第十五話 愛しいお兄様
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今日はお兄様の誕生日です。
お兄様は今日もかっこいいです。
15歳になられ、170cmという同年代では高い身長になられました。
わたしはまだ、お兄様の肩ほどの身長をしていますが別に高くなくていいです。低い方が女性は好かれやすいと、メイドたちも言っていましたから。
お兄様は、誰よりも強くて、誰よりも聡明で、誰よりもかっこよくて、素晴らしい殿方です。目つきは鋭いけど、とても優しい人です。
お兄様のようなお人は、誰一人としていないでしょう。
そんなお兄様は、女性の気持ちに、好意に疎いのです。多くの女性が熱い視線で自分のことを見ていることに気づいていらっしゃらないのです。
10歳をすぎてから増えた舞踏会や晩餐会などの社交界で、お兄様とわたしは参加者の人達からよく視線を集めていました。
王子王女ということもありますが、お兄様はかっこよろしくて、同い年の男の子に比べてとても落ち着きのある雰囲気を纏っていて大人びていらっしゃるのです。「同年代の子がみんな子供に見えちゃう」と、わたしのお友達のセレナと、メアリーも言っていました。
そんなお兄様は、女性の間では大変人気が高いのです。熱い視線で見つめている人が沢山いらっしゃるほどです。
そうやって、見つめられていてもお兄様は女性の気持ちに気づくことはないのです。
鈍感なのです。
お兄様の元へ女性が集まっているのを見ると、こう胸の辺りがモヤモヤしてくるのです。
それがなんなのかを、セレナたちに聞くと
「嫉妬じゃないでしょうか?」
「嫉妬でしょ」
即答されてしまいました。
嫉妬。
わたしはお兄様が、わたし以外の女性の方と話していたのを見て嫉妬していたのです。
「あなた、イブリスのこと好きでしょ?」
勿論です。
大好きです!
「それは、男の人として?兄として?」
そ、それは・・・。
どうしてでしょう。
「兄として」と、答えれませんでした。
それはつまり―――
「答えられないってことは、そういうことなのよ」
わたしは、妹としてお兄様を大好きなのではなく、一人の女性としてお兄様という一人の男性を大好きだということだったのです。そのことを理解したのは13歳の時でした。
それからというもの、お兄様に対する「想い」を募らせるばかりでした。
もうお兄様以外の男性とは、触れたくもないというほどです!
「婚約者」を普通は10歳のときに作るそうですが、お父様やお母様は「好きな人とさせてあげたい」と言っていらして、わたしたち兄妹に作られていないのです。
嬉しい限りです。
お兄様以外の男性に身を捧げるなど、死んでも嫌ですからね。
こんなにお兄様が大好きなので、お兄様と婚約者になれれば!と考えたことはよくあります。
しかし、この国、人間の国では、兄妹などの血縁関係者の婚姻は認められていないのです。
そんなルール、お父様の力でなんとかならないでしょうか?と考えましたが、どうにもならないみたいです・・・。
わたしはこれを知った時自室で、泣いてしまいました。
大好きな人と結ばれない、というのは一人の女性として悲しいものなのです。
そうして、泣いているとお兄様が部屋の中に入ってきて
「どうした?」
心配そうな顔でわたしの元へ来てくれました。
何か用事があって来たのでしょうけど、わたしは嬉しくて堪りません。
とても甘えたくなったわたしは
「今日は一緒に寝てくれませんか、お兄様・・・?」
いつもなら、「淑女としてもう少し自分を大切にしろ」とお兄様は言いますが、
「わかった」
と言って、本当に寝てくれました。
妹のわがままにつきあっただけだとお兄様は考えているのでしょうけど、わたしとしてはお願いを聞いてくれた、と思っています。
決して届けてはいけ無いこの想いを胸に抱きながら、夢のように素敵な時間を過ごせました。
それからも、お兄様に人目がないと甘えました。
そんなわたしを拒絶することなく、苦笑しながらも迎えてくれるお兄様がとても愛しかったです。
「もうすぐ成人になるんだから、俺から離れた方がいいぞ」
と言ってわたしのことを心配してくれているようですが、無視します。
そんなお言葉、お兄様から聞きたくもありません!
お兄様の誕生日は毎年通りに進んでいきました。
お父様お母様の表情がぎこちなかったと、気づいていたのですがその理由を知ったのは次の日のことでした―――。
「どうして、お兄様が廃嫡されて国外に出られたのですかっ!?」
次の日、お兄様のお部屋に行ったらいらっしゃらなかったので、王城のお兄様の行く場所を見回ってみましたが見つかりませんでした。
なので、お父様の執務室へ向かうお父様とお母様がいらして「お兄様が廃嫡された」という話を聞かされたのです。
それを聞いてわたしは、喜んでしまいました。
家族ではないと、公的に認められたのなら結婚できるのでは?と。
しかし、既に王城を出て王都も出ているそうです。
お兄様はわたしに教えてくれなかったのです。
何故です!?
「それは俺が止めていたからだ」
家族しかいない時に使う口調でお父様が言われました。
つまり、国王の厳命。
「そ、そんな・・・」
わたしは立っていることができず、その場に崩れるように膝をつき
「うぅ・・・」
泣いた。
大粒の涙を流した。
お父様とお母様は何も言わず、わたしのことを抱きしめてくれました。
それから数分ずっと泣いていましたが、どうにか泣き止むことができました。
「それで、だな」
お父様が顔を苦いものでも噛み潰したように顔を顰めて
「イブリスに暗殺者が向けられたらしい」
と言われた。
「《大森林》についてから、誰も行かない魔物の居ない場所がある。そこに暗殺者たちの死体が放棄されていた。山積みにされていたのだ。イブリスがしたとは思えん。切断面から見てもありえないと、騎士団長が言っていた」
現場についたときには、死体だけでお兄様はいなかったそうだ。
「イブリスに暗殺者を送った者はすでに粛清してある」
それはよかったです。
お兄様にそのようなことをしたのですから、罰を与えないといけませんからね。
それからわたしは、お父様の執務室を出て王城に来たセレナたちにお兄様がいないことを伝えました。
「そ、そんな・・・」
「なんなのよそれっ!?」
「・・・」
「ふざけてやがるな・・・!」
セレナは涙を流し、メアリーは目の端に涙をためながら怒り、アリシアは無言で俯いて、アルマは貴族達のやり方に怒り心頭のようです。
セレナたちは、大切な友達であり、魔術を教えてくれる先生であり、ライバルである少年がいなくなったことを悲しんで、貴族達がそんな友達を恐れ「国のため」と言って追放したことに怒っているのだ。
しばらくして感情を落ち着けることができたので、アルマが気になっていたことを聞いた。
「それにしても、シャルは大丈夫なのかよ?イブリスいなくなったんだぜ?」
そのことは他の3人も気になっていたのか、シャルに視線を向けている。
「え?もちろん悲しいですよ。でも―――結婚できるかもしれないじゃないですか?ほら、家族じゃなくなったわけですし」
語尾に音符がつきそうなほどだった。
それを聞いた4人の反応は
「「「「・・・」」」」
ジト目を向けるだけで、口を開き言葉を告げることはなかった。
そして誰もが喜んでいるシャルを見て
「血がつながってるんだし、結婚できるの?」
とは聞けなかった。
◇
嗚呼、愛しい愛しい最愛のお兄様。
待っていてください。
わたしがこの国を変えてみせます。
わたしがこの国の女王として君臨してみせます。
だからそれまで、恋人なんか作らずにわたしのこと――
――――待っていてくださいね?




