第十二話 模擬戦(2)
◇
「イブリス本当に強かったんだな!」
模擬戦が終わり、観戦席に行く途中俺の隣を歩いていたアルマが負けたというのに楽しそうな声で言う。
模擬戦をしたことで二人の仲が深まったのだろう。
「そうか?あまり模擬戦とかしないから自分がどれほど強いのかわからないんだよ」
俺が苦笑しながら告げる。
彼にとっては、王城の中で一番自分が強いとは思っていてもそれが世の中でどれくらいの基準なのか理解していない。本で知識を得ていても、世の中の評価に関しては理解していないのだ。
「それ、嫌味か?っても、お前の場合本気で思ってんだろうな・・・」
俺にジト目を向けながらため息を吐く。
まだ出会ってから、少ない時間だがイブリスに天然が含まれていることを理解していた。
そんなことを思われているとは露ほども考えずに俺はただただ首をかしげた。
「?」
そんな雑談をして、観戦席に着くとシャル達が走って来て、
「お兄様ぁー!!」
シャルが俺に飛びついた。
いきなり飛びつかれたにもかかわらず、俺は持っていた《天羽々斬》をシャルに当たらないよう動かした。当たったら確実にシャルが怪我するからな。
「ただいま」
「おかえりなさいませ!」
ため息をついて呆れる俺を見ても、何時も通りニコニコと笑顔を返してくれる。その顔は少し朱に染まっているようにみえるが、風邪でもひいたか?
「イブリス、あなたってホントに強いのね・・・」
「はい、とてもお強いようでした」
「おめでとう」
残りの3人が俺のことを褒めてくれるが、こそばゆい感じだ。
「あーっと、それでどうしてお前たちも動きやすそうな服なんか着てきたんだ?」
話を強引に逸らした。
彼女らの格好を見たときからずっと疑問に思っていたことを聞いた。俺の思っている通りじゃ無ければいいなと、小さい希望を抱きながら・・・。
「えっと・・・」
「勿論あなたと、模擬戦するためよ!」
「ん」
当たってしまった。
彼女たちの格好からして魔術を使うのだろう。
アリシアだけは、ロッドを持っていないがどうするんだ?
「魔術使うんだよな?何級まで使えるんだ?」
「あたし達3人とも中級よ!」
魔術を扱うには、魔術の《術式構築》、魔術の発動《座標指定》、《詠唱》、《発動》の工程がある。
《術式構築》は、魔術の種類を選び脳内に魔術を構築。
《座標指定》は、魔術の発動場所。
《詠唱》は、脳内に構築された魔術を自身の。
《発動》は、魔術の名称を口にすること。
魔術の《詠唱》は、魔力を込めイメージしやすいようにと、存在しているため決まった形はなく術者によって様々。
最後の工程である《発動》によって魔術は発動する。勿論想像しやすいようにと存在する《詠唱》はなくても、イメージさえしっかり出来ていれば魔術は発動する。
そんな《詠唱》を短くしたり、無くしたりして《発動》する技も存在している。
初級、下級、中級、上級、特級、精霊級、神級と、級が上がるたびに魔力の量も難易度も上がる。
「魔力があれば出来る!」というわけでもないのだ―――。
とにかく、10歳以下にして中級を扱えるのは凄いことだ(お前がいうな!)。
10歳以下なら下級でも使えるのなら、才能があるといわれるほどだと言えば理解できるだろうか。中級が扱えるということは、天才といえるレベルにある(イブリスは自分のことを忘れています)。
「わかった。お前たちがしたいなら好きにしろ・・・」
俺に魔術が効かないことを知っていないのか?そう疑問に思いながらも、俺はまた観戦席から訓練所の中央辺りに向けて歩き始めた。
シャルとアルマは参加しないらしく、観戦席に居る。
現在この訓練所中央には、俺vsセレナ・メアリー・アリシアのチームにわかれて10mの間を空けている。つまり1対3だが、別に不公平ということもないだろう。
「さてっと、始めるか?」
あちら側も準備が出来たようなので声をかけた。
「もう大丈夫よ。それであなた、ずっと逃げ続けるだけで本当にいいのかしら?」
「ん?ああ、いいよ。たぶん問題ないし」
メアリーが返事をしてきたが、見る限り他の2人も準備が出来ている。
「それでは、始め!!」
サクヤさんの合図によってこの模擬戦も、開始した―――。
◇
イブリスは、《天羽々斬》を持ち運ぶ時のように肩に担いでいる状態の自然体でいる。この状態からでも、回避することは出来るので問題は無いのだ。
セレナは、自身より大きい何か金属製の魔術の杖を持っている。
杖、ロッドというのは、持っている者に魔術発動の補助をしてくれる。魔術の威力を上げてくれたり、魔力消費を抑えてくれたり、《座標指定》を使用者が対象を見るだけでしてくれたりと、凄い効果がある。
メアリーは、槍を持っている。魔術杖やロッドだとイブリスは思っていたようだが、その実槍だったのだ。
魔術も使うと言っていたので、魔術ありの接近戦闘をするのか。槍は魔術の補助もしてくれる優れものなのだろう。
アリシアは、《銃》を持っている。両手に一つずつ。
この世界には《魔銃》という、火薬によって弾を射出するのではなく魔力を弾にして射出する銃が存在する。しかし、遠距離から攻撃するなら魔術が存在するこの世界では「銃」という武器を使う人間はあまり存在しない。
一発の威力は魔術の方が強いが、取り回しという速度の点では「銃」のほうが優れている。
メアリーとアリシアが、突撃してきた。
10mという距離は遠いが魔術士がいる戦いならばこれが普通だ。
《身体強化》魔術をイブリス以外は施しているようで、身体能力は通常の倍以上。だから、走る速度も子供のそれではない。
「氷よ、生まれ出でて我が言葉に従え《氷を放つ球体》!」
氷系等中級魔術。
30cmほどの球体を複数出現させ、特定の氷属性攻撃魔術を無駄な詠唱なく、《発動》すらなく放つ事が出来る魔術だ。
それをセレナは、両肩辺りに出現させイブリスに向けて《氷弾》という魔術を発動させた。
一度に二つ飛んでくる氷弾をイブリスは、ゆらりゆらりと、少し身を翻すだけでかわす。どんどん撃たれてくるが、そのことごとくをかわしてみせる。《氷弾》の速度はライフル弾と同程度だというのに、その全てを見切っているのだ。
見切られているというのに、セレナ達は驚いてはいない。
アルマとの模擬戦を見て、簡単にかわされるだろうことは予想できたからだ。普通の人間には《氷弾》を見切るなんて出来るわけがなく防ぐしかないはずだが、イブリスは回避できるだろうと思えていた。
「ならっ、氷よ彼の者の元より現れよ《氷柱》!」
離れた地点に氷柱を具現化させる魔術だ。
イブリスの足元から一気に氷柱を出現させようとしたが、
「っ!?」
―――魔術はイブリスの足裏に当たった途端に消滅していった。
こうなることを予想できていなかったのか、セレナは驚愕した。
魔術が発動して対象に触れただけで、消滅したからだ。
そんな現象今まで一度たりと見たことが無い。
人間初めて見る現象には言葉を失い、何もできなくなるというがまさにその通り。
セレナの頭の中は真っ白になってしまった。
が、戦闘中にそんなことが起きたとしても待ってくれるはずもなく戦いは進んでいく。
メアリーが、槍でイブリスに攻撃した。
心臓を穿つ一突き。それをイブリスは最小限の動きで回避してみせる。
回避されたとしてもメアリーは動きを止めることなく、鋭い突きを三回放つ。三段突きと呼ばれる技を放つ。達人と呼ばれるような人の動きとは程遠いが、よく練習されている槍術。
「ハハッ、すごいな!」
イブリスは笑っている。
彼もまた強者と戦うことを望んでいるのだ。
自身が強すぎるが故に、敗北を求めているのだ。
アルマと同じような、自身を愉しませてくれる存在の登場を喜んでいるのだ。
「当たりなさい・・・よっ!」
動きを見切り最小限の動きで回避するのではなく、イブリスはバックステップによりメアリーと距離を取った。
が、その動きを読んでいたのかメアリーの後ろで援護する時を待っていたアリシアがイブリスに近づきながら銃を撃ってきた。
ドンドンッ、と銃声を双腕に握る二丁の《魔銃》から鳴り響かせながらイブリスに向かう。
魔力で創られた銃弾は、イブリスには何の意味もないがそんな無粋なことはせず完璧に見切り、回避してみせる。
右に左にと、身体を揺らし掠らせることすらさせない。
アリシアの攻撃を回避して距離を取ると
「氷よ停滞せよ《氷牢獄》!!」
セレナが魔術を発動した。
距離を取ったので自然体に立ち直ると、目の前に鋭い氷片が止まっていた。
その氷片は、イブリスの全方位を埋め尽くしてあり一歩でも動けば怪我をするだろう。
無色透明の氷刃の檻。まさに牢獄。
「これなら、どうですか・・・」
凄い、と思った。
《氷の檻》という、ただ氷の檻で対象を囲う魔術を自分で改良したのだろう。
魔術式の改良改造は、生半可な才能では出来はしない。つまりそれ相応の才能と知識がある、ということだ。
「それは、私の今の奥の手です」
荒い息を整えながらセレナがそう言う。
奥の手、確かにその通り。この牢獄から抜けるには周囲を埋める氷をどうにかする必要があるが、使用者であるセレナは、囲んでいる者が何かをする前に殺すことが出来る。
まさに必殺。
イブリスが囲まれている間に、セレナ、メアリー、アイリスは氷の後ろから包囲している。
そこから抜け出せるはずがない、そう3人は思っていた。
が―――
「いや、凄いな。だが――甘い」
イブリスはそう言って、眼前にある氷に向かって歩き出した。
普通なら氷片が身体に突き刺さり大怪我を出していただろうが、イブリスは普通ではない。
「「「!?」」」
3人そろって無傷で《氷牢獄》から抜け出したイブリスを呆然と見ていた。
ありえない、そんな馬鹿な、そう思いたいが実際に無傷で抜け出している。
「普通の人間なら、詰んでたろうけど―――俺は普通じゃないからな」
乾いた笑みを顔に浮かべる。
普通ではないことになにより自分が気づいている。
この頃は、王城に勤める多くの臣下がイブリスを恐怖の浮かぶ目で見てくる。
戦いを守護を生業とする騎士達ですら、時々そんな目で見てくる。
そう、まるで―――化け物を見る目で。
同じ人間だというのに。
王国の王族であり王子で未だ子供だというのに。
イブリスはそんなことを思い出しながらも口にしたのは別のこと。
「俺は何故かわからないが、魔力を無効化してしまうようになった。攻撃系魔術も、回復系魔術も全て。魔力で構成されたもの全てを無効としてしまう。王城ではこのことを魔力の《絶対無効》と呼ばれている。俺は《絶対防御》って呼んでるな」
イブリスは何故無傷なのかを説明した。
本当に知らなかったらしく、顔色を青くして言葉を失っている。
その意味を理解したのだろう。
イブリスには魔力で創られたモノ全てが意味をなさないと。
理不尽だと。
「で、まだするか?」
既に戦意を損失しているだろうが一応確認を、というつもりでイブリスは確認をした。
3人とも首を横に振ったのを確認してサクヤさんに視線を送った。
「これで模擬戦を修了とする!」
こうして2度目の模擬戦は終わりを告げた。
◇
「あの子たちも凄いものだな」
「ああ、連携も出来ていたし個々の力もすごいものだ」
「それにしても・・・」
「ああ。殿下の力は恐ろしいな」
「《絶対無効》、か。魔術も一切効かないのに、接近戦闘すら鬼神の如き強さだ」
「殿下は一体なにをなされるというのか・・・」
騎士達は女の子たちの強さに驚きながら、殿下の力に恐怖し戦慄していた。
「イブリスは強いな!というか、どうやってあの檻から抜けたんだ?」
アルマは嬉しそうに楽しそうに笑顔でどうやって抜けたのか、それを考えていた。
「~♪」
妹様は、ご機嫌だった。
この戦いのことが王城で、天才と呼ばれる四大公爵家の少年少女たちより殿下は圧倒的に強かったと知れ渡ることになる。
それと同時に、臣下や騎士達の間でイブリス殿下を「危険である」「排除するべき」「王国に災いを運んでくる」などという噂も広がっていく。
そして、誰もが予想だにしない事態に発展していくのだった―――。




