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そして夜明け  作者: K+
外伝
24/25

 古語の文章を公用語に訳し終え、彼杞(ひこ)は背伸びをした。

 リィリで暮らすようになって、彼杞の仕事は専ら翻訳だ。

 丹亜(にあ)は今度、トショカンというのを(みやこ)に造りたいそうだ。

 この前は医院を造って、ヴィンラ半島から医事者を招く夢を実現させた。

 いかにも楽々と叶えているようだけれど、裏側で苦労しているのを彼杞は知っているので、身体を壊さないか心配でしょうがない。

 彼杞は丹亜のお蔭で、丈夫になったのに。

 丹亜も元気で居てもらわねば非常に困る。何の為に生きているのかわからない。


 自室を出て、広い廊下を行く。

 第二執政邸は、なかなか立派な屋敷だ。

 落ち着いた調度でまとめられ、数人居る使用人も気のいい人ばかり。

 居心地に文句を言ったらバチが当たるだろう。ただ、彼杞の部屋から執務室までが遠い。

 執務室は屋敷の前部分にある。ここは私用の、奥部分だ。

 まだ奥の空間にあたる廊下の向こうから、貫録のある女性使用人が来た。

「あら、旦那様。もうすぐお夕飯ですよ」

 うん、と彼杞は笑んだ。

「丹亜を呼んで来る」

「あらあら、もしかして最近、奥様がきちんとお時間にお越しなのは旦那様のお蔭かしら?」

 婦人は朗らかに言った。「奥様は食卓より執務机がお好きなようですけど、執務机よりも旦那様がお好きですからね」

 厨房の方へ歩いていく姿を見送り、彼杞は、いささかほてった気のする頬を片手でさすった。

 そうだといいなと思う。多分、そうなんじゃないかとは思っている。

 ずっと、そうでいてもらうには、どうすればいいのか……



 彼杞の大事なかみさんは、薄暗くなりかけている執務室で、仄かに角灯に照らされていた。

 浮かび上がっている姿に、寸時、見惚れる。

 書き物に走らせていた目を、丹亜はちらりと上げた。

 活き活きとした大地のような色の瞳が、ほわりと和む。

「コレだけ、目を通してしまう」

 ん、と彼杞は短く応じ、手にしていた水盆を近くの小卓に置いた。

 丹亜は、切り花をあまり好まない。

 だから、移せるように――

 精霊級から遠ざかったら、〝緑の手〟にも少々変化が起きた。思うまま操ったり、あまり大きな木を、一気に生やしたりすることはできなくなってしまった。

 苗木や植物はこれまで通り生み出せるし、手を使っただけ深寝することがなくなったから、彼杞に何ら不満は無い。

「今日はどんな花?」

 紙を机上に置いて、丹亜が穏やかに問うてきた。

 どうしようか、と呟くように言って、彼杞は水盆に指先をひたす。

 ゆるりと緑の平たい葉が広がって。するりと茎が伸びて。

 ぽっ、と音を立てて開花した。

 ()白くて、先はほんのり(べに)の色。

 いつの間にか隣に丹亜が来ていて、肩先に頬を擦り寄せられた。

「スイレン……とても、素敵。ありがとう、彼杞」


 この花の本当の真名、彼杞は知らないのだけれど。

〝酔恋〟なんじゃないかと、思う。

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