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そして夜明け  作者: K+
第4章 皇領の旅芸人
9/25

 翌早朝、丹亜(にあ)は疲れた顔つきの(なる)に起こされた。

 遠く高く淡い天色(てんしょく)が瞳に映り、熟睡していたと知る。深夜に火の番を交代して袋に潜り込めば、思いがけず柔らかな大地の感触に、たちまち眠りに落ちてしまっていた。

 身を起こして冷気に震える。隣の袋は既に片づけられており、丹亜は慌てて成と袋を畳んだ。

 成は夜中、眠いとネンジにぼやいたところ、踊りの練習をさせられたそうだ。お蔭で寒さは殆ど感じなかったものの、くたくただとぼそぼそ語った。

 丹亜とヒコは交代の時間まで他愛無いことを喋りつつ、どちらが流れ星を早く見つけるか競って過ごしただけだった。

 今宵は自分も練習しようと心に決め、丹亜は成と穴を出る。


 質素な朝食の後、速やかに出立した。

 野宿をもう一泊で終わらせる為に、少しでも距離を稼ぐ必要があるとのことだった。

 辺りは見渡す限り、平らな砂地だった。太陽と影で粗方の方角を割り出し、北東へ向かった。

 鞍の前を掴んでいるだけでいいからか、成は馬上でうとうとしていた。落ちたいのか、と横からネンジに脅されては姿勢を正し、丹亜とヒコの笑いを誘った。

 昨日と同じくらいの時刻に馬を停め、又、野宿の準備を始める。

 道中にフンはもはや落ちておらず、小駕籠の中身は半分近く減っていた。だからか、今日は途中で伐採した枝が少し増えた。

 ヒコが穴を掘ってネンジが炉を作っている間に、丹亜と成は枝から葉を取る。昨日使った枝葉(えだは)は、今日は追加の燃料にするそうだ。

 眠そうな目で葉をむしっていた成がぴたりと手を止めたのは、太陽という染料が大地に染み始めた頃合いだった。

 半ば閉じ気味だった瞼が完全に上がっている。目線の先を追い、丹亜は頬が強張った。

 騎馬の姿が三つ、夕日を浴びていた。こちらへ歩んできている。

「ネンじい――ヒコ――」

 声が震え、丹亜は下唇を噛む。

 騎馬に対し、あまりにも自分は無力で。頼りを呼ぶしかできないのに、その声さえ儘ならないとは。

 細紐で枝同士を組んでいたネンジは、額の辺りに手をかざして遠方を見た。緊張感の無い口調で言う。

「十中八九、ルウだ」

 うん、とクワを片手にヒコが頷く。知らず成と身を寄せて、丹亜は騎馬を改めて見る。何を以ってそう判断しているのか。

 そしてルウの民としても、追っ手でないとは言い切れなかった。リィリ王国から捜索を依頼されている可能性がある。

 ルウの民は、ティエの講義するところによれば、大陸に於いて中立。但し、是となれば他国の依頼に協力を惜しまない。特別な報酬は求めず、大陸の守護者たることを誇りとするのみ。

 史学でやたらに繰り返されたので、丹亜はルウの民が鼻につく民族となってしまっていた。

 周囲には遮る物が何も無い。騎馬は近づく。近づくごとに、草原の民のような衣装と知れた。それに加えて全員が、緋色の平布(ひらぬの)で肩口から背後を覆っている。馬の腰元で、その長い裾が揺れていた。

 互いの表情が判る距離となり、ネンジが数歩前に出ると片手を上げた。馬の歩みが止まる。

 馬上の三人は全て男性だった。内の一人が、しっかりした公用語で言った。

「迷っているのではないようですね」

「アル街道を目指してます」

 ネンジが丁寧に応じると、相手は優しげに目を細める。

「馬のようだから、明日の早朝に発てば夕刻には見えてくるでしょう。この方角に行くといい。街がある」

 示された方を見やりながら、ありがてぇ、とネンジは破顔した。馬上の人は、ほぼ真北を指していた。指先の上方に北のしるべ星がうっすらと見えかけている。

 馬上の三人とも落ち着きはらっており、こちらに向ける目は穏やかだった。炉や寝穴を視線でひと撫でし、飲み水は足りているかとだけ尋ねてきた。ネンジがちゃっかり、分けてもらう。

 最後に、良い旅を、と告げ、三騎は立ち去った。

 夕日へ向かう騎影が点のようになって、丹亜は肩から力を抜く。同じく見送っていた成が、ルウの民って草原の人と一緒ですね、と述べた。

「もっと煌びやかな恰好で闊歩していると思っていました」

「本当にアレがルウの民なの?」

 丹亜は網の作成に戻っていたネンジを振り返る。

「気づかなかったか? 連中の馬は、草原のより、毛が短くてでかい」

 半ば圧倒されて馬上の人物を見上げるばかりで、馬自体にはあまり注意を払っていなかった。気づかなかった、と丹亜は正直に言う。

 鼻で笑うネンジの近くにこねた燃料を転がし、ヒコが補足してきた。

「後ね、あの赤い布。アル地区を治めてるルウの民は、濃い赤が好きらしい」

「まぁ、赤はその辺の小金持ちも身に着ける。草原で出くわした時は馬で判断した方がいい。あの馬だけは、ルウは市場(しじょう)に出そうとしねぇから」

 ネンジは炉に燃料を並べながら言う。

 葉を除く作業を再開しつつ、丹亜は不審を口にした。

「あの者達が向かった先も砂地だ。日のあるうちに野宿の支度をしなくていいんだろうか」

「夏場は夜に旅する連中が増えるぞ」

 火打石を取り出し、ネンジは、まぁ、と続ける。「ルウは野宿してるのか怪しいんだけどな。昼夜問わず、小綺麗なナリで、ふらりと三人組で現れる。巡回場所も決まってないらしい。賊も裏をかけなくて、どんどん減ってった」

 気前良く水をくれましたね、と成が意味ありげにネンジを見た。

「夕餉に(スプ)、作れるんじゃ?」

「晩飯は昨日と一緒だ」

 素っ気なくネンジが応じ、成は口を歪めた。


 成は腹いせのように、真っ先に馬乳酒(ミシュ)を自分の椀になみなみと注ぎ、あおっていた。干し肉一切れでは空き腹に近い。疲れも相まったか早々に酔い潰れる。

 丹亜が踊りの練習をしたいと言ったら、ネンジとヒコは火の番を昨夜と入れ替えた。

 昨日の成を思い出しつつ丹亜は踊ってみたが、さほどせずに、ネンジは苦笑した。

「オヒネリ集めじゃ嫌なのか?」

「下手だと言いたいんだな?」

「踊りの気がしねぇ。良く言って中途半端な雨乞いだ」

 呼吸を整えながら、丹亜は口を曲げる。

「だから練習する」

「明日には街道に出れそうで、明後日には稼ぎ始めたいんだが?」

 ネンジは乾いた枝を二つに折り、炉にくべる。むすっとして丹亜が横に座り込むと、中年男は横目を流してきてにやにやした。「成もてんで素人だが、あっちは体型で誤魔化せる。主に男の目を」

「――待て、そのような見世物にするつもりなのか!?」

「声がでけぇよ。まぁ、見物人は男だけじゃねぇ。大体、芸人の技をどう見るかなんて、客の勝手だ」

「だったら、男が敢えてそう見るような芸をする必要は無いじゃないか」

「そこんトコはしょうがねぇ。お前ら、他で稼げそうにないんだから」

「わたし達が居なくても稼げるのだろうがっ」

「おいおい、俺達がお前らの旅費を稼いでやる義理は無い筈だぞ?」

 丹亜は掴みかからんばかりに詰め寄っていたが、ネンジは平然としていた。不条理なようでいて一理あるところが、余計に腹立たしい。

 言い返せずに丹亜が唇を噛むと、ネンジは喉を鳴らす。

「丹亜ー、誰に助けられて、誰にここまで連れてきてもらったんだっけ?」

「オレ」

 不意に声が割り込んだ。目を向ければ、ヒコが穴から出てきている。軽く頭を掻いて、少年は炉の傍に来た。「最近のネンじいを養ってるのもオレね」

 異論ありげにネンジが口を開いたが、面倒臭そうに閉じる。ヒコは丹亜の隣に胡坐をかいた。

「そういうわけだから、当人に決めてもらおう。やりたくないなら、二人共オヒネリ集めでいいじゃん」

 派手に音を立てて枝を折り、ネンジは炉に放った。

「ったく、さっさと寝とけよ。どっから聞いてやがったんだ」

「〝雨乞い〟の前辺りから。何故か簡単に想像できちゃって、可笑しくて眠れなくなった」

 その返答に、丹亜はちょっと眉根が寄る。ネンジがへらりと相好を崩した。

「想像通りかどうか、練習も兼ねて見せてやれよ、丹亜」

「……もういい」

 ぶすっとして丹亜は膝を抱えた。

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