絵理の初恋
愛美たちの乗った観覧車が、もうそこまで降りてきているというのに、俺は美香さんにべったりくっつかれている。
さあ、この窮地をどう切り抜ける?落ち着け、俺。必ず方法はある。
え?つき離せばいいって?できるはずがない。美香さんは俺に腕を絡め、豊かな胸まで押しつけているのだ。ファンは大切にしなければならない。
ここからでも、愛美の表情までわかる。幸い亜理沙ちゃんが、反対側に視線を逸らしてくれている。あの子にそのつもりはないだろうが、ナイスバックアップだ!
感心してる場合じゃない。振り向かれたらお終いだ。愛美は俺を冷たく扱う癖にヤキモチは人一倍だ。こんなとこ見られたら、たぶんボコボコにされる。
絵理ちゃんが睨みつけている。根暗少女の視線が怖い。俺の無実を証言してくれ……なさそうだよね、その目は。
「えっと、アキラくんは追わなくてもいいんですか?」
ダメもとで美香さんに言ってみる。
「あいつとは、そんなんじゃないわ。実はつきまとわれて、困っていたの。、私、浩くんに守ってもらおうかなぁ?」
「そうなんですか?面倒くさそうな人に見えましたが?」ってそのまま言ってどうする俺のバカ!愛美たちは、降り場エリアに入ったぞ。最終コーナーだ。万事休す。
「あの!お義兄さんにベタつくの、やめてくれますか!」
えっ、おにいさん?
「姉がもう戻ってきますんで、早く離れて下さい」
姉?絵理ちゃん、なに言ってるの?
突然の絵理ちゃんの話についていけない俺。しかし美香さんはなんか理解したみたいだった。
「あ、あら、そういう事だったの?ごめんなさいね、浩くん。デートの邪魔するつもりなかったのよ、本当よ。浩くんまだ若いから……」
美香さんは少し慌てたようだったが、すぐに大人の余裕みたいな態度でメモ帳を取り出すと、電話番号を書いて俺に手渡した。
「可愛らしい義妹さんね。でもこんな可愛い義妹がいつも一緒にいたら、いろいろ彼女とできない事とかあるでしょ?困った事あったら電話してね」
手を振って立ち去る美香さんに、俺も手を振って見送る。反対の手を絵理ちゃんに握られた。と思ったら、彼女は美香さんからのメモを奪うとその場で破り捨てていた。
まあ間一髪で絵理ちゃんに救われた訳だが、この子は俺を本当に助けてくれたのだろうか?そして、絵理の姉の正体とは?
「お待たせ~ぇ!浩たちも乗ればよかったのに」
俺の推理では、こいつが怪しい。
「どうしたの?汗いっぱいかいて。誰かいたみたいだけど?」
「実は、俺を取り込もうと悪の組織が狙っていて」
ますますの疑いの目を向けられる。
「浩さんのファン。サインして、記念撮影頼まれただけ」
おぉ、絵理ちゃん、ナイスフォロー。
「ふぅ~ん、まあ、鈴鹿なら浩の顔知ってる人もいるかもね。街中じゃあ誰も気づかないだろうけど」
たぶん日本じゃ街中にケニーロバーツいても誰も気づかんわ。
「先輩、お弁当食べましょう。ありさ、三人分作ってきましたぁ!」
三人分って、数あってないよね?
「ゴメンね、この子悪い子じゃないんだけど、あまり男の人に慣れてないから」
いや、露骨に俺を無視してますよね?
「愛美さまに気をつかっていただけるだけで、浩は幸せでございます」
なんか俺、壊れていってねぇか?
「亜理沙も意地悪言わないで四人で食べよ」
完全にレースを支配してるのは、愛美だな。
売店の前で、お手製弁当を食べるのもなんなんで、イベントなくて開放してるグランドスタンドにいって、四人で食べました。絵理ちゃんともなんか距離が縮まった気がして、楽しかったです。めでたし、めでたし。
しかし、その後は相変わらずで、亜理沙ちゃんが愛美を独占して、絵理ちゃんはやはり無愛想、俺は放置プレーに悶えながら時は過ぎ、本日の最終イベント『どっきりハウス』へ。
ベタだなぁ……まあ、いいよ別に。俺たちまた外で待ってるから、行っておいで。
「ゴメンね、浩。次回は水着持って来るから、プール入ろうね」
そうだ!なんで今回の計画に思いつかなかったんだ。プールなら放っとかれても、眺めているだけでも楽しめたじゃないか!
「ありさ、嫌です。こんな奴に水着姿晒したくないです。先輩が穢されるのも許せないです」
おまえら、まとめて俺の眼力で妊娠させてやるぞ。
「やっぱり最低のケダモノです」
なんだとぉ、最速のケダモノと言ってくれ。
「絵理も最後ぐらいつきあいなさい」
とか言いながら、愛美は亜理沙ちゃんに引っ張られ、先に『どっきりハウス』へと入っていってしまった。
おいおい、おまえら、俺はともかく絵理ちゃんは仲間だろ?
また、とり残された俺と絵理ちゃん。
「どうする?」
一応、訊いてみる。
「入る」
わかってるよ。絵理ちゃんは遊園地なんて興味ないもんな。俺もこういう脅かし系の箱物なんともないし。
「入りたい」
「……?」
今、入りたい、って言った?
コクリと頷く絵理ちゃん。
「愛美に言われたからって、無理することないから。こういうのは、仲のいい友だちとか恋人同士で入るものだし。あいつには俺から言っとく」
それで愛美の機嫌を損ねようと、俺が全部悪いってことにすればいいさ。どうせ俺の完璧デート計画はもうボロボロだ。
「先輩に言われからじゃない。私が入りたい」
どうしたんだ、絵理ちゃん?消えそうな声で。
なに考えているのかよくわからない子だったけど、なんとなく顔を赤くしてる気がするぞ。
「絵理ちゃんに好きな人が出来たら一緒に入ったらいい。お楽しみはそれまでとっておこう」
なんか俺、爽やかなお兄さんって感じだぜ。照れるな。
「観覧車のところで、女の人とイチャイチャしてた写真、先輩が見たら悲しむかも?」
「……?」
もしかして、脅迫してません?
「おっぱい触ってる写真もある」
いぃっ、いつの間に撮ったの、そんな写真!?それに、あれはおっぱいなんか触っていないし。ただ向こうから押しつけてきただけで……。
絵理ちゃんは、ポシェットの開け口から小さなカメラをチラッと見せた。そういえばこの子、相手が撮られていることを意識してない、自然な表情を撮る達人だと愛美が言っていた。
まあ、どっちみち俺の甘い初デートの夢も無惨に崩れ去った事だし、この子も一日中つきあわされて、なんにも楽しんでなかったもんな。自分から入りたいって言うなら、つき合ってみるか。
そうだな、完走だけはしよう。
中は予想通りのベタな脅かし系。それでも絵理ちゃんは、こういうの初めてなのか、さっき美香さんがしてきたみたいに、俺の腕にしがみついてどきどきしてる胸を押しつけてくる。たぶん耳まで真っ赤にしてるんだろうなぁ……暗くてよく見えないけど。
「観覧車のところで、俺を助けてくれたろ、どうして?」
べつに困らせようとかじゃなく、自然と口に出た。
「……」
無理に答えなくてもいいよ。
「ソフトクリーム」
「えっ?」
「ソフトクリーム、おいしかったから……」
「そっか。じゃあまた今度奢ってやるよ。みんなで食べよう」
「先輩たちには内緒……恥ずかしいから」
薄暗い中でちらりと見た彼女の顔が、すごく可愛かった。……!いや、妹みたいな感じとしてだから!