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衝撃の出逢い

 ありさと愛美先輩が(あと絵理さんも)通うのは、白百合女子学院高等部。

 大正時代に創立されたプロテスタントの女学校が前身で、幼稚舎から大学まで一貫して『自立する淑女を育てる』をモットーに、この地方じゃカトリックの聖リリイ女学園と並び咲き競うお嬢様学校です。聖リリイは、今どき『良妻賢母』目指しているそうで、両校は昔からのライバル関係です。


 県内のほぼ半分のお嬢様が、うちの学校へ通っているわけで、中でも初等部からの生徒は、ありさもそうなんですけど、生粋のお嬢様の中のお嬢様。(絵理さんは中等部からだから、ありさの方が格上)

 中等部出身の生徒たちは、自分たちを内部生、高等部からの入学者を外部生と呼び、差別化しています。もちろん、ありさは差別なんてしません。

 割合としては、中等部からの子が多くて、幼稚舎、初等部からの生徒含めて、高等部全体の九割近くを占めてます。


 愛美先輩は、ありさが中等部三年に上がった年に高等部に入学してきたいわゆる外部生。

 でも先輩は、その行動力と精悍な容姿から、たちまち学校の人気者となり、所属する写真部に入部希望者やモデル志願者が殺到したそうで、ありさのいる中等部にまでお噂は届いていました。


 先輩にその気はまったくなかったようですが、やがて内部生の間にも先輩のファンクラブが出来るようになると、一部の内部生からは、かなり目障りな存在に写ったようでした。


 女子校というのは、封建的な階級制度があるのです。特に伝統あるお嬢様学校ほど、階級は歴然としています。


 そして、とうとう『白百合倶楽部』から、眼をつけられてしまったのです。


『白百合倶楽部』とは、正式には『白百合淑女倶楽部』といい、表向きには「白百合生としての知性と教養を身につけ、社会に貢献する淑女になることをめざす部活動」だそうですが、その実態は謎に包まれています。一般生徒では近づくことさえ許されない、その深い窓の奥で何が行われているのか、知るすべもありません。


 入部資格は『倶楽部員三名以上の推薦と高等部三年生部員全員の承認が必要』という閉鎖的で謎に包まれた部活動なのです。


 メンバー全員、みな気高く美しく、全校生徒の憧れでもあるのですが、ありさのような成金の子では、まず入れてもらえません。部員は旧華族とか、政財界の大物の御息女ばかりで、卒業生の多くは、各界の大物夫人となっているそうです。

 家柄や卒業生の力を背景に、先生方さえも逆らえないと言われています。まさに学園を支配する、裏の理事会なのです。



 一般庶民など、社会的に抹消してしまうことも可能といわれる白百合倶楽部が、なんと恐ろしいことに、外部生なのに目立っている愛美先輩に目をつけ、化けの皮をひん剥いて、さらし者にするという噂が流れました。

 そして、空手部はじめ、合気道部、柔道部などから刺客を送り込んだらしいのですが、わが校の武道部など、所詮お嬢様の習い事、束で掛かっても先輩の敵でなく、返り討ちにあい、メロメロにされたそうです。


 学園中が白百合倶楽部の報復を予想しましたが、その後何事も起こりませんでした。

 一部では「実は白百合倶楽部の親衛隊長といわれる空手部の主将が、愛美先輩に惚れてしまった」などと囁かれましたが、誰も恐くて大きな声では言えません。

 その後、なぜか愛美先輩が空手部に入部し、一年生ながら副主将になったのも、噂の信憑性を裏付ける証拠と言われましたが、真相はこれも謎です。


 その頃のありさは、そんな噂を訊いても興味ありませんでした。

 中等部の頃から、すでにめちゃめちゃ可愛かったありさは、同級生や上級生、下級生からも告白されまくりでした。

 でも、自分の事を「ボク」と言う宝塚みたいな女の人も、他人なのに「お姉さま」と呼ぶ女の子も、ありさは怖いし、気持ち悪いしで、全部お断りしてました。

 その頃のありさは、百合とかぜんぜん理解できませんでした。



 そんなありさが、愛美先輩と初めて出逢ったときの衝撃は、忘れられません。


 中等部最後の学園祭。高等部と合同で体育館で行われた、運動部の発表会でのことです。


 対外試合は、参加するだけのうちのほとんどの運動部は、この発表会こそが最大の目標で、学園祭のメインイベントでもあります。

 ライバルである聖リリイ女学園との対抗試合などもあります。

 一般から見れば、あまり高いレベルではないのでしょうが、みなさんとっても盛り上がります。


 そんな中でも、空手部の演武だけは別格でした。正しくは、愛美先輩だけが特別なんです。空手なんてぜんぜんわからないありさにだってわかります。先輩の演武は、お嬢様のレベルじゃありません。アクション映画のようです。アクションスターよりかっこいいです。


 先輩が動作を決める都度、体育館は割れんばかりの歓声に揺れます。白百合倶楽部の方々も見とれてます。


 一通り演武を終えると、先輩は客席に歩み寄り、いきなりありさを指差して手招きしたんです。


 なっ、なに……?すみません。なにも悪いことしてないけど、ごめんなさい!


 訳もわからずありさは、羨望と嫉妬のうねりに前へと押し出されてしまいました。

 先輩に手を引かれ、体育館の真ん中に立たされます。先輩はありさの頭に紙コップを載せると、さらに近づいて耳元でささやくんです。


「大丈夫だから、絶対に動かないでね」


 わっ!先輩の顔、近すぎ。

 シャンプーとちょっとだけ汗の香り……?

 ありさの心臓の音も聴かれてるかも?


 愛美先輩は、二歩三歩後ずさるといきなり、


「ヤ-ッ!」


 って、体育館が震えるぐらいの声と共に背中を向けたかと思うと、くるりと回転しながら跳びあがり、何かが頭の上を通り過ぎました。


 紙コップが飛ばされたあとから、風が髪を揺らします。


 一瞬の静寂のあと、悲鳴のような歓声が体育館を包み、耳がきーんとします。


 先輩がありさの手を握りました。


 なんか視界が暗くなってきた……


 心配そうな顔で、覗きこむ先輩の顔。瞳に映ってるのは、ありさの顔……?


 ありさは、その場で倒れてしまいました。


 気を失っていたのは、ほんの一瞬だったようです。先輩とほかの部員の方々が、取り囲んでいます。


 ありさは、自分で立てましたが、クラスの保健委員の絵理さんに付き添われて、保健室に向かいました。




 保健室のベッドで横になっていても、頭の中は先輩の事ばかり。


 女の人をカッコいいなんて思ったの、生まれて初めて。男の人でも、アイドルとかカッコいいね、ってよく友だちと話してるけど、そんなのとぜんぜんちがう。


 汗の匂いが素敵だなんて感じたのも初めて。


 愛美先輩だから?


 ありさ、どうしちゃったんだろう?


 アタマの中を、いろいろな考えがくるくる回って、そんなとき保健室に誰か入ってきたみたい。


「あの子の様子はどう?」


 小声で絵理さんに話しかけてるのは、もしかして、愛美先輩?


「大丈夫。少し驚いただけだって。先生も心配ないって」


 無表情な(顔見えないけど)喋り方はおそらく絵理さん。でも教室にいる時より、よくしゃべるみたい。

「ありがとう、絵理。びっくりしたなぁ、もぉ。あとは私が診てるから、絵理はもう行っていいわ」


 えっ!なに?絵理さんと知り合いなの?


 教室でも、友だち誰もいなくて、おとなしいことをいいことに、誰もやりたがらない保健委員をおしつけられるような絵理さんが、全校生徒の憧れの的である愛美先輩と親しげに会話してる。どういうこと?


「あっ、それから絵理、写真部の展示、三時から私が受付担当なんだけど、もし遅れるようならお願いね」

「わかった」


 ほとんど聞こえないような絵理さんの声。同じクラスの絵理さんにまちがいない。

「裕子先輩もいるけど、あの人だけじゃ、ちょっと不安だから、絵理、頼むよ」

「……」


 そうか、絵理さん、写真部だったんだ。でも、愛美先輩の先輩より頼られてるってなんか信じられない。ありさは中等部に写真部があることすら知りませんでした。


 絵理さんの立ち去る気配。と、急に立ち止まったようです。


「先輩…。その子、また具合悪くなるかも?」

 なんとか聞き取れる無愛想な声で、ありさを心配してくれます。

「えっ、どうして?」

 先輩が不安そうに聞き返しました。

「保健室のベッドで……、二人きり……。その子の心臓、止まるかも」


 骨をぴきぴき鳴らす音。なんか空気が変わったみたい。なんかコワい。

 先輩の低い声が聞こえてきました。

「え・り・さ・ん、あなた、いつから、そんなおもしろい冗談言うようになったのかしら?」

 えっ、今の冗談だったんですか?意味わかりませんが、絵理さんが冗談を言ったことが驚きです。


 絵理さんの足音が、足早に遠ざかっていきました。


 しばらくすると、ありさの寝ているベッドのまわりが、少し明るくなりました。顔を向けると愛美先輩がそっとカーテンを開け、覗きこんでいます。


 絵理さんの言った意味、ようやくわかりました。でも冗談とは言えません、笑えません。本当に心臓が止まりそうだったんです。


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