リピート(繰り返し)
レーシングライダーなどと言うと、華やかなイメージを抱きがちだが、実際は大半が切羽詰った生活をしている。
元々別の仕事を持っていて、そちらでしっかり稼いでいるか、家が余程の金持ちでもない限り、生活を切り詰め、通帳と睨めっこしながらいつまで続けられるか喘ぎながらやっているのが実情だ。全日本レベルでは、レースで生活するなど夢のまた夢、世界をみても、トップクラスの、しかも一部のスター選手しか経済的に恵まれているとは言えない。
当然、全日本一年生の俺など、生活は親に食わしてもらっているので飢える心配はないが、普通の高校生のように青春を謳歌してる余裕なんてない。まあ普通の高校生よりも充実した生活をしていると思っているので、悔しいとかさみしいとかは全然思ってないのだが。たぶん甲子園とか全国大会めざして部活に打ち込んでいる連中と同じだと思う。
普段は、学校が終わるとチームを運営するバイクショップでバイトする。練習走行やレース前後に以外は、自分のバイクを触る暇もない。基本、転ばないように心掛けている。転ぶと体より、財布が痛いからだ。レースや練習走行のない休日もだいたいショップでバイトしている。バイト代はほとんど貰えない。それでも俺は恵まれているとおもっている。
レース活動を続けるには、夏休み、冬休みに行う肉体労働のバイト代を足しても当然資金は足りないのだが、全日本に出場するようになってからは、店がサポートしてくれているのだ。
全国各地で開催される全日本シリーズは、俺のバイト代など遠征費の足しにもならない。宣伝広告費としては、最低のコストパフォーマンスであるが、文句いいながらも支援してくれる社長には、本当に感謝している。本当だ。
従って俺は、遊びや流行のファッションなんかにもわき目も振らず、一年365日レース一筋に打ち込んでいるのだ。
とは言っても、俺も人の三倍元気な高校生。たまには女の子とデートしたいと思うのは自然な事。夏休みのとある一日ぐらいバイト休んで青春したって、神様も許してくれるハズだ。社長には内緒だ。(先週はあくまでも鈴鹿に練習走行に行ったのであって、デートなんぞしていない)
待ち合わせ場所の名古屋の中心部にある公園の噴水前についたのは約束の30分も前。だが、すでに愛美も来ていた。彼女も気合い入っているとみえる。例の二人はいないようだ。
よっしゃあ!邪魔者はいないぞ。今日こそ一気に最後までだ!
因みに最後までとは、高校生の考える最後までのことで、当然それ以上のプレイまでは期待していない。想像した奴は汚れている。
都会の繁華街など、バイクにのめり込んでからほとんど行ったことのない俺と違って、愛美はこの近くの写真機材店によく来てるらしい。
とりあえず、愛美の案内でよくきてるらしい喫茶店に入った。二人ともアイスコーヒーを注文して、先週の帰りに、先輩ライダーに焼き肉定食奢らされた事とか、あの人はいい人なんだが、万年B級で性格が僻みっぽくなったんだなどと話していた。
ウェートレスのお姉さんがアイスコーヒーを運んで来て、愛美になにか言った。どうやら電話が入っているようだ。なにやら嫌な予感する。
「ちょっとごめんね」
愛美は席を立って、カウンターの電話のところへと向かった。
ぼけーっと、外の人波を眺めていると、
あれ……?
今なんか気になる人影が……目を凝らすと既に消えていた。
「ごめん、浩。さっきお店にカラーポジフィルム現像に出して来たんだけど、ちょっと問題あるみたいなの」
なんか怪しいぞ、だいたいどうして愛美がここにいる事がわかったんだ?
「たぶんよくここで仕上がるの待ってるから、電話してくれたんじゃない?すぐ戻るから待ってて」
そう言い残して、慌てて行ってしまった。
う~む……絶対おかしい。さっきの人影といい、なんかイヤな予感がする。俺は窓の外をもう一度凝視した。だがやはり何もない。普通の繁華街の風景だ。
アイスコーヒーを飲もうと正面に向き直すと、
「おわっ!!!」
なんと愛美の後輩、絵理ちゃんがいた。
「絵理ちゃん?なんでここにいるの?」
「べつに」
「べつにじゃないよ。おかしいでしょぉ!そこは愛美が座ってた席でしょぉ!」
「べつにかまわない」
いやかまうから!愛美が戻ったらまた揉める。って言うか、また邪魔しに来たわけ?
と言う事は亜理沙ちゃんも……?まさか、さっきの電話は……。
「……」
また白百合の騎士かよ!なんで俺の邪魔するんだよ!俺の事、嫌いなのか?
「浩さんのことは嫌いじゃない。どちらかと言うと……」
つまるな、また誤解される。
「愛美先輩にイヤらしいこと、して欲しくないだけ」
俺がいつイヤらしいことしたんだ?まだ何もしていないぞ。
「でも、したいと思ってる」
否、高校生らしい健全な交際で、縄とか蝋燭なんてまだ早いとちゃんとわきまえてるぞ。
「やっぱり」
やっぱりってなんだ?俺がそんなイヤらしいことするとでも思ったのか?
「思った」
わかったから、もう行ってくれ。約束する、イヤらしい事はしない。目隠しも鞭も使わないから。愛美がもう戻る。
「大丈夫。あと45分は戻らない」
なんでわかるんだ?急に戻るかも知れないだろ?
「わかる」
おそらく、亜理沙ちゃんが写真機材店で何か工作しているんだろう。仮にトラブルが発生して予定より早く戻る事態が発生しても、なんらかの方法で連絡が伝わる仕組みになっているらしい。
とりあえず、突然愛美が戻って来る心配はないとみていいだろう。
俺は、ひと息ついて、冷静に状況を分析した。
この子たちは、連携して俺と愛美のプレイ、否、デートを邪魔しようとしている。しかし、亜理沙ちゃんはわかるが、絵理ちゃんまで何故?絵理ちゃんは先週味方に取り込んだはず。
まさか絵理ちゃん……、絵理ちゃんまで愛美のことを?
俺の頭に、愛美が美少女二人をはべらせて、女王様のように振る舞っている姿が浮かんだ。
なんてことだ。そんなのあんまりだ。俺も仲間に入れてくれ~!
いかん!そんな妄想をしてる場合じゃない。このままでは、先週と同じだ。俺の計画がぶち壊しになる。
ウェートレスのお姉さんが水を運んで来る。絵理ちゃんは何も注文しない。お姉さんは慣れた様子でそのまま行ってしまった。絵理ちゃんもここにはたまに来ているらしい。
絵理ちゃんは、じっと俺の顔を眺めている。この子の前では油断できない。一瞬でも隙を見せたら、写真に撮られてしまう。俺も目を逸らさないように絵理ちゃんの顔を見つめた。
…………………
なんか二人で見つめ合っていると、他人から見たら勘違いされそうだな。
というかこの子、前にも思ったけど無表情なのにけっこう可愛い……。
可愛いだけにずっと見つめ合っていると、こちらが恥ずかしくなる。
…………………
ダメだ、集中力が続かない。
「へえぇ、そうなんだ」
絵理ちゃんの背後の席の、カップルの会話が耳に入って来る。
「もう忘れちゃいなよ、あの子のことなんて。女なんて、他にいっぱいいるぞぉ」
「うん、マミちゃんに話したら、すっきりしたよ」
フムフム、失恋の傷を慰められてるうちに、新しい愛が生まれるってパターンだな。
やめときゃよかったんだが、沈黙に耐えかねて(面白そうだったんで)、つい聞き耳を立ててしまった。
「でも元カレか何か知らないけどさぁ、その新人のレーサーって、最低だよね」
たまにいるよな、デビューしたての新人のくせに、やたら女に手だす奴。
「あんな奴、茶臼山で走っていた時は、オレの方が速かったんだぜ」
………?
「今だって、オレのハリス・ドカなら、鈴鹿じゃ厳しいけど、峠なら負けない」
ハリス・ドカなんてバイク、知らないけど、最近の峠じゃいっぱい走ってイルノカナ……?
「すごい、アキラくん。それに私も本当は彼女のこと前から好きじゃなかったんだ。バイクなんて全然興味なかったくせに、『女子ライダーがカッコいい』なんて雑誌の記事見たら急に免許取るなんて言い出して、超ミーハーなのよ、美香って」
アキラくんと美香ッテ子モ、イッパイイルンダナア……
絵理ちゃんも気づいたみたいで、振り返って後ろの席を覗こうとする。
「絵理ちゃん、覗いたりしちゃダメだよ」
小声で止めようとしたが、手遅れだった。というより俺の小声にマミちゃんが気づいた。
マミちゃんと目が合った。
「……あっ、尾崎浩だ」
マミちゃんが現実味のない声で呟く。
アキラくんも振り向いた。
やっぱりあの“アキラくん”だった。