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異界の刀剣使い  作者: 雪月 奏
第二章 
17/18

第一話 二度目の死を迎えたら人外になっていた

 ◇


 イブリスは腹部にかかる奇妙な負荷で目を覚ました。


(……ん?)


 重い。腹部に確かな重量感を感じる。


(なんだ?)


 寝ぼけた頭でぼんやりと考えながら、謎の重量感の元に両手を伸ばす。そして、しっかりとその物体を握り締めたところ―――それは、柔らかく温かい人の、肌の感触だった。


「ひゃうっ!?」


 可愛らしい悲鳴のような声が耳に聞こえて、イブリスは意識を完全に覚醒した。


「は?」


 素っ頓狂な声を出しながらもイブリスは目を開けて身体の上に乗っている謎の重量感に視線を向けた。

 腹部の上には小柄な少女が乗っていた。


(何があった…?)


 ◇


 少女……リリアリアは両足の太ももで俺の胴体を(はさ)むようにして、馬乗りの体勢となり()の胸に両手を乗せて、かすかに赤らんだ顔で見下ろしてくる。


「お、お尻から……手をはな……して…」


 身をよじるようにしながらそう言われて、俺はようやくリリアリアの尻を両手で鷲掴(わしづか)んでいることに気づいた。慌ててバッ、と手を離すとリリアリアは顔を赤く染めながらホッと息をはいていた。


「す、すまない」


 女性の尻を掴むという初めての体験で、失礼なことをしたため、焦りながらも謝った。

 嬉しくないこともないが、今の状況がわからないため喜ぶ余裕もない。


「お、お尻をこんなに鷲掴みにされたのは、貴方(あなた)が初めてよ……」


 顔を真っ赤にしてなにかを呟いていたがよく聞こえなかった。


「すまない」


 とにかく謝るしかないと思い実行した。

 彼女が俺の上に乗っているため、頭を下げることが出来ないので言葉だけだが。


「寝ながら女の子のお尻を鷲掴みにするだなんて、貴方はとんでもない変態さんなのね」

「いや、違うからな!?」


 リリアリアがジト目で俺のことを、非難してきたので全力で否定した。


「でも、私のお尻揉んだでしょ?」

「うっ、それは事実だが……」


 完全に彼女のペースに乗せられていた。


「というか、お前はなんで乗ってる?」


 そう、彼女が俺の上に乗っていなければこんなことにならなかっただろうことは予想できる。

 責任転嫁も(はなは)だしいと、思うなかれ。

 事実だろう。


「それは、貴方がそろそろ目覚めそうだったから」

「は?」

「とにかく、貴方は気を失う前のことを覚えている?」


 どういう意味なのか聞こうとしたら、話を逸らして記憶の有無を聞いてくる。


「そんなもの、たしか―――」


 記憶を(さかのぼ)った。

 王都をでて、《大森林》に入り、森の綺麗な場所に出てリリアリアに出会い、暗殺者と戦闘、リリアリアをかばって肺を刺された。

「何故助けたのか」そう問われ俺は「人を助けるのに理由なんているか?」と、答えたはずだ。

 そして彼女は俺に近づき吸血(・・)をし、俺は謎の激痛で気を失った―――。


 彼女は俺の腹部の上からどけることもなく、どこか恥ずかしそうに、話を続ける。


「貴方は、あの時死んだ」


 俺も死んだはずだと、理解している。

 なら何故生きているのか―――


「そして、生まれ変わった。―――《吸血鬼》へと」


 人間として一度死に、吸血鬼として肉体が再構築された、というところか。


(つまり俺は、二度目の死を迎えたら人外になったというわけか……)


 俺は自身が吸血鬼になったことを否定できない。感覚的に理解できるからだ。


「驚かないの?貴方を吸血鬼にしてしまった、私を恨まないの?」

「ああ、どうして生きているのか……お前の話した通りなら筋が通る。それに、感覚的にわかるからな。お前は俺を助けてくれたんだろ?なら感謝はすれど、恨むなんて無理な話だ」


 人外になったからって、泣きわめくつもりはない。正直人間人間じゃないがどうでもいい。凄くどうでもいい。

 今の世は、「自分達の種族以外は敵」っていうことになっているが俺がそれに従うつもりはない。

 それに彼女が嘘をついているとは、なんとなく思えない。

「なんとなく」、なんだけどな。


「――――私の本当の名は、リリアリア・ナイトメア。――――吸血鬼の真祖」


 彼女が寂しそうな顔をしていた理由がわかった。

 本当の名を言えないことが理由の一つ。言ったらバレる、とでも思っていたか。

 二つ目は、吸血鬼であることを隠していたからか。

「ナイトメア」というのが真祖である証らしいが、そんな記述は本にのっていなかったから誰も知らないんだろう。


「真祖ってなんだ?」

「真祖は、最も古く、最も強大な魔力を備えた始まりの吸血鬼」


 真祖とは、吸血鬼の王族のようなものだ。

 つまり彼女は吸血鬼の「姫」といったところか。


「人間が近寄れない場所に――――一番幼い真祖の私だけでも生き残れと、封印されていた」


 《大森林》は人間の領内にある。

 他の種族もただの森に興味を抱くはずもない。

 そんな中で、人間達が来れない場所というのは封印されるのに最適だろう。


 吸血鬼という種は過去に《人間族》、《獣人族》、《魔人族》、《精霊族》達によって滅ぼされた。


 真祖は不老不死の肉体を持つ。

 老いることはなく、死ぬこともない。といっても、過去に滅ぼされたので他の生物よりもかなり死ににくいだけだと思う。


 そして3つの権能を持つ。

 《吸血》、《再生》、《霧化》

 この3つの権能全部を持つのは真祖だけだったらしい。

 真祖だけは、日差しに弱いという点は前世の吸血鬼と同じだが、強烈な直射日光については避けるというだけで、浴びても死亡するわけではない。流水に弱い、大蒜に弱い、十字架に弱い、銀に弱いということもないとのことだ。

 そして夜になると力が大幅に上がる。

 そのことから吸血鬼は《夜の支配者》《月の使徒》などと呼ばれていた。


「吸血鬼は、瞳が赤いって聞いたが違うのか?」

「貴族以上のヴァンパイアは力を使う時だけ赤に染まるの」


 貴族以下は常時赤に染まっているそうだ。そのせいで吸血鬼は赤い目、というのが広まったのか。

 赤目は吸血鬼の証とされており、過去稀に生まれる赤目を持った子供はすぐに殺されていたらしい。前世の魔女狩り、みたいなものだ。


「リリアリア「リリア」…ん?」

「リリアって、呼んで」


 愛称で呼べと、頬を膨らませた顔を近づけてきた。


「わ、わかったから、顔を離せ…」


 妖精めいた美少女と呼べる容姿をした少女が顔を近づけてきたから、俺は焦りながら言う。

 俺も男だからな…。


「ねえ――――イブリスは、本当に私が、吸血鬼が怖くも、嫌いでもないの?吸血鬼になったことを後悔していないの?」


 昨日初めて会った時はなんだか、大人びた雰囲気と、言動だった。が、今は、言動は会った時と同じだが、雰囲気は年相応の少女にしか感じない。そのせいか、過去にあったことのせいで、人恋しい臆病な少女にしか思えなくなった。言動が子供っぽくないのは、見栄なのかもしれない。


「別に、俺は他種族が嫌いってことはない。正直、会ってみたい。話してみたい。戦ってもみたい。そういう気持ちでいっぱいだ。そんな経験をせずに、死ぬところを助けてくれたのが、リリアだ。なら、感謝以外なにもない。吸血鬼になったとしても、な」


 俺の意思を無視して吸血鬼にして、死なせなかったことを後悔しているリリアに、少しでも僅かでも俺の心が、本音が届くようにと真摯に伝える。


同胞(かぞく)は、みんな死んだ。私だけが、残された!私たち吸血鬼はただ存在していて、悪いことをなにもしていないのに他の種族たちは『お前達吸血鬼は、存在しちゃいけない』と言う……!!」


 澄んだ薄い青い大きな瞳から、大粒の涙を流しながら嗚咽の混じった頼りない声で、リリアが叫ぶ。

 吸血鬼だから数百年と生きているだろう。

 俺より長く生きているはずなのに、まるで幼い子供だ。

 同胞を失った時から、久しぶりに人と出会い、話、人の温もりを改めて知ったから、感情が激しく揺れているのだろう。

 これは、誰にも伝える事が出来なかった彼女の思いだろうか。胸に抱えていた思いだろうか。

 もしかしたら、「俺と会わなければ」なんて思っているのかもしれない。そうすれば、こんな気持ちを思い出すこともなかった、と。


「私たち吸血鬼は、世界に嫌われている……。生まれた時から、誕生した時から、世界から疎まれ、嫌われ、滅ぼされることを前提とされているかのような……。神様は、どうして私たちを創ったの!?彼は、《賢者(マギ)》は、私に幸せになれと、そう言ってくれたけど、こんな世界じゃ幸せになれるわけない……!」


 《マギ》というのが、誰かはわからない。けれども、リリアに幸せになってほしいのだと理解できた。

 吸血鬼の真祖の力は凄い。凄すぎる。

 不老不死の肉体を持っていることも、種固有の権能も、身体能力も、魔力も。

 権能のような種固有の能力も、あったとして1つぐらいだろう。


 真祖以外、滅ぼすことは出来る。

 しかし、真祖だけは滅ぼすことは不可能だ。真祖自身が滅ぼうと思わない限りは――――。

 明らかに真祖の力は常軌を逸してる。


 何故そうなったのかは、創りだした《神》にしかわからないことだ。

 そんな存在と共存していけるのか?と問われたら誰もが「否」と答えよう。

 恐怖の対象でしかない。

 だから、世界中の誰もが「存在してはならない存在」として吸血鬼を滅ぼした。

「何かをした」わけではない。

 ただ、強すぎたが故に滅ぼされたのだ。


 だから、リリアが言っていることは正しい。

「吸血鬼は世界に嫌われている」というのは。


 そのことは、俺もよく思っていた。

 自身の異常な体質、境遇、何をとっても俺は恵まれているのかもしれない。

 それでも、俺にとっては「世界に嫌われている」と思ってしまう。

 全てを可能にしてしまう体質。

 それは素晴らしいことだ。

 でも、つまらないことだ。


 全て見たこと聞いたことを忘れない記憶。

 それは素晴らしいことだ。

 でも、忘れたいことだってあるだろう?永遠と覚えていることがいいとは限らない。


 《魔眼》。

 それは凄いものだ。保持者は大物になる。

 でも、その能力が明らかに異質だったらどうする?


 出来すぎてしまうと、恐れられ。

 出来なさ過ぎると、疎まれ。

 じゃあ、どうしろという?


 自由に出来ない。

 誰もが《理解》をしてくれない。

 まるで《世界の(ことわり)から外れた存在》。

 それが、俺や吸血鬼という種。


 王族でも貴族でもない、普通の家に転生したほうがよかった。

 《魔眼》なんて、こんな体質、記憶、いらないと思わずにはいられなかった。


 だから、我が儘だろうけど「世界に嫌われている」と思わずにいられなかった。


 だから、俺はリリアに共感した。


「――――吸血鬼は、確かに疎まれ嫌われ滅ぼされた……ただ『強すぎる』から。それは俺だって同じだ」

「え……?」


 唐突な俺の告白に、リリアは当惑したように目を瞬く。


「俺は《ローゼリンデ王国》っていう所の、第一王子だった。俺が《自由都市》に行くのだって、国王である父上から、廃嫡されたからだ。廃嫡された理由は、『強すぎる力は災いを運んでくるから』『脅威だから』。吸血鬼と同じさ。俺は10以下の(よわい)にして、(人間族)最強の一人だったらしい」


 俺は自嘲するように苦しげに笑う。


「そんな存在は王子であっても恐怖でしかない。だから、暗殺者が向けられた。俺という存在を消すために……」


 意外と悲しいものだ。

 自分がやりたいからというのもあった。それでも、父や母、国のために頑張っていたというのもあった。

 一応俺も王子だ。国を繁栄させることは大切だと思っていた。

 戦闘技術だって、自身の身を守るためでもあった。暗殺者などから自身の身を守るため。

 それでも、「強すぎるから」そんな理不尽な理由で廃嫡されるのは、どうにか理解できるとしても、殺されるなんてふざけている。

 だから俺はリリアを助けたかったのだ。自分と同じような存在で、境遇である少女のことを。


「俺はリリアと同じようなもんだ。今更《吸血鬼》っていう存在になったからといって、どうということもない。同じ種族である《人間族》に疎まれ恐れられていたんだからな」


 イブリスの話を聞いてリリアは固まっていた。

 負の感情を向けられる存在にしてしまったのではないか?そう考えていたが、イブリスが吸血鬼になる前から同族に自分と同じ感情を向けられる存在だったと理解したから。

 同族に向けられる方が自分よりさらに辛いだろうとわかったから。

 種として理解されていない私より、個として理解されないイブリスの方が――。


「―――なら、俺と一緒に来ないか?」

「え?」

「一人ぼっちが寂しいなら手を伸ばせよ。

 手を伸ばさなきゃ誰も掴んでくれない。伸ばさなくても手を掴んでくれるほど世の中は甘くない。

 震えながらでも、怯えながらでも、その小さな手を伸ばせば誰もが掴まなくても、俺が掴んでやるよ」

「そんなこと……だって……」


 俺の誘惑に逆らうように、リリアは必死に首を振る


「幸せにすることは出来ないだろうけど、俺がお前とずっと居てやる。一人にはしない。簡単に死んでやるものか。吸血鬼なんて関係ねーよ。俺だって、同じ吸血鬼だ。恐れ、疎まれ、滅ぼされるっていうのはないが殺され、そんな負の感情を向けられることなんて経験済み。それだってお前と同じだ。やることがないって言うなら、一緒にこの世界を楽しもうぜ?」


 リリアは嬉しそうな表情を浮かべた。


「貴方は、私と一緒に居てくれるの私を否定しないの……?」


 イブリスの言葉はただの言葉。

 口約束みたいなもの。

 それでも、リリアはイブリスが嘘をついていないと絶対約束を守ってくれると信じられた。


「ああ、俺は否定しない」


 涙をさらに流し、抱きついてくる。

 腰に回された腕の力が強すぎる。正直骨が痛い。

 流石吸血鬼。馬鹿力だ。

 しかしそんなことを言わずに、頭を撫でてやると目を細くして心地よさそうにしている。

 まったく、《自由都市》に着く前に大きい拾いものをしたな――――。



 それから数十分ほど、リリアの頭を撫で続けていた。

 どうにか泣き止み、情緒も安定してきたので、少し離れてもらい立ち上がった。

 立ちくらみで倒れそうになったが、リリアが支えてくれたので問題なかった。


「そう言えば、暗殺者たちは何処にいったんだ?」


 立ち上がった場所は、倒れた場所と変わらない湖の近くだった。

 時間は朝になり始めているようだからざっと7、8時間経ったといったところか。


「私が殺したよ?」


「何を言ってるの?」「当たり前でしょ?」みたいな感じで答えられた。

 殺さずに倒したけど無意味だったらしい。


「貴方を殺そうとしたんだもの、殺して正解でしょ?」


「褒めて褒めて!」といった感じで言ってきたので、とりあえず頭を撫でておいた。


「とりあえず、今日はゆっくり休むか。寝てたみたいだけど、疲れが取れてない……」


 疲労が溜まっているんだ。おかしいぐらいに。

 宣言どおり俺はその日、すぐに眠った。

 

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