはなんだかとてもロマンチックな文句のように思えて、自然とその(ほお)は緩み、口元は遊んだ。


「昋詩ちゃん?」

『あ、ううん! なんでもないよ!』

「そう?」

『うん。でも海外……海外旅行か……。叔父さんは? 叔父さんはどこか行きたいところある?』

「僕は、昋詩ちゃんの行きたいところに行きたいな」

『………お、叔父さん……。たまにそういうの挟んでくるの禁止………』

「?」


 男の耳元に悶絶するような少女の声が届いたので、男は小首を傾げた。


『なにが禁止って?』

「な、なんでもない……。か、海外なら、近場の中国とかのがいいのかな」

『そのへんは大丈夫、安心して。叔父さん毎日頑張って仕事してるから、地球の裏側でも地球の(へそ)でも連れていってあげられるよ?』

「ほんと? ……そうだ。じゃああたし、あそこ行きたいかも」

『どこ?』

「えっとね、前にテレビでやってたの。港とか街並みとか緑とか、いろいろすっごくキレイで素敵なところ!」

『へえ、楽しみだね。地名はわかる?』

「うん。ヘンピなところとかじゃなくて、すっごく有名なところだから、連休中は混んでるかもしれないけど」

『いいよ。言ってごらん』

「うん! あのね、」


『カリフォルニア!』


 無邪気に告げられたその地名に、男の腰から力がふっと抜けた。足腰に一瞬感覚がなくなったような、奇妙な浮遊感が男の脳裏を襲った。

 少女が口にしたその地名は、いま現在男が立っている場所のものだった。


『いろんなテーマパークが映っててね、いまやってる映画に出てる女優さんとか芸人さんがロケで行ってたの! あたしもなんとかパレスとか、ナッツなんちゃらファームとか行ってみたい』

「………ああ、それはたぶんサンフランシスコとロサンゼルスだね。それなら………」

『あとはね、サクラうんたらって都会にも行きたい!』

「…………」

『カリフォルニアの県庁所在地? みたいなところなんだって。名前が素敵だから行きたいってだけで、そこになにがあるかとかはわかんないんだけど……叔父さん?』

「………いや、なんでもない。とりあえず、明後日そっちに帰るから、そのときに計画を立てようか」

『うん!』



 少女が弾んだ声で電話を切るのを聞き届けて、男は黒く塗り潰された画面に映った自分の顔を見下ろした。

「まずいことになった………」

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