第十一章 テメキュラにて 3(NIGHT 1)
Oct. 17, 20:15 p.m. PST
In Front of Sun Throne Hotel, Temecula, CA
「昨夜確保した男ですが、我々のほうで正式に逮捕しました」──という仕事の話に移るまでに、EDとHLuKiの間で一悶着あった。
本格的なワイナリーを備えたディナー専門のレストランで夕食を摂ったあと、HLuKiは姪をホテルの部屋まで送って、一人で夜のテメキュラへ踵を返していた。
仕事用の端末に電源を入れ、そこで初めて無数の着信履歴に気づく。軽く下へスクロールしてみたが、夥しい履歴の底には届かなかった。相手の名前は表示されていない。殆どは当然のように非通知で掛かっていたが、中には電話番号の記されたものも幾つか交じっていた。相手の正体は分かりきっている。
HLuKiは適当に着信履歴の一つ、電話番号の入ったものを指先でタップし──ようとしたところで、突然画面が切り替わった。黒い背景に、無機質な十桁の数字と、緑と赤、二つのピクトグラムが表示される。スマートフォンが発する細かいバイブレーションがHLuKiの手を揺すった。
番号を確認してから、HLuKiは受話器を取るアイコンを押し、スマートフォンを耳元に当てた。緊張感のない声色で通話に応じる。
「もしもし」
『もしもし、じゃありません。どういうつもりですか?』
端末からは、冷え切った男の声が聞こえてきた。EDだ。
「どういうつもりかって? それは、こっちが訊きたいくらいだ」
HLuKiは短く息を吐いた。
『今朝の九時から掛けていたのに、一向に出ませんでしたね。端末のGPS反応も何故か検出できませんでした。業務を断りなく半日も放置して、どういうつもりか訊ねないほうが難しい』
電話の向こうの声は、努めて冷静に振る舞おうとしているようだが、語気や言葉の端々から有り有りと憤激が感ぜられた。
『ケースオフィサーとして、あまりに非常識ではありませんか?』
人とすれ違わないようにホテルの敷地内から出たHLuKiは、そのまま都市部のほうへと向かいながらEDに応じる。
「まずGPSの件だけど、端末をアルミホイルに包めば、電磁波を遮断するんだ。電源が入っていようといなかろうと、通信や位置情報サービスは利用できない。スパイとして、知っておいて損はないと思うよ」
電話の向こうのEDは何かを言いかけたが、HLuKiはそれを遮って、
「それと、CIAとの契約は夜の間だけだ。昼間は僕のプライベートな時間だし、何より僕は正規のケースオフィサーじゃない」
間髪入れずにそう告げた。
この場にいない男との間に、端末越しに張り詰めた空気が流れる。
『どう言い訳をしようと、契約期間中は、あなたは我々と同じ立場の人間です。昼間の業務を押し付けていないだけ、ありがたく思っていたたぎたい』
「それは君の勝手な解釈だ。僕は君たちに都合のいい協力者じゃない。協力を仰がれた側だ。契約書には〝身も心もCIAに捧げよ〟なんて書いてなかったぞ」
『次からは連絡に応じてください』
HLuKiの言い分も聞かず、EDはぴしゃりと会話を断ち切った。
その冷めきった物言いに、HLuKiは俯いて肩を竦め、呆れたように鼻から息を吐き出した。そうしている間にも、EDは独りで話を進めてしまう。
『本題に入ります』
* * * * *
ガラス張りのオフィスの一角で電話を受け取ったのは、ゴリラと見間違うような風体の大男だった。
「はいよ、こちらGolGor」
短く刈り上げた金髪が、アフリカ系の黒い肌によく映えている。鍛え上げられた肉体は円盤投げの選手と比べても遜色ないほどで、XXLサイズのTシャツを内から押し上げ、太い筋肉を顕にしていた。白地のラフなTシャツには、バンドのロゴと思しきものが胸から腹にかけて描かれている。
GolGorと名乗った男は灰色のオフィスチェアに腰掛けたまま、電話の主に面倒そうな声を出した。
「よお。まったく、面倒なこと回してきやがって。こっちは暇じゃねえんだぞ」
『悪かったよ。でも、自分が忙しいのは自業自得だろ。今週は報告書幾つ溜まってるんだ?』
GolGorはデスクの上に目を遣り、自分の大きな拳ほどの高さまで積まれた紙の束を睨んだ。
「訊くな。気が滅入る」
『ご愁傷様』
電話の向こうで、落ち着いた声色の男が軽く笑った。
『それで、どうだった?』
「言っとくがな、俺はガンマニアじゃないんだぞ。武器屋でも情報屋でもない。しかも片方は実物なし、弾と粗い車載カメラの映像だけで明日までに鑑定してくれ、なんてな」
GolGorは空いた片手で、金色の頭をがしがし掻いた。それからデスク上の夥しい紙束の中から一つを手に取り、印字された内容を眺める。
「俺じゃ手に負えんから、FArmの奴に押し付けてきた。さっき 結果を貰ったから、いまそっちに送る」
『ありがとう。助かるよ』
耳からスマートフォンを離したGolGorは、パスワードを入力し、特殊なチャット・アプリケーションを立ち上げた。画面をスクロールして、目当ての人物に複数枚の画像を送信する。その作業の傍ら、GolGorは説明を始めた。
「誰の銃だか知らねえが、下らねえサタデーナイトか何かだと思ったら、意外と渋い趣味してるのな」
『渋い?』
「おう。拳銃のほうは特徴あるから、お前でも大体分かるだろ?」
訊ね返された電話の主はああ、と頷いて、
『丸みを帯びた箒の柄に、引き金前方に配置された直方体の弾倉といえば、あれしかない」
「ああ、そうだ。日本じゃ〝モーゼル〟って発音するんだったか?」
最後の一枚を送信し終えてから、GolGorは書類の下部に記された太字を指でなぞりながら告げた。
「多少改造の気はあるが、こいつはマウザーの代表作──〝Construktion 96〟の派生型だ」
頰に夜風を浴びながら、HLuKiは電話の相手とのやり取りを続けていた。
今回限りのパートナーであるEDとの合流地点までは、まだ少しある。疎らに走る自動車に気を配りつつ、HLuKiは道路を横断し、道沿いに都市部へ向かう。
「〝派生型〟ってことは、どこの国で製造された銃か分かったってことだね?」
『断定はしきれないが、大凡の検討はな』
手に持ったスマートフォンの向こうからは、太い男の声が返ってくる。
『銃の形がオリジナルとはちょっと違うらしい。俺もFArmからの又聞きだが、写真の二枚目を見てみろ』
言われて、HLuKiは素直に画面を覗いた。
今朝、HLuKiはEDに無理を言って、強襲者の一人から押収した拳銃を、合衆国に存在する全てのマーダーインクの情報を統括、活動をサポートする組織──『K’s』経由で郵送していた。宛て先は自身の所属するマーダーインク『RedRum』である。無論、EDには始め激しく拒否されたが、〝多忙のCIAよりも早く正確に解析ができる〟と伝えると、上司に何度も確認をとったうえで渋々、〝あとで必ずこちらに受け渡すように〟と念押して証拠品一式をHLuKiに寄越した。
スマートフォンの画面には、そこで撮られたであろう写真が複数枚表示されていた。警察押収品に行うように、その大きさや形状が一目で分かるよう、鉄の塊が卓上で綺麗に鎮座している。
『俺にはよく分からなかったんだが、用心金のとこだ。えーっと、引き金の前に付いてる弾倉が、用心金の下まで伸びてんのが分かるか?』
用心金とは、誤射や暴発を防ぐために引き金を囲む部品のことだ。確かにGolGorの言う通り、鈍く光る銃身から下に突き出た硬い匣が、用心金の下まで食み出て、更に下部に向けて広がっていた。真横からの画で見ると、緩やかな台形に見える。
『普通の、というかオリジナル・モデルのC96だと、そいつが用心金の高さとぴったり同じになってるらしい。着脱式でもねえし、結論に間違いはないそうだ』
「なるほど……」
HLuKiは立ち止まり、画面にじっと目を凝らした。
そこに映った拳銃を見、次にそれを握っていた昨夜の男の横顔を思い浮かべて、視線を移動させる。やがて、
「それで、出処は? ……もしかして、メキシコ系とか」
『ん? いや、違う。FArmからの報告じゃ、PRC系じゃないかって話だ』
そんなGolGorからの予期せぬ返答に、HLuKiは怪訝な顔を作った。
「PRCだって?」
『ああ。色は違うらしいが、その形状はPRCで生産された〝山西 Type 17〟っつーモデルらしい。次の写真にそいつを載せてある。当時PRCで使われてた0.45インチ口径ACP弾に対応できるよう改造を施したもので、側面の刻印まであれば完璧なんだと』
「………」
『奴によれば、文字は削り取られたんじゃあなく、元から刻印されてないか、或いは既製品を改造してあるんじゃないか、だってよ』
「そう、なのか……」
納得のいかない様子で、HLuKiは呟くように言葉を返した。
HLuKiの歯切れの悪い返事に眉を顰めつつ、GolGorは次の資料に目を遣った。
「いいか? 五枚目の写真に移るぞ」
『ああ、頼む』
電話の向こうからの存外しっかりとした声を聞いて、GolGorは画面を横にスライドした。先程とは毛色の異なる画像が表示される。
それは、解像度の低い映像を加工し、引き延ばしたと思しき画像だった。夜の狭い路地を、目線の高さくらいから映したものらしい。画面全体が暗く、被写体の輪郭がぼやけているのが目立つ。その中央には拡大された男の手元、そして手中に収まる一挺の銃器があった。
「もう一つのほうだ。こっちに関しては、迫力のある映像をどうも、って感じだ」
スマートフォンの表面を保護するフィルムを軽く爪で弾きながら、GolGorは説明を始めた。
「こいつは短機関銃だな。男の体格との対比と、フルオートでぶっ放してるから俺にも分かった。おまえが回収した弾も9 mmの拳銃弾だったしな。しかも──」
『しかも?』
「映像から発砲音が殆ど採取できなかったんだと。FArmの奴曰く、これは消音銃ってやつらしい」
GolGorから遠く南の地で、HLuKiが首を傾げるのが分かった。
「つまり、後付けで減音器やらを装着するんじゃあなく、元々銃の機構に減音装置が組み込まれてるわけだ」
『ああ、ウェルロッドみたいなものか』
ウェルロッドとは、第二次世界大戦下の連合王国で開発された消音拳銃である。長い単眼鏡筒にライターや鋼板の新断屑を取り付けたような見た目で、同じく消音機構を持つデ・リーズル・カービンと共に、諜報活動を担った特殊作戦執行部で活躍した歴史を持つ。既に製造元、制式採用された組織共々解散し、その存在は一部の映画やゲーム、モデルガンなどに名残を留める程度だ。
数時間前にFArmから同じ名前を、更にはその長ったらしい蘊蓄を延々聞かされたGolGorは、思わずうんざりした口調で訊ねていた。
「……どうしてそう知識が偏ってんだ?」
『スパイものの作品はよく観るんだ』
そうかい、とGolGorはまともに取り合わなかった。HLuKiの知識が豊富、元いあちこち散らばっているのは、今に始まったことではない。
「続けるぞ。それで、消音銃には〝そもそも消音機能を想定して開発された〟一体式と、〝既存のシリーズに消音機能を付け加えた〟銃口式があるんだと。今回のは後者だそうだ」
電話口からは、へえ、と素っ気ない声が返ってきた。ただ、決して興味がないわけではないらしい。
『その辺りも掘り下げて聞いてみたいけど、今は時間が惜しい。要点だけ纏めてくれないか』
「ああ、こっちもそのつもりだ。俺にも山積みの仇敵がいるからな」
軽口を叩きながら、GolGorは手元の資料に再度軽く目を通して、頭の中で最適化する。
「〝Type 85 silenced SMG〟。細かいことは色々あるが、それが映像から割り出した銃器の影像、質感、使用弾、機構、操作法なんかを総合的に判断して、FArmが出した答えだ」
* * * * *
Oct. 17, 20:58 p.m. PST
Mercedes St., Temecula, CA
通話を切る直前、GolGorはこんなことを言ってきた。
『おお、そうだ。少しでいい、俺からも訊きたいことがあったんだ』
「なに?」
『最近、立て続けに地震が起きてるのを知ってるか? 被害は殆どなくて、ユタ、テネシー、ワシントンって具合に場所も震度もバラバラなんだけどよ』
「ああ、ニュースで見たよ」
日本を発つまえに見かけたネットニュースの内容を思い出しながら、HLuKiは素直にそう答えた。
「それが?」
GolGorはああ、と口籠もってから、
『俺は地震学ってのは詳しくなくてよ。合衆国の教育プログラムじゃまず詳しく習わねえし、ニュースで専門家が話してるのを聞いても、イマイチ、ピンと来ねえんだ。
そこで、地震大国を故郷に持つおまえに訊ねたいんだが……地震ってのは、あんなふうに続けて、別々の地域で起こるもんなのか?』
「………」
HLuKiは深い夜空を見上げて、少し考えた。深い紺色のキャンバスには、地上の明かりを跳ね除けて無数の光が鏤められている。
「日本でならともかく合衆国、それも造山帯に含まれない地域で、となると、かなり考えにくい。そもそも日本で多く地震が起こるのは、列島が大陸と海洋のプレートの境界にあるせいなんだ。
ほかに内陸型の地震もあるけど、こっちは震度が大きい分、一般的には規模が小さい。今回の一連の地震とは、条件が合わないんじゃないかな」
『ふうん……、なるほどな。意見を聞けてよかった。忙しいとこ、引き止めて悪かったな』
「いや、こっちこそ助かった」
HLuKiは通話を切って、端末をスラックスのポケットにしまった。
そして、今し方友人からインプットされた新しい話題を頭の中から取り払うように、黒く広い夜空を見上げ、すっと息を吸い込む。都会の喧騒から離れたところなので、星がよく見えた。
鼻の奥まで吸い込んだそれをゆっくりと吐き出しながら、HLuKiは数十分前の会話を反芻していた。
EDの言う本題とは詰まる所、情報の訂正と追加だった。
『昨夜逮捕した男の取り調べと、他のエージェントによる情報収集と分析の結果、幾つか新しい情報を得られました。一応、あなたにも共有しておきます』
どこか棘のあるEDの物言いに気を悪くした素振りも見せず、HLuKiは素直に耳を傾ける。
そう遠くないところにはワイン農家の大きな葡萄畑があるはずだが、夜の帳も相俟って視認することはできない。片側一車線の簡素な道路と、それを左右から挟む翁椰子擬きの林が所々緩やかに湾曲しながら続いている。
秋晴れらしく、空に雲は殆どない。疎らに並ぶ星々と高い位置に掲げられた月が、テメキュラの郊外を走る道路を明々と照らしてくれていた。そのため、街灯の少ない通りではあったが、特別足元に気を配る必要はなかった。
左右から車両のヘッドライトが来ていないことを確かめてから、HLuKiは痩せ細った道路を横断する。
『まず確認ですが、「砂上の狐」が始めに上陸したのはどこか覚えていますか?』
「資料にあった通りなら、アリゾナ州。観光客のふりをして、四、五人のグループを複数作ってメキシコから北上した」
『そうです。昨今、合衆国は南北両側からの入国を厳しく取り締まっていますが、観光地の行き来が目的の観光客であれば、パスポートやビザ、宿泊先のホテルなどを提示するだけで比較的容易に入れる場合があります』
「なるほど。空港での偽装がそんなにうまくいくわけないと思ったら、そういうことだったのか」
『正確な入国地点はアリゾナ南西部です。彼らは日本国籍を名乗り、同僚たちとユマのリバーフロントに旅行に来た、という〝設定〟でサンルイスから入り込んだようです』
「日本だって? ……いや、確かに日本籍を騙るのに金銭的、教育的なコストと相応のリスクは伴うだろうけど、その代わり演技さえうまくいけば入国できる可能性は限りなく高くなる……」
『それが狙いでしょうね』
「で、そこから国境沿いを西に移動して、カリフォルニア南端で潜伏した、と」
『数日間息を潜めていた決定的な理由は不明ですが、恐らくは分割した最後尾のグループまでが問題なく配置に着くのを待ってから行動を起こしたかったんでしょう。
奴らは大して規模の大きくない組織です、もし国境で止められてメンバーが欠如すれば彼らの作戦そのものが破綻、もしくは大きく路線変更になるほどの痛手を負う可能性もあります』
少し間を空けて考えて、
「……じゃあ、僕らが昨晩張り込む予定だったのは、最後尾のグループ、もしくは先に合衆国に潜入していたグループが持っていた〝何か〟──物品なのか情報なのかは分からないけど、それを直に会って共有、或いはバトンパスする現場だったわけだ」
『我々は〝情報を含んだ物品〟だったと考えています。形状はドングルやハードディスクに限りません。わざわざエシュロンに傍受される危険を冒してまで、受け渡しを確実にすべきものだった、と。
それに値するもので現状考えられるのは、暗号化したデータを人が読み取れる形式に直す〝鍵〟です』
暗号化したデータ──つまり、国籍や素性の知れない弱小サイバーテロ組織『砂上の狐』が先日、世界的情報機関であるCIAから盗み出した機密情報のことだ。HLuKiが家族旅行を抜け出してまで働くことになった原因でもある。
「確かに。あの武装した二人組の攻撃的な対応からも、それは読み取れる」
EDの言葉に納得して、HLuKiは数度独りで頷いた。
「じゃあ、彼らが北上している理由については、何か新事実は判明したのかい?」
『今回の本題はそちらです』
何気なく訊ねたHLuKiだったが、電話口からは予想外の返答があった。その僥倖に思わず、スマートフォンに当てた耳に神経が集中する。
「本当かい? 報告を頼む」
『州警察が車両盗難の容疑で一ヶ月前に逮捕した国籍不明の二人組が、この北上劇の発端です』
逸るHLuKiを、言われなくとも、と一蹴するように、EDは相槌の一つもなく話を進めた。
「車両盗難?」
車を避け、道路から軽く盛り上がった歩道の上を早歩きで進むHLuKiは、突然顔を出した単語に首を捻った。
『車両盗難は、飽くまで警察が彼らを疑い、捕らえた理由に過ぎませんので、気に留めなくて結構です。問題はその二人組が、各都市に短期間潜伏し、〝南下しながら〟逃亡したという点です』
「! まさか……」
『ええ』
電話の向こう側、EDの事務的な声色の後ろからは、車が走り去ったり、複数の集団がそれぞれに談笑したりするのが聞こえてきていた。既に合流地点に着いているか、或いは極近くまで来ているのだろう。人の多い通りにいるのなら、通話の内容が漏れるのを避けるため常に移動しながら話しているはずだ──そんな些事が、結論を急ぐHLuKiの頭の片隅に湧いていた。
当のEDはというと、社中が必死の情報分析によって得た貴重な情報を開示するのにどこか抵抗があるのか、珍しくやや勿体ぶった様子で、しかしやはり確固とした口調で二の句を続けた。
『既に合衆国に侵入し、我々から機密情報〝蜜蜂〟を盗み出すことに成功した〝尖兵〟が、逃亡しながらカリフォルニア中に隠した〝鍵〟を順次回収する。それが、彼らの狙いだったようです』
『これ以上は通話では伝えられませんので、合流してからにしましょう。それでは』
そう告げると、EDは存外あっさり電話を切った。
既にかなりの情報について話した気もするが、CIA側で秘匿すべき情報の優先順位が決まっているのだろう。疑問点はそう適当に割り切って、HLuKiはスマートフォンの画面から目を離し、視線を前に戻す。
そこで、思い出したように再びスマートフォンの画面を操作して、徐に耳に当てた。
* * * * *
Oct. 17, 21:00 p.m. PST
The Outskirts of Temecula, CA
凡そ都市部と呼べそうな場所まで辿り着いた。
昼間に姪と訪れたワイン・カントリーから西、オールドタウンに差し掛かったところだ。広大な葡萄畑や古めかしい木造りの併設レストランの姿はなく、ブティックやアンティーク店など、観光地然とした街並みが広がっている。事前に読んだガイドブックに拠れば九十年代の歴史的な建造物や、博物館があるようだが、今晩そちらに用はない。
指定された場所に着くまでのあいだ、HLuKiは疲労を告げる正常な脳味噌を黙らせるため、思案に徹した。
──相手は影こそ見せるものの、中々その全体像を掴ませてはくれない。総数が幾らいるかは不明だが、彼らは暗幕の陰で蠢き、こうしている今も何かを達成しようとしているのだろう。
名の知られていない弱小サイバーテロ組織、という以上に、HLuKiはその行動に少数精鋭による集団戦に長けたゲリラのような雰囲気を覚えた。
但し、血縁で結びついた氏族という風ではない。どちらかと言えば、大義のために集まり、時には仲間を切り捨ててでも残った人員で計画の完遂を目指す──
そこで、HLuKiの頭の中に何かが一瞬閃いた。
が、それはすぐに消えて失くなった。
「………」
頭の中で自分の思考を振り返ってみるが、同じ閃きは得られなかった。見えなくなったものに追い縋ることはせず、HLuKiはまた思考を巡らせる。
EDは〝蜜蜂〟と言っていた。
CIAが『砂上の狐』に奪われた極秘機密の愛称だ。
上司のInBaの話では「全米を揺るがしかねない」ほどの情報らしい。実際、CIAが切羽詰まってHLuKiのような人員にまで頼っていることは、その傍証にもなる。
しかし、その中身は本来部外者のHLuKiはおろか、正規の職員であるEDにも知らされていないらしい。
つまり、CIAにとっては詮索されたくないような内容なのだろう。HLuKiにとっては〝蜜蜂〟の中身など、心底どうでもいいことだ。ただ、相手が何を目的に、何を巡って戦っているのかが明確でない現状は好ましくない。相手の行動、思考全てに直結する中枢が不鮮明なままでは、肝心なところで打つ手を誤る恐れもある。
──蜜蜂。Honey bee。セイヨウミツバチ。養蜂、蜂蜜、蜜蝋、ローヤルゼリー。
隠語ならば、その名前からある程度内容を類推できるかもしれない。連想して様々な単語を頭に思い浮かべながら、HLuKiは市内へ向かった。
お久しぶりです。
桜雫あもるです。
えっと、毎回期間が空いてしまって謝っている気がするので、これからはのんびり自分のペースで投稿していくことを正式に誓います……。
まだまだ完結までは程遠い予定ですが、もし待ってくださっている方がおられるなら、どうかお気長に。牛歩ならぬ蝸牛歩で、執筆していきます!




