第十一話 模擬戦(1)
2015/3/24タイトル変更
初戦闘回。
◇
舞踏会が終わってから、イブリスとシャルは早く寝るようにといわれた。子供は遅くまで起きていては駄目、ということだろう。
今日はくたくたに、泥のように疲れきった日だった。
「今日はお疲れ様でした、お兄様」
自室のベッドの上でシャルと並んで腰掛けている。風呂上りのシャンプーの甘い匂いを漂わせて、パジャマ代わりに何故かイブリスのシャツを着たシャルが、イブリスにもたれかかりながら言った。
舞踏会の時に約束した『一緒に寝る』を履行中なのだ。
別に兄妹が一緒に寝ることになんら問題はないだろうし、まだ子供だから間違えを犯すこともないと父母も安心しているからなにも言うことはない。イブリスだって、妹に甘えられたら嬉しいものだがこの頃は「兄妹の度を過ぎてないか?」と思うことが多い。
「もう寝るか」
シャルの期待に答えて頭を撫でて、ベッドの中に入った。
イブリスは仰向けになり何時も通り目を閉じ眠りに入り、シャルはそんな兄の腕を抱き枕にして頭を肩にコツンと、あてながら眠った―――。
◇
真っ白な朝日が地平から顔を出し、生命が芽吹き出した草花や木々が輝きながら揺れている。四方は白亜の壁が立ち並んでいる。ここは王城の王族専用場所の庭園《幻想庭園》だ。
毎日行っている早朝鍛錬の時間であり場所。
力みのない自然体の構え。
見る者によっては、ただ立っているだけに見えるだろう構え。
そんな構えをしていながらイブリスは――
「疾ッ」
目に見えぬ速度で抜刀し、刀を振るい納刀した。
正に電光石火の如し。
近くで見ていたとしても、気づけないほどの速さだ。
今日は舞踏会のあった日の翌日。
久しぶりの朝の鍛錬をし終えた後、身体を洗い流すため俺は自室に向けて廊下を歩いていた。
自室に戻ると、ベッドの上ではまだシャルが寝ていた。
彼女は低血圧なのか朝に弱い。だから、俺みたいに日の出前に起きるなんてことはない。
布団がめくれてお腹辺りまでしかかかっていなかったので、ベッドに近づいて布団を肩辺りまでかけ直した。
「おにぃちゃん・・・」
いつも以上にあどけない顔をして、すやすやと安らかな寝息を立てている。
まだ起きる時間でもないのでそのままにして自室にある風呂に入った。
「自室にあるなんておかしいだろ!」と思うかもしれないが王族だ。どうとでもなる。なってしまう。
風呂から出た後は、シャルを起こして朝食を食べた。
今日はアルマが来て模擬戦をする日だ。正直、模擬戦で相手になる人が団長のサクヤさんしかいないからアルマが相手になるようなら助かる。サクヤさんは団長として騎士団の訓練があるから余り戦えないからだ。
「よっ、来たぜ!」
動きやすい服を着たアルマが馬車から飛び降りてきた。
公爵家の人間だろうに礼節やらなんやら問題ないのか?
四大公爵家の馬車が正門を抜けたと報告があったので来たのだ。たぶん、アルマだろうなと思って。
事実その通りだったのだが、馬車の中からはセレナ、メアリー、アリシアもいた。
つまり全員。
その全員が皆動きやすい服を着ていて、なんだかロッドみたいな魔法発動を補助してくれたりする物を持っている。
(何故?)
いや、まさか・・・な?
「アルマ、すぐに模擬戦するのか?」
「もっちろんだぜ!どこでするんだ!?」
「騎士団の訓練所だ」
王城は広いのだが、刀剣を振り回していいところが決まっている。いろんなところで振り回すと周りに迷惑がかかるため禁止なのだ。
アルマにする場所を伝えてから俺は、壁に立てかけていた《天羽々斬》を肩に担いだ。
「それじゃ、行くか」
そう言って俺が背を向けて歩き出そうとすると
「お、おい!イブリスお前そんなでっかいの使うのか?」
「ん?ああ、そうだぜ」
俺について来ていたシャルとアリシア以外全員が驚いた顔をしている。
シャルは俺が使っているのを見たことがあるからだろうが、アリシアは見たことないはずだがどうしてだ?
「ね、ねえ、そんな武器振り回せるの・・・?」
「勿論だろ?まあ、とりあえず見てればわかるさ」
俺がいくら使えると言ったところで、信じれないだろうから自分の目で見ればいい。ということで説明放棄。面倒だった。
◇
騎士団訓練所。
中に入ると、サクヤさんがいたので使用許可を貰ってからアルマと対峙した。
アルマは剣を正眼に構え、俺は柄を空に向けて鐺という鞘の先端部分を地面につけた状態で左手に持っている。
「おいおい、イブリス構えなくていいのかよ?」
俺が構えないことに顔を顰めている。
遊んでいるとでも思っているのか・・・。
「問題ない。かかって来いよ」
俺が遊んでいるわけじゃないと理解したのか、顔を引き締めてこちらを睨むように見てくる。
対人戦というか、1vs1の模擬戦などの場合相手を睨んで身を竦ませるのは良い手だ。そうすることで、いつもの動きが出来なかったり、始まってからすぐに動けなかったりするからだ。
しかし、それが効く相手の場合は、だ。
俺とアルマ以外は観戦席でこちらを見ている。
誰も真剣を使うことに疑問を持つこともなく、傷を負う危険はあると思っていても、死ぬ危険があるとは騎士達は思わなくともシャル達は思っていないのだ。
「それではお互いに準備が出来たようなので始めたいと思う」
審判はサクヤさんだ。
俺とアルマの間は5mほどで、サクヤさんはちょうど間ぐらいに居る。
アルマは両刃の長剣と呼ぶ武器を手に持っている。《身体強化》魔術も使用しているようだ。その歳で使えるのだから、アルマも中々のものだな。
◇
「おい、今から何するんだよ?」
「マクレガーの《剣の申し子》と、殿下が戦うらしいぞ」
「不敗の殿下とか!」
「ついに負けるのか!?」
「面白そうじゃねえか?」
「ああ!」
観戦席では訓練していた騎士達も少し早いながらも休憩に入ってイブリスたちの模擬戦を見ようとしていた。
「怪我しないといいですけど・・・」
怪我をしないで欲しいと願っているセレナ。彼女は争い事が嫌いなのだ。
模擬戦という練習みたいなものだとわかっていても心配してしまう優しい子だ。
「もう、セレナは心配性ね。どっちが勝つか気にならないの?あたしとしては興味がとってもあるのよ!アルマが剣で大人達より強いのは知ってるけど、イブリスがどれだけ強いのか気になるじゃない!」
今か今かと、始まる時を待っているメアリー。彼女は心配なんてしておらず、楽しみで仕方ないのだ。アルマは騎士の家系であり生まれた時から剣を振り続けている生粋の剣士だ。だからそんな、アルマと戦う「噂」の王子様はどれほど強いのか興味があるのだ。
「・・・イブリスが、勝つ」
無表情で観戦席から見下ろしているアリシアは、イブリスが勝つことを疑っていない。初めて会ったのは昨日。「噂」では知っていたけど、本人を目にして改めて理解した。無表情をしているが内心では、喜んでいた。この人だと。この人が私の運命の人だと。この人は世界を動かす人だと。
自身の《固有魔法》でありながら自由に扱えない《予知》で―――。
「勿論です。お兄様が負けるわけありません」
胸を張りどことなく嬉しそうな顔で言うシャル。この子もまた兄であるイブリスが負けることがないと信じている。兄が周りから認められることは彼女も嬉しいことなのだ。ただ女の子から褒められていたりすると、なんだか胸がもやもやするのだが―――。
観戦席では、多くの者がこの一戦を楽しみにしていた。
◇
「鞘から抜かなくていいのかよイブリス」
「鞘から抜く前に戦いは始まってるんだぜ?」
「はぁ?」
居合いという技を知らないのか、疑問を浮かべた顔をしているが答えを教えてやる義理はないだろう。
教えたからといって、どうにかなるわけではないのだが。
「本気で来いよイブリス!!」
「ああ。―――さあ、闘争を始めようぜ」
顔に戦いたくて仕方ないといった嬉々とした表情をしながら大声でアルマが言うと、イブリスは顔にひどく不敵で、ひそやかな獰猛さを秘めた笑みを浮かべた。
「これより模擬戦を始める。では、始め!!」
サクヤさんの合図によって始まりは告げられた。
アルマはまず様子見をするようで動く様子がない。
もう一人のイブリスは――
「―――参る」
イブリスがそう言い、タン、と音が鳴った次の瞬間、アルマの胸元に白刃が迫った。
「なっ!」
驚きながらも反射的にバックステップを踏み、なんとかかわしたと思ったところに、間髪いれず斬り上げるような追撃がくる。
速い。尋常ではない速度だとアルマは思った。
アルマはその追撃を自身の武器である長剣で受けた。すると、両腕に凄まじい衝撃が走り苦悶の表情を浮かべてしまう。それでも何とか受けきることが出来、鍔迫り合いに突入かと思いきやイブリスはアルマから離れる。
(オイオイ、これがイブリスの力なのかよ。マジで強いな・・・)
アルマは「噂」で聞いたイブリスの力が自分程にあるのか気になり勝負をしかけたのだが、その実少し甘く見ていたのだ。同等の相手と思わずに、最初から劣っていると。
しかし結果はこれ。まさに足をすくわれた形だ。
それでも、アルマにとっては久しぶりの自分と互角以上に戦う相手だから嬉しくてたまらない。
アルマは「戦闘狂」ではなく、自身の力を高める強くすることに意義を感じている少年だ。
だから自分より強いイブリスと戦うことでもっと自分が強くなると考えているわけだ。
イブリスは、先ほどと同じように一瞬でアルマの元へ向かい刀を横薙ぎに振るうが、アルマは低く身を屈めることで紙一重にかわした。
頭のすぐ上を薙いでいく切っ先がアルマの髪を風で揺らす。
すかさずアルマはそのままの体勢で足を薙ぐように剣を振るうが、イブリスはそれよりも一呼吸早く身を翻している。
跳ねるように下がったイブリスは、すぐに距離を詰め、未だ立ち上がっていないアルマに上段から斬り下ろす。
転がることでその斬撃をかわしたアルマはすぐに立ち上がり体勢を立て直した。
「ふぅ、アルマ強いな?」
「オイオイ、そりゃ嫌味かよ?お前も十分つええじゃねえかよ」
「俺は、敗北を味わったことがないからな」
そんな戯言を喋りながらもアルマは相手の隙を窺っている。
イブリスの方は自然体で、開始前と同じ姿勢だ。
「お前のそれは、油断を誘っているとかじゃねえんだな」
「ん?これは自然体だぜ」
そう、自然体。
どこにも力んでいるところがなく、何をするのかいつ動くのかすら予測できない。
ある程度の実力があれば、相手の一挙手一投足や力の入り具合で次に何をするのか予測する。
勿論アルマも出来る。
しかし、イブリスにはそれが通じない。
どこにも力んでいる場所がなく、普段通り。緊張すら窺えない。
(まさに、大胆不敵ってか・・・)
こちらから向かうしかないか、そうアルマが思い行動に移す前に、
「参る」
最初と同じように宣言してイブリスが仕掛けて来た。
たん、と音が響くほど強く地面を蹴る。
次の瞬間、アルマが認識したのは刀を上段から袈裟懸けに振り下ろすイブリスの姿だった。
「っ!?」
反射的に剣で受け、弾いた。
鋭い打ち込みだったが、力ではアルマのほうが勝っていた。鍔迫り合いでは負けない、そうアルマが思っていると弾かれたイブリスが流れに逆らうことなく身体を捻ることで、斬り返してきた。その咄嗟の判断たるや、とてつもない。戦場では一瞬の判断が生死をわけたり勝敗をわけると、よくいうがまさにその通り。だから、その一瞬一瞬の判断が完璧にこなせれば、死ぬことはない。負けることはない。それは戦場でなくとも、模擬戦でも同じ。
戦闘中に敵に背を向けるという行為を、簡単に何の躊躇も無く出来る戦士はいないだろう。その行為は死を、負けを意味すると知っているからだ。
しかし、それをイブリスは咄嗟にしてみせたのだ。
(なんてやつだよっ!!)
内心悪態をつきながらも、賞賛していた。
咄嗟の判断で出来ることではない、と。
鍔迫り合いになることはなく切り込まれたので、バックステップで距離を取ると、その行動をイブリスに読まれた。
アルマが後退した分だけ踏み込んで、下段からの斬り上げ。
剣で何とか防ぎ、反撃に剣を上段から振り下ろした。
開始してから反撃できていないから初の攻撃だ。
しかし、鍔迫り合いになることなく簡単に横に避けることで回避された。紙一重、というより完全に見切っているようだ。
(くそっ!)
完全に見切られていることに悪態をついてみたものの、何かが変わることは無い。
(ハハッ、いいぜいいぜ!!)
声には出さないが、イブリスはとても楽しんでいた。
ここまで回避されるのも久しぶりのことで、嬉しいのだ。攻撃を避けられるのが嬉しい、というのもおかしな話だが、イブリスの初撃を回避できる者すら少ないのだから仕方がないといえるだろう。
「まだまだ加速するぞ、アルマ!!」
「はっ!?」
なんだか気の抜けた声が聞こえた気がしたが、イブリスはスルーした。
アルマは上段からの振り下ろしが回避されたのを見てすぐに、バックステップで距離を取った。
するとイブリスがその場でぐっと屈みこむのが見え、とっさに正面からの切り込みに備えて剣を防ぐように構えた。
たん、という音はアルマに二度聞こえた。
すると、背後から刀を首に当てられた。
「は?」
「終わりだぜ?」
振り返ると、イブリスは何時も通り不敵な笑みを浮かべながら飄々とした態度でいた。
どうやったのかわからないが負けた、ということにアルマは納得させられた。
「俺の負けだ・・・」
アルマがそう言うと審判をしていたサクヤさんによって模擬戦終了と言われた。
イブリスは、アルマの首に当てていた刀を鞘にカチン、と音を鳴らしながら収めた。
こうして、模擬戦は終わりを告げた―――。
◇
観戦席では騎士達が、
「こ、これが子供の模擬戦だというのか!?」
「マクレガーの一人息子が凄いことは副団長から聞いていたが・・・」
「本当に凄かったな!」
「しかし・・・」
「殿下は、これほどまでに強かったというのかっ!?」
「マクレガーの方は汗を酷くかいていて息を切らしているようだが、殿下は汗一つ流しておらず息一つ乱していないご様子・・・」
「不敗の王子・・・」
「王子というより、その風格は王だろう・・・」
などと驚きながらも先の模擬戦の感想を口々に洩らしていた。
一方、子供達はというと、
「よかったです、怪我しなかったみたいで・・・。でも速すぎてほとんど見えませんでしたけど、イブリスくんかっこよかったです・・・」
ホッとしながらも、ちゃんと見れなかったことを悲しみながらほんの少し頬を朱に染めているセレナ。
「う~、二人とも速すぎなのよ!!ていうか、王子なのになんであんなにイブリス強いのよ!?魔術だけじゃなかったってことでしょうけど・・・。ほ、ほんのちょっとだけは、かっこよかったかもしれないわねっ」
速すぎて見れなかったことに対して八つ当たりしながらも、イブリスがとても強いことに驚き、魔術だけじゃないことにも驚き、セレナのように頬を朱に染めながらもそっぽを向いているメアリー。
「かっこよかった・・・」
何時も通り無表情をしていながらも、何処と無く嬉しそうにしているアリシア。
「はぅ、お兄様かっこいい・・・です・・・」
兄の戦闘している姿に見惚れていた妹。
4人ともが、アルマのことを忘れている感じだが事実忘れているのだ。
わざとではないが、イブリスの戦闘が子供ながらに凄いと思い目を惹きつけられていたのだ―――。
拙かったらゴメンなさい・・・。




