第十四話 そんな貴方を私は……失いたくない
◇
4月3日。
俺は明日、15歳になる。
その歳月は普通で平凡なものだった。
アルマたちと模擬戦をしたり、魔術を教えたり、シャルに甘えられたりと、そんな日常だった。
しかし―――王子としての生活も明日で最後になる。
「廃嫡」されるのだ。
そのことは、14歳になったときに聞かされた。父の執務室で悲しい顔をした父母から聞かされたのだ。シャルやアルマたちも知らないらしいが、教えるわけにはいかないそうだ。
理由を問うと、「強すぎる力は災いを運んでくるから」「脅威だから」と言われた。
「そんな迷信信じるのか・・・」と思ったが、この世界では「そんな」迷信ですら絶対だとされている。
強すぎる力は恐怖しか呼ばない、脅威でしかない、ということだろう。
俺は別に悲しんでいなかった。
王城を追い出されようが、生きていける力があるからだ。その力のせいで追い出されるのだから困ったものだが。
恐れられているということには、覚えがあった。
7歳のとき、アルマたち四大公爵家の「天才」たちを圧倒してみせたことで恐れられはじめた気がする。
それ以前も、魔術を使ったときや剣術を覚えた時、《絶対無効》の体質になった時、周りの臣下達、騎士達は怯えていた気がする。
俺が1対100という模擬戦を騎士達としたときもだ。
簡単に勝てた。負けることはなかった。
刀を抜いたのもサクヤさんだけだ。
正直つまらなかった。
超つまらなかった。
アルマと戦う方がもっと面白いだろう。
まあ、そんな感じだった。
《魔眼》を持って生まれたが故に多くの者が期待していたが、その存在が自分達の常識ではかれるようなものではなかったから恐れ始めた。というところだろう。
だから、「国のため」という免罪符を使って恐怖の対象を自分達の近くから引き離そうとしているのだ。
まったく―――傲慢だな。
この世界は、生まれた時から俺を嫌っていないか?
まあ、俺は出て行っていいなら出て行くけど。
正直外の世界を出歩けるのは楽しみで堪らない。
王城で「籠の中の鳥」みたいに居るのはつまらないからな。
◇
4月4日が来た。
この日は普通に誕生日を祝った。
何も知らないシャルは、俺に何時も通り笑顔を向けてくれる。
父母も今日だけは笑顔でいようとしている。
家族で最後の集まりだからだろうな。
誕生日を祝って、シャルが寝た頃に俺は使用人達用の出入り口から王城を出て行った。
今の俺の格好は、社交界デビューの時に着た服の黒一色バージョン。この服のデザインが気に入っていたため俺の好きな色で作ってもらったのだ。上着にはパーカーみたいに、フードをつけてもらった。
荷物は餞別に貰った1万キリルと、手に持って肩に担いでいる《天羽々斬》だけだ。「キリル」は、通貨の名称だ。
見送りには誰も来ていない。
だがそれでいいと思う。
俺は今日にでも王都を出て、《自由都市》に向かおうと思っている。
《自由都市》は冒険者の本場であり、身元不明になった俺でも過ごしやすい場所で、王都の北《大森林》と呼ばれる場所を抜けたところにある。
門の約5km先にあり、魔物が大量に生息する地域のため普通は避けて一月ほどかけて《自由都市》に向かうのだが俺は面倒なので突っ切る予定だ。
野宿に必要なご飯はその場で狩ればいいと思っているため荷物は少ない。
水は探せばあるだろ?と考えている。
テントはなくていい。
そんな軽装備で、北門を抜けた。
のんびり歩いて《大森林》にたどりつき、奥に奥にと進んで行った。
しばらく歩いていると、場所が切り替わったように、空気が変わった。
そして、開けた場所に出た。
そこは、透明な水が溜まる湖のようなものがあり、頭上を覆う木々の間からは木漏れ日が射し込む、とても幻想的な場所だった。
「きれいだ・・・」
思わず声をこぼしてしまうほどにその場所は、神聖な空気で満ちており、綺麗だった。
神秘的で、幻想的、この世で最も美しい場所だと思えてしまえる。
ちゃぱぁ。
と、そんな水音が響きわたる。
俺は、音の鳴る方を向き、ぽかん、と口をあけてその場に立ちつくした。
女の子だ。湖の中に全裸の女の子がいる。
とても可愛い。
妖精めいた儚げな容姿の小柄な女の子だ。
手脚は幼い子どものように細く、肉づきも薄い。瞳の色は純度の高い氷のような澄んだ薄い青。
水の滴る髪の色はそれ自体が輝いているようにみえる美しい金をしていて、膝辺りまで伸ばしている。
シミ一つないなめらかな、まぶしいくらい白い肌。
人間離れした美貌の持ち主である。
あまりに美しく、目を奪われていた。見惚れていた。
女の子は―――
俺を見て大きな目をぱちぱちとして、驚いた表情をしている。
何に驚いたのだろうか。俺が水浴びの途中に現れたことだろうか?
って、見惚れてる場合じゃないだろ!?
「す、すまないっ!」
なんとか意識を取り戻して、後ろを向いた。
「逃げる」という選択肢はなかった。
釈明もする気もなかった。なんていうか、こういうときはしても意味がないと前世で「ラノベ」を読んでいて思っていたことだからな。
しかし―――
「貴方は、《人間族》?」
美しく澄んだ声で、不思議な疑問を問われた。
「あ、ああ。俺は人間だよ」
普通種族を聞くことなんてない。
だってここは人間の領内だから、だ。
聞く必要もない。
「そう……久しぶり。二足歩行の生命体を見るのは……」
感慨深そうに言った。
その言葉は不思議だ。
二足歩行の生命体、それは人間みたいな獣人や魔人といった生命体のことだろう。
だが、それらを見ることが久しぶりということはおかしい。
まるで、人の居ない場所で生きているみたいな――――。
そんなことを、考えていると水音が近づいてくる。
ちゃぽん、ちゃぽん、と音が俺の方に向かってくるのだ。
(な、なぜ!?)
言葉の意味を考えたりと、冷静に見えるかもしれないが俺はこんな初めての体験をして少々冷静ではない。
普通の人間。特に男に今の状況で冷静にしろと言うのは、無理がある。
音が聞こえなくなると、服を着る衣擦れの音が聞こえた。
「服を着たから、こっちを見ても大丈夫よ。それとも、服を着ないほうがよかったかしら?」
「着たほうがいいに決まってるよ!?」
振り返る俺の耳に届いてきたのは、かすかな笑いを含んだ声だった。
女の子は、裸―――ということもなく、黒いドレスを着ている。
「ふふ、ごめんなさい。久しぶりのお話だからつい」
「ついで、からかわれたのか俺は……」
肩を落としながらため息をつく。
しかしこんな会話は、初めてのことで楽しくもあった。
「それで貴方は、どうしてこんな場所に?」
小首をかしげながら女の子が聞いてきた。
「俺は《自由都市》に行こうと思ってな、ここを通った方が早く着くから」
嘘をいう必要もないので真実を教えた。
一月かけて馬車で行くなんて面白くない。というか、馬車は乗り心地が……。
「そう。普通、人間はここに入ってこないから不思議だったの」
「そうなのか?」
こんな綺麗な場所があるのに、誰も来ないなんてもったいないと思った。
それと同じく、この女の子は、見た目よりずっと大人びているなとも思った。
「貴方の名前は?」
「俺はイブリスロード。お前は?」
王族ではなくなったので、「ローゼリンデ」が名乗れなくなったので、名前だけだ。
「私は、リリアリア……」
寂しそうな、儚い笑みを浮かべていた。
自身の名に何かあるようだが、知り合ったばかりの俺にはどうすることもできない。
「そうか、よろしくなリリア――――」
と、言おうとしたところで自身に殺気を向けられていることを感じ取った。
「―――おい、出てきたらどうだ?」
俺に殺気を向けている連中に殺気を放ち、声をかける。
何故殺気を向けられているのか、予想は出来る。
これは「居ることはわかっている」と、言外に伝えているのだ。
「バレたか」
そう言って黒ずくめの男が木の後ろから現れた。
THE・暗殺者だな。
この連中は俺を暗殺するために派遣された者だろう。
遠ざけるだけでは安心できない誰かが金で雇った、か。
ずっと居ることに気づけなかったということは優秀な暗殺者なのだろう。
「俺を殺しにきたのか」
「理解が早くて助かるな。『元』王子殿下よ、死んでもらう」
感情を感じさせない抑揚の無い声でそういうと、木に隠れていた暗殺者がさらに現れる。
(ざっと、20人か)
他に木に隠れている気配はないのでこれで全員。というか、隠れて暗殺する気はないのか?
全員が短剣を持っていることから、白兵戦タイプばかりと予測。
俺に魔術が効かないことを知っているから魔術士を雇わなかったか。
それでも――
「――そんなことで俺が倒せるとでも?」
暗殺者には無意味かもしれないが、挑発をしてみた。周りを無視して突っ込んで来てくれたら、こちらとしては助かるんだが誰も突っ込んで来なかった。
まずは、5人が俺を囲み突っ込んできた。
リリアリアは、驚いていて逃げれるような状態ではない。そのためか、暗殺者たちも俺を殺した後に殺すのだろう。
(そんなことさせるわけにはいかない!俺のせいで巻き込んでしまったんだから)
彼女は俺に会わなければ、巻き込まれることはなかった。
だから俺は絶対にひ彼女だけは守ろうと決意した。
「――二式《牡丹》」
片足を軸に自身の体を中心に竜巻のように激しく、華麗に、刀を振るう。
これは対集団用の広域範囲剣技の「型」。
俺は「刹那のうちに型を放ち納刀する」という、我流の《抜刀術》を編みだした。「二式《牡丹》」は、その《抜刀術》の型の一つで、囲まれた時の型だ。
俺を包囲して突撃してきた5人は《牡丹》の餌食となった。
峰のほうで《牡丹》を使ったため全員が気絶している。
殺すことができない。わけではなく、殺したら犯罪者になるかな?と、ためらったのだ。
その後も、同じように峰打ちで全員を気絶させた。
全員気絶させたので、リリアリアの方に目を向けると、彼女の後ろで倒れていたはずの暗殺者が起き上がり、短剣で首を斬ろうとしていたのだ。
「ッ!」
トン、とステップを踏み刹那のうちにリリアリアの後ろに回りこみ身体を盾にした。
「がっ!?」
代わりに俺が短剣を肺に突き刺された。
「イブリス!?」
リリアリアが驚いているようだが、返事を返す余裕もない。
「くそがっ!」
俺は暗殺者に、心臓に向けて体内に直接打撃を与える掌底を放った。
掌底を受けてすぐに、暗殺者は気を失ったようで倒れた。
「イブリス!!しっかりしてっ!」
リリアリアは、血を大量に流す俺の身体を支えながら地面に横たえてくれた。
目尻に涙をためている。
「ごふっ」
口から大量の血が吐き出された。
二度、三度連続して吐いた。
すでに身体を動かす力もほとんどない。
肺を刺されたのだ。前世の医療関連の本の記述から、このままでは、呼吸困難を起こし、死ぬことになる。
回復魔術を扱える人間でも、ここまでの重症だと回復不可能だ。
「ごほっ、ごふっ」
口から血をはいている俺を見てリリアリアは、悲しそうな顔をする。
初めて会ったばかりの、人間を相手にここまで悲しそうな顔をするものだろうか?感受性が強いとかそういうのか?
俺のせいで危険な目に会ったというのに、恨むことなく俺のことを心配してくれている彼女はきっと、とても優しい子なのだろう。
「イブリス、如何して貴方は私を助けたの?赤の他人。今さっき会ったばかりの関係なのよ?それなのに如何して、身体を盾にしてでも助けてくれたの?」
涙を目尻にためながらも聞いてくる。
「……人を、助けるのに…理由なんて……いるか?」
それが本当に思っていた俺の一つの気持ち。
ただただ助けたい。
「そう……そんな貴方を私は……失いたくない―――――」
妖精めいた容姿に相応しい綺麗な、だがどこか邪悪な、悲しそうな笑みを浮かべ、膝をついて倒れている俺に近づいてくる。
そして顔を寄せる。形のいい唇の隙間から、白く輝く牙がのぞく。
首元に唇が押し当てられる柔らかな感触を感じていると、数秒して彼女が俺から離れる。唇の端から鮮やかな鮮血がこぼれていた。
澄んだ薄い青い瞳を、深紅の色に染めて、彼女はそれを舐め取り無垢な童女のように、満足そうに、艶やかに、妖しくしかし、悲しげに微笑む。
「これで貴方は―――――」
リリアリアが何かを呟いていたが、聞こえなかった。
すると、身体に激痛が走った。刺すような、裂くような、焼かれているような…形容し難い痛み。あまりの痛みに意識が沈んでいく。抗うことは出来ず、意識を手放した―――。
こうして俺は、二度目の死を迎えた。




