第十話 社交界デビュー(2)
◇
「なあ、イブリス。俺と模擬戦してくれないか?」
そんなことを急にアルマがいいだした。
俺が強いということが気になっているのか凄くワクワクしているようにみえる。
(戦闘狂か?)
別に模擬戦をすることは問題ではない。
マクレガー家の一人息子の噂は俺も聞いたことがある。
曰く「既に当主である副団長より強い」
曰く「剣の申し子」
「模擬戦をするのはいいぞ。ただ、今日は無理だな。それ以外なら俺は王城にずっと居るからいつでも来いよ」
流石に今はもう夜で、この舞踏会が終わったらすぐに寝なければならない時間帯だ。
なので今日するというわけにもいかない。
だから明日や明後日などに来い、といったのだ。
「おう!俺も基本的に家で素振りしてたりだからな、明日絶対来るぜ!」
アルマは俺が戦ってくれるとわかってか、待ち遠しいそうにしている。
「あの、本当によろしいのですか?王子なのですからなにか―――」
「王子、でもだ。今の俺はすることがないからな」
そう、子供の内に学べることは全て学んだしなにをしていても大人に迷惑をかけなければ基本的に許されるのだ。
異常な《記憶力》と《適応力》が、働いて全て理解しているのだ。
勉強に時間をかけることが無意味だというかのように。
その様を近くでみているシャルや母上がおかしくならないことがおかしいと、最近俺は思っているのだが・・・それは別の話だ。
セレナが俺に確認をとってきたが問題ない。
正直暇。
超暇。
だから、こうして『友達』と呼べるような相手ができたことは嬉しい限りだ。
なんだか前世を思い出してしまう―――。
「どうしたのイブリス?なんだか悲しそうな顔してるわよ?」
前世のことを少し思い出していると、エレーヌに声をかけられた。
顔に出ていたらしい。最近は思い出すことすらなかったからな・・・。
「いや、なんでもない」
何時も通り軽薄な笑みを浮かべながら飄々としていると、アリシアが俺の傍に寄ってきて―――
「・・・ん」
―――抱きついてきた。
「え」
「は」
「な」
などと声があがっているが、
「どうした?」
俺は平然と言葉を発していた。
別に抱きつかれることはシャルで慣れているので慌てることはない。
「慣れって凄いな」とも思うが今はそんな時ではない。
どうして抱きついて来たのかそれを問わねばならないだろう。
「・・・なんとなく、こうしたくなった」
要領を得ない言葉がでてきた。
「あ、あの、アリシアさん。そ、そんな風に男の人に抱きついちゃダメですよぉ」
「こらアリシア!なにしてんのよっ!?」
「おいおい、なにしてんだよ・・・」
セレナは顔を真っ赤にして。
メアリーは、驚いた顔で。
アルマは呆れた顔で。
普段の彼女はこんなことをしない。
だから表情に余りでていないが揃って驚いていたのだ。
しかし、そんな中ただ一人アリシアが、抱きついていることに怒りを抱いている者がいた。
それは――
「なにをしているんですかっ!?お兄様から今すぐ、離れてください!!」
――シャルロットだ。
彼女にとっては、兄であるイブリスは頼れる存在であり家族で大好きな人だ。
そんな彼が、まだあって間もないような人に抱きつかれている。
なんだかお兄様が他の人のものにされてしまう、そんな気がするのだ。
そんな焦燥を感情を感じてしまったからだろうか、いつものシャルとは違い兄であるイブリスに抱きついている少女に怒ったように、いや実際怒りながら話しかけたのは―――。
シャルは、イブリスの元まで行くとまずアリシアを後ろから引っ張った。
「う~!離れてくださいっ!」
「・・・いや」
力を入れて引き離そうとしているが、アリシアも離れまいと力一杯イブリスにしがみついている。
しがみつかれているイブリスは、自分ごと引っ張られる感覚を覚えたので《魔力強化》をして踏ん張った。
引き離すことができないと気づいたシャルは、アリシアの抱きついている前側ではなく背中側に抱きついた。
できないなら、同じことをしてしまえ!ということだろうか。
「シャル、アリシア・・・離れてくれないか?」
可愛い美幼女というべき彼女達に抱きつかれて役得!というのもあるのだが、正直周りの目が痛い。
Mなわけじゃないから辛い。精神的に。
外聞的にも危ない気がする。
「アリシア、あなたお兄様から離れなさい」
「や」
「お兄様はわたしのものなのよ!!」
なに口走ってるんだ、シャルよ。
妹に大切に思われているようで、兄としてはうれしいのだが・・・。
「ね、ねえ、シャルってもしかして・・・ブラコン?」
「みたいですね」
「だな!」
おい、外野だからってのん気に雑談するなよ!
俺を助けろよ!!
「なあ、お前ら。俺を助けて」
「「「断る」」」
「おいっ!?」
外野に頼んでみたが無意味だった。王子なのに!王子扱いするなっていったの俺だけど!
どうすればいいのか俺は自身の脳をフル稼働させて思考した。
そして閃いたのは―――
「シャル、今日は一緒に寝るから離れてくれ・・・」
「はいっ♪」
シャルがして欲しいだろうことをしてあげることだ。
シャルはよく俺に「一緒に寝ましょう!」といってきていたので、それを叶えてあげた。
勿論すぐに離れてくれた。
「アリシア、どうしたら離れてくれる?」
「・・・頭、撫でて」
アリシアはどうすればいいかわからないので、本人に確認した。
こういうときは、潔く聞くしかない。
とりあえず、シャルを撫でるときのように頭に手をポンっ、と置いてさらさらの青い髪を梳くように撫でた。
アリシアは、気持ちいいのか目を細めながら口元を緩めている。
「これでいいだろ?」
「ん」
約束どおりちゃんと離れてくれた。
かと思いきや、俺の服の裾をつまんで離さない。別に邪魔になるわけじゃないので、そのままにする。
「イブリス、アリシアに懐かれてるな!」
「ですね。アリシアちゃんにそんなに懐かれてる人なんて、初めてじゃないでしょうか?」
「イブリス、あなたなにしたのよっ!」
「知らねえよ・・・」
そう知るわけがない。
会ったのが今さっきで、抱きつかれたんだ。
「しかし、こんな風にタメ口で話すのはシャル以外じゃお前らが初めてだな。『友達』っていうのも初めてだ」
俺は王子というせいか、王城ではシャル以外で気を抜いて話せる相手がいない。
父上母上とは敬語で喋るので遠く感じ、臣下達は俺を《王子》としてなにより貴重品を扱うかのように接してくる。
それが悪いわけじゃない。虐待や心無い言葉をいわれるより、俺はよっぽどマシだろう。
王城の生活は「つまらない」。
こんな豪華な生活ができるのだ。誰もが羨むことなのだろう。
それでも俺には「つまらない」ことでしかない。
ただただ、ストレスが溜まる。
だからだろうか、前世に比べて性格とかが変わった気がするのは―――。
転生してから『友達』が今日初めてできた。『友達』という存在と話すことがこれほど俺を楽にしてくれるとは思っていなかった。
前世ではそれすら理解せずに、いることが当たり前になっていたが、転生してから『友』のありがたみ、というのを感じた。
「王子様だからしかたねえんじゃねえか?まっ、俺としてもイブリスと『友達』になれてよかったと思うぜ」
「私もですよ」
「あたしもよ!」
「ん」
◇
しばらく、アルマたちと話していると終わりがきたようで父上が閉会の言葉を告げていた。
舞踏会なんて、楽しくないだろうと思っていたがこうしてアルマたちと出会えたのでいい思い出になった。
時々、王城に遊びに来てくれるらしいので暇とは思わなくなるんじゃないだろうか?
アルマが俺と戦えるのか楽しみだ―――。




