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保健室で

 ありさが顔を向けると、空手着姿の愛美先輩はカーテンを半分ほど開け、ベッドの真横まで入ってきました。

「大丈夫?」

「は、はいっ!すみませんでした」

 ありさは、かなりテンパっていたと思います。跳びあがってベッドの上で正座すると、ただうつむいて謝ることしかできません。

 心臓ばくばく、爆発寸前です。たぶん顔は真っ赤にしてたと思います。


「あなたが謝ることないよ、悪いのは私なんだから。でもよかった。元気そうで。びっくりしたんだよ。いきなり倒れるんだから。先生にも、こってり絞られちゃった」

「す、すみません……」

 そんなこと言われても、固まったまま先輩の顔をまともに見ることもできません。

「そんなに固くならないで。もしかして、さっきの会話、聞かれたかな?」

 絵理さんのジョークのことですか?しっかり聞いてました。でも笑えません。

「心配しないで。あなたの心臓、空手で止めたりなんてしないから」

 きっと絵理さんは、そういう意味で言ったんじゃないと思いますけど……。たぶんありさをリラックスさせようとワザとボケてくれてるんだと思います。

「……」

 どう応えていいのかわからず、沈黙の間。先輩も困った様子で、ちょっと気まづい空気。


「いきなり、引っ張り出されて、脅かされたらびっくりしちゃうよね。本当にごめんね」

 そんな……。ありさが意気地なしだからダメなんです。


 また少しの沈黙。


「失敗したなぁ。いいアイデアだと思ったんだけど。一般の子相手でも自信あったんだけど、ちょっと無茶しすぎだったよね。本当にごめんね」

 先輩はもう一度頭を下げました。

 そんなに謝らないで下さい。悪いのは、ありさなんです。

「すみません……」

 たまらなくなって、ありさもまた謝ります。でも声、ほとんど出ていませんでした。またまた気まずい沈黙。


「とにかく、大丈夫そうで安心したわ。今日は本当にごめんなさいね。もし何か困ったことあったら、いつでも言って来て。あなた、絵理と同じクラスなんでしょ?また今度ちゃんとお詫びに行くから、今日のところはこれくらいで勘弁してね」


 えっ、もう行っちゃうんですか?まだなにも話してないのに。

 もっと話したいよぉ。もっといっしょにいてほしいよぉ。

 だったら勇気を出しなさい、ありさ!


「あの……」

 精一杯の勇気で、ようやく声がでました。

 先輩の顔が、少し弛んだ気がします。でも、ありさの口からは、次の言葉が出てきません。なにも考えていませんでした。


 先輩は、大きな瞳を見開いて、次の言葉を待ってます。ありさがモジモジしていると、ショートカットの小顔をちょっとだけ傾けて、優しく微笑んでくれてます。凛々しい空手着とのアンバランスさに、胸がますますドキドキします。


「……」

 しゃべりたいけど、なにをしゃべればいいんでしょう。訊きたいこととかいっぱいあるけど、変なこと訊いちゃったら、どうしよう。嫌なこと訊いたら、きらわれるかも……


 とにかく、まずは無難な話題から……、口を開こうとしたそのタイミングを、先輩が先に口を開きました。

「どうしたの?遠慮しないで、何でも言ってみて」


 えぇっと、なんだっけ?なに言おうとしたんだっけ……

 忘れちゃったじゃないですか!

 このままじゃあ先輩、行ってしまいます。なんでもいいからしゃべらなくちゃ。

「あの!どうしてわたしを選んだんですか?」

 わっ!ありさ、いきなりなに訊いてるの?


 先輩の顔が、ぱっとひまわりのように明るくなりました。

「もちろんあなたが一番可愛いかったからに決まってるじゃない」


 いちばんかわいい?ありさが?ありさが可愛いのは知ってるけど、先輩からストレートに告白されるとは驚きです。急展開すぎぃ。もう心臓が耐えれません。


「空手の演武って、一般の人にはわかりにくいでしょ?わかる人には少し型見ただけで、すぐ実力わかるんだけど、一般の女子中高生向けのデモンストレーションとしては、やっぱりインパクトに欠けると思わない?」

 いえ、先輩の演武はめちゃインパクトありましたけど。

「空手部の子同士の組み手を披露しても、観てる方には、あまり迫力感じなくない?やってる方は一生懸命なんだけど」

 で、ありさなんですか?

「そう、私もいろいろ研究したわけ。いろんな武道の演武だけでなく、手品とか大道芸とかのパフォーマンスをね」

 先輩、ありさの質問、聞いてます?

「いいから。ここからが肝心なところなの。研究の結果、観衆を惹き付けるには、ハラハラドキドキが不可欠な事を見つけたわけ。それも身近に感じるドキドキがね。部員同士で真剣白刃取りやっても、リアリティないでしょ?」

 なんですか、真剣しらナンとか、って?

「本物の日本刀を、素手で受ける技よ」

 ひぇ~めちゃ緊張感ありそうなんですけど。でも、できるんですか、そんなこと?

「本気で斬ろうとしてる相手の刀を、素手で掴むなんて絶対に無理。緻密な段取りなしでは、怪我だけじゃ済まないでしょうね。その上観客も“やらせ”とわかっているから、リアリティがないの。リスクの割りに観客は沸かないから、パフォーマンスとしては厳しいわね」

 そうなんですか。

「そんなことはどうでもいいから」

 すみません。先輩が話すんで、つい聞いちゃいました。


「それで、ほら、よくマジックショーとかで、観客から一人選んで、ステージ上げたりするでしょ?」

 箱に入れられて、切られちゃったりするやつですよね。

「あれは、タネも仕掛けも知らない観客を使うから、観てる方はハラハラするの」

 確かにアシスタントじゃあ、仕掛けあるの、バレバレですよね。

「観客なら誰でもいいってわけじゃないわ。例えば男の人だったら、ちょっと間抜けそうな人の方が、面白いリアクションしてくれるし、逆に如何にも屈強そうな男性が、驚いて腰抜かすってのも面白いかもね」

 ありさは、間抜けってことですか?

「女性の場合は、絶対美女じゃないとダメ!絵的に綺麗じゃないと様にならないの」

 わかります。

「でも、完璧すぎる美女でもダメ。サクラっぽくなっちゃって、それもリアリティないわけ」

 どうせありさは完璧じゃないですよぉ。けど、これから成長するんです!

「だからあなたみたいに、可愛いんだけど未熟っていうか、ちょっと心配って子が理想的なのよ」

 なんかそれ、びみょうです。

「それで観客は固唾を呑んで見守るって寸法。プランも完璧。私のワザも完璧、のはずだったのになあ……」

 やっぱりありさが悪いんですよね。

「違う違う。あなたは全然悪くないよ。やっぱり計画に無理があったってことね。反省しなくちゃ」



 それから先輩はしばらく空手部のこととか、自分のこととかを、いっぱい話してくれました。自慢話とかじゃなくて、失敗した話や、これからやってみたいことを楽しそうに聞かせてくれました。

 ありさは、ほとんど聞いていただけでしたが、知らないうちに緊張が解けて、いっしょに笑っていました。

 例の空手部主将の青木先輩とは、愛美先輩が子どもの頃から通っていた道場で一緒だったそうです。

 愛美先輩は中学生の頃には、すでに道場の女子では一番の実力者で、白百合女子高に入学したのを知った青木主将にさっそく勧誘されたんだそうです。


「もう、凄い噂広められちゃって、合気道部からなぎなた部まで勧誘にきて困っちゃったんだよ、あの時は。なんかクラスの友だちには引かれるし、写真部の先輩たちも、急によそよそしくなっちゃって。だってその時にはもう写真部に入部してたんだから」

 クラスの友だちが引いたのは、たぶん先輩の思ってるのとは、ちがう噂耳にしてたからだと思います。

「写真部の活動を優先するって事で、写真部にも勝手に話着けられちゃってね」

 そりゃあ空手部の青木主将って言えば、白百合倶楽部の親衛隊長って噂ですもん。写真部如きが逆らえるはず、ありません。

「まあ、私も体動かすのは嫌いじゃなかったし、青木先輩とも小さい頃からの顔見知りだったから、『ま、いっか』って感じで入部したわけよ。ほかの部もしつこかったしね」

 それで副主将なったんですか?

「そうなの!もう『やられたぁ』って感じ。上級生や他の部員に申し訳ないからって断ったのに、他の先輩方までもが私を師範代扱いするから、なんか真面目に稽古出ないわけにはいかなくなっちゃったんだよ」

 それって、羨ましいって言うか、凄いことだと思いますけど。

「去年までは有段者の先生が指導していらしたらしいんだけど、結婚して辞めちゃったんだって。で、今の顧問の服部先生は空手未経験者。だから、いつも私が手本させられるてるわけ。青木先輩も私に押し付けて(らく)してるし。本当はあの人の方が伝統空手の基本はしっかりしてるんだよ。私のは実戦的、!じゃなくて自分流にアレンジしちゃってるから、あまりいい手本とは言えないわ」


 愛美先輩は一通り空手部の先生や先輩への愚痴を言い尽くすといきなり、

「そうだ、あなた空手部に入部しなさい!」

 は?なに言ってるんですか?

「そうよ、始めるなら、早い方がいいわ。中等部の部員いないから、とりあえず仮入部でいい?」

 そんなの絶対ムリです。ありさ体弱っちいし、空手なんて向いてないです。

「弱いから、強くなるのよ。特にあなたみたいな可愛い子は、自分の身ぐらい守れないといけないわ。それからしてもいないのに『無理』なんて言っちゃあダメ。その言葉を口にした途端、あなたは自分の無限の可能性をすべて否定したことになるのよ」

 言ってることは、間違っていないと思いましたし、ありさが可愛いのも確かなんですが、丁寧にお断りしました。どう考えてもありさに空手はムリなんです。

「残念ね。まあ武道は無理強いされてするものじゃないし……」

 すみません。ほかのことならともかく……。

「だったら写真部に入りなさいよ」

 わっ、なんか上手く誘導されたような気がするんですが……

「友だちの絵理もいるから安心でしょ?」

 絵理さんとはクラスが同じってだけで、あまり親しくはないんですが……。

 それに写真なんて、撮られる事はありますが、あまり撮った事ないです。おじいちゃんがカメラ好きでいっぱい撮ってますけど。

「孫が同じ趣味だったら、おじいちゃんもきっと喜ぶわよ」

 でも自分のカメラも持っていませんし、

「カメラなら部室にあなたにも使えそうなの何台かあるから、初めはそれで大丈夫。フィルムも部費でまとめ買いしたのが、まだだいぶ残っているから心配しないで、『はい』って言いなさい」


 空手部を断ったばかりです。先輩がせっかく誘ってくれているのに、断りきれませんでした。

 これほど誘ってくれるのは、ありさを気に入ってくれてるからです。これ以上断れば、きっと嫌われてしまいます。

 うれしいのと不安なの半分半分で、気づいたら頷いていました。


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