居眠り姫。
完全に遊びでやった。後悔はとっくの昔にしている。
……あ、なんかごめんなさい。見てくれてありがとうございます><
「―――――――であるからして、この式はこの公式を使用し…」
数字が脳内を埋め尽くしゲシュタルト崩壊を繰り広げる数学の時間は、わたしにとってはお昼寝の時間のひとつです。数学だけではなく他の教科でも同様に眠りこけているわたしですが、この時間は格別で、子守唄のような先生の声を聞きながら甘い誘惑を囁く睡魔へとわたしは身を委ねるのです。
…先生ってお喋りする仕事をしているからか、心地よい声をしている方が多いですよね。
…え、そう思うのはわたしだけ?
先生が面白いことを仰ったのか、クラスメイトの人たちがクスクスと控えめな笑い声を挙げます。……あぁ、安心しますね。爽やかです、涼しげです。笑い声ほどこちらまで楽しくなることは無いのですから。
うとり…、いけません。このままでは確実に意識がブラックアウトします。起きないと授業内容がわかりませんねぇ。あぁ、でも……本当に眠い。
おやすみなさぃ。
「―――――――、―――――――――――!!」
「――――――――――っ!――――!!」
……うるさい。
誰かと誰かの怒鳴り声が聞こえて、わたしは重たい瞼を閉じたまま意識を覚醒させます。机にうつ伏せている体制も直さず、聞き耳だけを立てて周囲の状態を把握することに努めました。
「いい加減に彼等に付き纏わないで! 今の生徒会の現状知っている!? 仕事も出来ていないのよっ、それもこれも全部あなたのせいじゃない!!」
「そんなっ…、私はただ彼等の友達になりたいだけだわ! 孤独で淋しいって言っていたもの!!」
…どういう状況でしょう、これ。
しばらくうなって考えます。そしてこの声が最近聞いたことあるものだなぁということに気づき、わたしは内心ため息を吐きました。
声が大分近いと思えば、あれです。お隣さんです。
数ヶ月前に転校してきた少女が居たのですが、どうやら彼女面白いことに次々人気のある男子生徒の心を射止めたらしく、ファンだった女生徒がいじめやらを始めて学校が相当荒れています。たった数ヶ月であっというものです。現在進行形です。噂では生徒会が仕事をしていないとか、風紀委員会が働きすぎで倒れそうだとか言われていますが、噂ですから真実だとは限りません。けれどこの学校の荒れ具合が彼女一人の為に巻き起こされていると言うのは事実です。
ただいま彼女に忠告と言うか警告と言うか、を行った生徒は親衛隊の方のようですね。
……まぁ、いいんですよそんな事。わたしには関係ないですから。学校が荒れても廃校にならない限りは卒業できますし、卒業さえ出来れば目的は達成なのです。
――――――けれど、うるさいので眠れないんですよね。
……嗚呼、うるさい。うるさい。煩い。ウルサイ。
「五月蝿い、黙れ」
思わず口をついた声が、騒がしい教室に響きました。
いつもよりずっと低く冷たい声に、皆さん沈黙してわたしを見ます。中には顔が真っ青になっている人も居て、少し心配になりました。明らかにやらかしてしまったという顔をしているのですが、どうしたんでしょうね皆さん。
まぁ、いいでしょう。とりあえずわたしは、わざわざ睡眠時間を削って起きた用事を済ませてしまいましょう。そうすればまた静寂が戻り、気持ちよく寝ることが出来る筈です。
「生徒会が働いてないのは、事実」
いくら庇おうとそれは真実であるのだから認めてしまえばいいのに、とそう思えば、そんな話証拠も無いのに信じられるわけ無いじゃない、と返されました。
「ならば風紀委員会は何故あそこまで疲労している? 教師は生徒を酷使しない。理事長のせいにするのも持っての他。そもそも風紀委員会がそれほど忙しいならばどうして生徒会はいつもあなたの傍に居る?」
彼女は沈黙するしかないでしょう。実際彼女は黙り込み、わたしを睨むと、激情したように叫びます。怒鳴ります。……何を言っているか描写が必要ですか? 面倒くさいのでさくっと通るのです。
とても簡単に言えば彼女は知らなかったようです。生徒会が働かなかったことも、彼女のせいで傷つき学園を去った者も。知っていようがどうであろうがどうでもいいのですが。
…邪魔なのです。わたしの眠りを妨げる者も、そんな環境も。そもそもこの学園はわたしの安眠の為にあるようなものですから、怨まれるのも見当違いですよね。
「だからいらないモノは消去、っと…」
それでは皆さんおやすみなさい。今度こそ邪魔されず楽しい夢を見れたら良いですねぇ。
青い顔したクラスメイトに挨拶をし、わたしは再び机にうつ伏せになって眠ることに専念するのです。…壊れてしまった女生徒? さて、どうなるのでしょうかね。わたしがいらないと思ったものは理事長が勝手に連れて行くので知りません。
……おやすみぃ。
『眠り姫』と呼ばれる理事長の孫娘が完全に眠りについたのを確認して、クラスメイト達は安堵したように息を吐いた。そして起こさないよう音を抑えながら小さく会話を交わす。
この学校では恐れられている彼女。理事長は彼女のためだけに小等部からのエスカレート式学園を建てたといわれている。けれど彼らは、決して彼女が嫌いなわけではないのだ。
―――――決して起こしてはいけない眠れる獅子。
しかし、彼女の眠る姿は学校名物と囁かれるほど可愛らしい小動物のようなものであるのから。
……クラスメイトの中には彼女の餌付けをしている者達がいるということは、また別の話。