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ひみつの絵理ちゃん

 アキラくんは俺の顔を見て、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに顔を背けた。


「マミちゃん、そろそろ出ようよ」

 アキラくんが伝票を持って立ち上がった。しかしマミちゃんは聞いちゃいない。


「全日本走ってる尾崎選手ですよね!」

 アキラくんを押し退け、こちらのテーブルにやって来た。


「えっと、一応そうですけど……、よくご存知で」

 高校生で全日本ライダーってんで、テレビに出たこともあるけど、顔なんてほとんど知られてない。サーキットならともかく、街中で気づいてもらえるなんてこと、まずなかった。


「私、前からファンだったの!わー、本当に浩くんだぁ。あっ、ごめんなさい、浩くんなんて馴れ馴れしくて。でも私、テレビとか出る前のノービス時代からずっと応援してたの!」


 マミちゃんは一人で大喜びして、機関銃のように捲し立ててくる。

 こんな場所で俺に気づくぐらいなんだから、よほどのレース好きなのは間違いないだろう。


「マミちゃん、もう行こうよ」

 アキラくんは早くこの場から立ち去りたそうだ。俺としても早く立ち去ってほしい。愛美が戻ったら面倒だ。

「ええ~、だって本物の浩くんだよ」

 マミちゃん、勝手に俺と対面の絵理ちゃんの横に座ろうとする。

「ねえマミちゃん、このあと、映画観るって言ってたじゃん。そろそろ行かないと間に合わないって」

 アキラくん、マミちゃんのを掴んで連れ戻そうとする。

「ちょっと、やめてくれる?映画観たかったら一人で行けば?」

「マミちゃん……?」

「それから『マミちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ばないでくれるかな?なんか、勘違いされても困るんですけどぉ」

「マミちゃんだってオレのこと『アキラくん』って呼んでるじゃないか」

「これは失礼しました、『木村さん』」

 マミちゃんは如何にも面倒くさそうにアキラくんにバイバイと手を振り、俺に向き直る。

「あっ、浩くんは『マミちゃん』って呼んでね」

 満面の笑顔を向けられた。


「だけどこいつ、さっき言ってた美香の元カレの最低のレーサーだぞ」


 いやいや、近所の先輩ってだけで、元カレじゃないし。


「あのね木村さん、スッゴく失礼なんですけどぉ。公道で暴走してるだけのお山の大将が、本物のレーサーに張り合ってどうするんですかぁ?美香が愛想尽かすのもわかるわ」


 マミちゃんもそこまで言わなくても……、仲良くしようよ。


「おい、おまえ!」

 アキラくん、俺に向かって「おまえ」と呼んできた。まあ何でもいいけど、早くマミちゃんと仲直りして。


「茶臼山じゃオレの方が速かったよな。オレのハリス・ドカにケツ追われてたろ!」

 こだわりはそこなの?

 あまりよく覚えてませんが、アキラくんがそう言うならそうです。でもケツは許して。って、アキラくんケツ好きなの?いえ、何でもないです。アキラくんは早いんだ。そうか早漏なんだ。


 アキラくんはすっごい怒った顔して、まだなにか言おうとしたけど、マミちゃんの方がもっと怖い顔になっちゃってる。


「もう、いい加減にしてよ。恥ずかしいわね。浩くん、困っているでしょ。バッカじゃないの?」

 困ってるのはマミちゃんにもなんですけど。

 マミちゃん、アキラくんに見せつけるように俺に体を擦り寄せて来た。なにこれ?美香さんより大きいぞ。


「やっぱり本当のライダーって、体鍛えてるんですね。お山の大将とは大違い」

 再びアキラくんを振り返り、冷たく言う。

「あら、まだいたの?美香もつきまとわれて困ってるって言ってたけど、本当ね。人生相談はもうおしまい。自慢のハリス・モドキでも抱いて寝れば?」

「ハリス・モドキって、なんだよ。オレのは本物のハリスフレームにパンタ系デスモドローミックバルブで、ぶつぶつ……」

 なんかアキラくんが呪文のような言葉をぶつぶつ言いながら背を向けて離れて行く。あっ、ちょっと、伝票忘れてますよ!


 それより愛美が戻る前に、このマミちゃんをなんとかしないと。お願い絵理ちゃん、もう一度助けて。


「そろそろ愛美先輩が戻ってくる。私はこれで」

 ちょっと、絵理ちゃん、私はこれでって、助けてくれないの?


「あら、こちらの可愛い子は?もしかしたら妹さん?」

 マミちゃん今ごろ気づいたの?

「はあ……、まあそんなようなものです……」


「とっても可愛い妹さんね。学校はどこ?」

「白百合女子……」

 まじめに答えなくていいから、口下手なお兄ちゃんに代わって、ビシッと言ってやってくれ、絵理ちゃん!


「そうなんだ、お嬢様ね。って私も白百合女学院出身なんだけど。私の後輩ね。だけど、お兄さんかっこ良過ぎるのも困りものでしょ。どんなに好きでもお兄さんとは恋人になれないもんね」

 いや、絵理ちゃん挑発してどうすんですか?


 あら?絵理ちゃんの顔色、変わった?


 絵理ちゃんがマミちゃんを睨みつけている。いつもの無表情なんだけど、なんか違う。なにが違うかと言われても困る。顔色が変わったみたいとしか言えない。そんなことより、もうすぐ愛美が戻る。どうしたらいいの? 

 

「私はこれで行きますが、あなたも早く消えて下さい。これ以上お兄ちゃんに近づくと……」

 マミちゃんが「どうするっていうの?」と言いたげに俺に腕を絡めてくる。

 まあ、まあ、ふたりとも落ち着いて。

 絵理ちゃんが、何かをマミちゃんに見せたみたいだ。なに見せてるの?


「本当に消えることになる」


 無表情でなんか怖いこと言った気がする。

 そしてなぜかマミちゃんは、顔面蒼白になってもとの席に戻って行った。


 あれ、どうなってるの?絵理ちゃん、なに見せたの?


「べつになんでもない」

 なんでもないことないよね。マミちゃんの様子普通じゃなかったから。お兄ちゃんにも教えて。


「べつにただの生徒手帳」

 絵理ちゃんは白百合女学院の生徒手帳を俺に見せてくれた。べつに変わったところはない。


 写真写り、やっぱり可愛いなぁ……。


 俺のつぶやきにちょっと恥ずかしそうな顔をした。その表情がまた可愛くて、絵理ちゃんの許可を得てパラパラとページをめくってみる。


 へぇ~、部活三つも掛け持ちしてんのかぁ。写真部と、空手部、あっ、これは愛美に無理やり入らされたな。それとこの白百合淑女倶楽部ってのはなにするクラブ?


「べつにただお茶するだけ」

 そうなんだ、変なクラブだね。

「私もそう思う……だからみんなには内緒」

 わかった、愛美にも言わないから。


 絵理ちゃんはもうおしまいと生徒手帳を取り返すと、てくてくと店を出て行った。


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